第363話 マーリシャス共和国へ

「エディ様!」


「リーリエ、準備の方は順調?」


「はい、炊き出しの方はほぼ完了しておりますが、テントの方は設置する場所が少ないため、設置できる土台を作って欲しいとのことです」


「そういえば水をなんとかしないと駄目だったね。アキラと話をしてくるね」


「そうしていただけると助かります。それと、炊き出しの準備は完了しておりますので、号令の方をお願いします」


「ありがとう。ライナー男爵、テネーブル伯爵から食料等も不足していると聞いていますので、炊き出しを準備しました。領民を集めて並ぶように言ってもらえますか?」


「領民のために、ありがとうございます!」


 ライナー男爵はそう言うと、領民へ声を掛け始める。奥さんや、子供たちも手伝って領民に声を掛ける姿を眺めながら、領民との良い関係性が見て取れる。


「領民から慕われてそうな感じだよね……」


「そうだな。貴族としてはまだまだだが、この地で頑張ってきた成果はでている」


「おじい様?」


 いつの間にかおじい様が傍にいたと思ったら、おばあ様まで、二人とも気配を消して近寄るのは止めてください。


「パーティーの時のライナー男爵と、今の姿が結びつかないんですよね」


「その件はブラウの奴が絡んでいるそうだ」


「そうなんですか?」


「うむ、他の貴族に舐められないようになど、色々と嘘を吹き込まれたようだな。まあ、舐められないようにというのは、あながち間違いではないが、対応のやり方は嘘を教えられていたようだな」


「そうだったんですね。それなら納得しました」


「フィレール侯爵、本当にありがとうございました。食糧も当家にあった保存食と、テネーブル伯爵から頂いた物以外は流されてしまったので、困っていたのです」


「その辺りもテネーブル伯爵から聞いていたので、急いで来たのですよ」


「大公様主催のパーティーで、散々失礼な態度を取ってしまったのに……」


「ブラウに騙されたという話は聞いていますので、次からは頼る相手をよく見極めた方が良さそうですね」


「二度と同じ過ちは繰り返しません」


「それでは、テントの設置場所を相談したいので、一緒に来てもらえますか?」


「もちろんですが、テントというのは、屋敷の周りなどに設置されている布のことでしょうか?」


「そうですね。モイライ商会で販売している商品で、四人ぐらいが雨風を凌げる、持ち運び型のシェルターですね。布ですが雨風は凌げるようになっていますよ」


 騎士団用に作ったテントは、カタストロフィプシケ製なので、とても販売できる代物ではない。仮にジャイアントスパイダーだったとしても販売できないので、リュングやロヴンたちと色々と実験した結果、ペンギン……ではなく、マスプロマンショの毛で作った糸に防水性があることを見つけ出したのだ。


 一匹分しかないので試してないが、ロートコメートマンショでも同じような効果が期待できるのではないかと思う。マスプロマンショはグリーンなので草むらなどに設置すればカモフラージュにもなるし、テントとしてはちょうどよかった。


 テントの形はティピー型といって、円錐形の形状で中央にポールを立てるタイプにしてある。


「モイライ商会ではこのような物まで、取り扱っているのですか?」


「この商品は中級商店街の店で取り扱っている、冒険者向きの商品になりますね。ある程度手助けしてあげたいところなんですが、マーリシャス共和国へ向かわなければならないので、しばらくはこれで凌いでください」


「マーリシャス共和国へ!? そうでしたか! 書状は届いていたのですね」


「書状……どういうことですか?」


「マーリシャス共和国で不穏な動きがありましたが、動くに動けなかったため、二度ほど送ったとテネーブル伯爵にも報告したのですが、聞いていませんか?」


「それは初めて聞きましたね。おじい様?」


「ブリッツ、書状は誰に持たせた?」


「冒険者に依頼いたしました」


「その書状は届いておらぬ。恐らく持って行くのを途中で止めたか、その冒険者が殺されたかのどちらかだろう」


「なんということだ……」


「その書状が届かぬから、テネーブル伯爵が動いたのだ」


「そうでしたか……私は疑われていたのですね」


「まあ、そういうことだが、疑いは晴れたと言っていたから問題ないだろう」


「それでは、フィレール侯爵に全てお話しいたします」


「ありがとうございます。しかし、その話は後で聞くことにしましょう。今はテントを設置したいので、どの辺りに設置してよいのか指示がほしいのです」


「設置する場所ですか……」


 ライナー男爵はキョロキョロと周囲を見渡し考え込んでいる。周りは既に設置したテントでいっぱいだよ?


