第365話 派閥

 マーリシャス共和国に入った僕たちは首都ルイーズを目指す。マーリシャス共和国側の国境は小さな砦があるだけで、警備はほとんどされていない。これは王国とマーリシャス共和国の取り決めによるらしく、近くに町や大きな砦などを建てた場合、反意ありとみなす条約になっているそうだ。


「おじい様、国境から首都のルイーズまで、かなり距離があるんですね」


「出兵した際、歩兵の移動に時間がかかる上に疲労もするからな」


「大きな砦や町を建てさせない理由はそれですか?」


「その通りだ。それ故に陸路より海路を優先しているのだな。陸路の場合、一番近い大きな町はハットフィールド公爵領のアルトゥーラになってしまい、効率が悪すぎるのだ。その不便さもあって、国民の王国に対する感情もよくないわけだな」


「そうだったんですね」


 なるほど、マーリシャス共和国から進軍した場合、仮に王国内に入ったとしても、ライナー男爵領にあるあの川を越えなくてはならない。進軍するにしても、商いをするにしてもあの川は大きな障害になってくるわけだが。


「おじい様、ライナー男爵領の川に橋を架けてしまいましたが、良かったのでしょうか?」


「確かにあの川は進軍の妨げになるが、ライナー男爵領の者たちの生活を優先させた方が良いだろう」


「確かにそうですね」


「いっそのことアーススライムのままにしておけば、有事の際に魔術を放って壊すこともできるが、魔術に弱いというのはできるだけ隠しておいた方が良いだろうな」


「確かに弱点を悪用されると困りますね」



「失礼いたします。エドワード様、騎士団長から伝令です。川の手前で野営をしたいとのことです」


 御車席にいたジョセフィーナが入って来た。


「おじい様?」


「そうだな。川が見えたということは、ちょうどルイーズまで半分ぐらいのところだな。あまり近すぎても良くないからちょうどいいのではないか?」


「ジョセフィーナ、アキラにそこで野営するように伝えてもらえるかな?」


「畏まりました」


 ジョセフィーナが騎士に伝えてしばらくして、野営ポイントに到着したのだった。


 ◆


「おじい様、テントはどうしましょうか?」


 ほぼ家テントにするか、普通のテントにするか尋ねると、おじい様はおばあ様の顔色を見て。

 

「最初に使ったテントでいいだろう。ここで旅の疲れを全回復しておくのが一番だな」


 というわけで、ほぼ家テントを設置し、食事や風呂に入ってからみんなで話のすり合わせをすることになった。


「それではエドワード様、ライナー男爵の言う通りであれば、背後にはイグルス帝国がいるのですな?」


「うん、アキラも騎士団のみんなもそのつもりで動いてほしい」


 ――分かりました!


 騎士団が返事する一方、手を挙げるワイルドウィンドのノーラの姿が。


「ノーラ、どうしたの?」


「エドワード様、その情報は我々がお聞きしても良かったのでしょうか?」


「問題ないよ。故郷がどんな状態か知っておいた方がいいでしょ?」


「なるほど、ワイルドウィンドにはマーリシャス共和国出身の者がいるのだったな。儂が先ほど言った話、マーリシャス共和国の国民感情についてだが、儂の情報はかなり古い情報だ。お前達が行き来して感じたことを教えてくれるか?」


「アルバン様、現在の国民感情は主に三つに分かれております。簡単に言うと、ヴァーヘイレム王国も三つの派閥に分かれていると思いますが、それと似たようなものでございます」


「ふむ、元貴族の存在が関係しているのだな?」


「元貴族の三家は王国に対しての考え方で対立して、プルボン家は中立派、ヴァロア家は反対派、ウェイブ家は友好派となっていると言われております」


「三家しかない元貴族が対立しているの?」


「エディ、儂も詳しくは知らないが、恐らく考え方の違う三家を敢えて残したのだろう」


「確かに三家が争えば王国にとって安心ですが、友好派を残して仲良くした方が良いのではないでしょうか?」


「うむ、それも一つの考え方ではある。ただ、当時の状況を考慮するとマーリシャス王国を滅ぼしたまでは良かったが、構っている余裕はなかった。つまり、友好派のみを残すと復興の手助けもしなければならない。それに対し、残した三家が争えば、さらに国力をそげるだけでなく、時間的猶予ができるわけだ」


「なるほど、一番の理由は関わりたくなかったということなんですね」


「そうだ。さらに言えば、仮に友好派だけを残した場合、次の当主も友好派になるとは限らない。三家を残して、長く争ってもらった方が都合良かったわけだな」


 今でも争っていることを考えると、王国の考え通りにいった形なんだろう。


「ワイルドウィンドよ、お前たちの情報はとても役に立った。マーリシャス共和国が何を企んでおるのか分からぬが、背後にイグルス帝国がいるのなら、碌なことにならないだろう。案内はここまでにして、引き返しても良いのだぞ?」


 さすがおじい様、確かにこのまま一緒に行くと、ワイルドウィンドまで巻き込まれる可能性は高い。


「アルバン様、お気遣いいただきありがとうございます。しかしながら、ランディックの故郷というだけではなく、我々が世話になった人たちも多くいます。もしなにか起きた際には、その人たちを助けたいと思うので、このまま同行させていただけないでしょうか?」


「そういうことなら構わぬが、儂らはマーリシャス共和国の人間を助けるようなことはしないぞ?」


「もちろん、承知しております。だからこそ、私たちでなんとか出来ないかと考えております」


 なんだか、争いごとが起こる前提で話が進んでいるのは気のせいだろうか?


「ねえノーラ、ランディックの故郷というのは、何派とか決まってたりするの?」


「そうですね。ランディックの故郷であるモヌールの町は友好派が多いです。一方、ルイーズの町は中立派が多く、友好派は少ないですね。ただ、現首相の素性が不明なため、もしかしたら反対派が増えているかもしれません」


「首相によって住む人たちまで変わるんだね」


 詳しく話を聞いたところ、マーリシャス共和国では首相の派閥が主都に多く住みつくらしい。ワイルドウィンドが知っている範囲では、モヌールの町が友好派、ラエールの町が反対派になっていたそうだ。


 一通り話を聞いたあと、打ち合わせをして、ここまでの疲れを癒すのだった。

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