「これ、エディ。その説明では、ブリッツは分からないぞ。ブリッツ、今水没している場所にエディが土台を作り、その上にテントを設置する。取りあえずあの辺りなら設置しても問題ないな?」


「水没している場所にですか……よく分かりませぬが、フィレール侯爵にお任せいたします」


 結局、話は伝わらなかったが、許可をもらったので好きにやらせてもらおう。


 ◆


「おじい様、どの辺りが良いでしょうか?」


「そうだな。儂らは向こうから来たから、マーリシャス共和国は反対側のあっちだ。その辺りに作れば良いだろう」


「分かりました。それでは」


 おじい様が指示した場所に、蔓を使って土台を作っていく。蔓は魔力の消費もないので非常に便利だ。


「これはいったい……」


「エディの能力はブラウの時に見たのだろう? それと比べれば大した事はないだろう」


「確かにアレは凄かったですが、木を生やす能力なんて……」


「正確には蔓だ」


「――! そういえばどうやって川を!? それもこの蔓でですか?」


「そうだな、似たような感じで作ったが、別の素材で作ってあると覚えておけばよい。エディは糸なら何でも扱えるのだ」


「確かにパーティーの時はフォーントゥナーをあっさり切断し、ブラウの時には……つまり、アレも糸というこのなのですか……」


「まあ、あまり詮索しない方がいいだろう」


「それはもちろん、分かっております」


「アキラ、こんな感じでどう?」


「完璧でございます。テント班、直ちに設置せよ!」


 ――はっ!


 騎士団のみんなが、水面より高く作った蔓の土台にテントを設置していく。これでしばらくは大丈夫だろう。


「それでは、おじい様。まだ、真っ暗ではないので、川からの水の流入を止めましょう」


「堤防が決壊した場所を直すのだな?」


「そうですね。水を排出しようにも、堤防が壊れたままでは川の水が入り続けてどうしようもないので」


「何で作るつもりなのだ?」


「蔓とアーススライムでなんとか出来ないかと考えています」


「そうだな、取りあえず水が引くまでアーススライムのみ使い簡易的に作り、マーリシャス共和国からの帰りに、蔓を使い土で作り直した方が良いだろう」


「アーススライムだけでもかなりの強さはありますよ」


「あれは魔力に弱いのだろう? 橋もそうだが、渡っている最中に何かあってからじゃ遅いからな」


「そうでしたね。それでは、日が完全に落ちる前にやってしまいましょう」


 ◆


 カザハナに乗って、決壊したであろう場所までライナー男爵に案内してもらう。護衛はおじい様とおばあ様だけだ。十分すぎる護衛なんだけどね。


 到着すると、蔓でバケットを作り上から川の状況を見てみる。


「大きくカーブした場所から決壊したようですね」


「そうだな。こうして上から見るとよく分かるな」


「このようなことまで……土をかなり高く盛っていたのですが、今回は土塁ごと流されてしまったようです」


「取りあえず、流された部分を埋めます」


 流された部分に直径50センチのアーススライムの糸を積み重ねていく。空間に固定されているため、物理的にアーススライムを破壊するか魔力を当てない限り壊れることはないだろう。


「これで、水の流入が止まったので、あとは水が引くのを待つだけですが、ただ待っていても時間がかかりそうなのでこうしましょう」


 以前、地下を掘った時にアーススライムの糸が使えたということは、ウォータースライムを使えば、水を排出できるはずだ。


 ウォータースライムを領地側から川まで設置し、川へ向かって水を吸い上げるようにイメージすると。


「ほう、このような事もできるのだな」


 おじい様が感心している。水はウォータースライムに吸い上げられ、川へ向かって放出を開始した。


「上手くいったので、いくつか設置して明日の朝まで様子をみましょう」


 帰った僕たちはライナー男爵からマーリシャス共和国の情報を教えてもらい、今回はで寝たのだった。


 ◆


 それから二日間、水が引いたのを確認したので、マーリシャス共和国へ向けて出発することになった。


「フィレール侯爵、本当にこの冷蔵庫と冷凍庫を頂いてもよろしいのでしょうか?」


「ええ、このままだと肉などが日持ちしないので、置いて行きます。料金は王家に請求しますので、気にしないでいいですよ?」


 僕らがマーリシャス共和国から帰ってくるか、王家の援軍が先かは分からないが、どちらにせよ食料が全くないのだ。今後の復興のためにも欠かせないので、食材を詰めて置いていくことにしたのだ。


「この御恩は一生忘れませぬ。マーリシャス共和国へはお気を付けて」


「ありがとう。それでは、おじい様、おばあ様、出発しましょう!」


 馬車に乗り込み、アキラが号令をかけると出発するのだった。そして、ようやくマーリシャス共和国に入るのだった。



 ――――――――――

 お知らせ。

 次回から「マーリシャス共和国編」に入ります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る