第362話 ライナー男爵
馬車でレイネルの町に入ったが、三十センチぐらい水に浸かった状態だ。雨が上がったおかげで、水位が少し下がったのかもしれないな。
少し移動すると、そこに町があっただろう跡と、いくつか残っている大きめの建物が見えた。残っている建物はすべて石造りの建物だということは、木造の家屋は流されたのだろうか。
「エドワード様、団長が領主の館らしき建物を見つけたそうなので、そちらへ向かいます」
御者席で騎士団のメンバーとやり取りしていたジョセフィーナが僕たちに知らせると、馬車は館の方へ移動を始めた。
◆
「あれがライナー男爵の館ですか?」
少しだけ高台にある館はお世辞にも立派とは言えない建物で、ヴァルハーレン領の商人ギルドどころか、コラビの商人ギルドよりも見窄らしく見える。
「言いたいことは分かるが、ライナー男爵は一代目だ。貴族になったばかりはあんなものだ。元々あった砦町がある分だけ、まだマシな方だろう」
確かに何もない領地を与えられることが圧倒的に多いので、領民すらいないケースがほとんどだというのを考えると、小さいながらも領民付きの町というのは、高待遇なのかもしれない。
馬車が近づくと、館の周りに人だかりができているのが見えてきた。
「あれは……」
「おそらく、避難してきた者たちだろうな。他に比べて高台になっていることから、勝手に避難してきたのか、ライナー男爵が避難させたのかのどちらかだろうな」
馬車が停まり、ジョセフィーナが顔をのぞかせる。
「エドワード様、道が人で溢れていて馬車で行くことが困難なので、ここでお待ちください。団長が話を聞いてくるそうです」
「そうなんだね」
貴族なので無理やり通ることも可能だが、避難している人を追い出すわけにもいかないので、最善の方法だろう。
しばらく待っていると、ライナー男爵とパーティーの時に見た男爵夫人が走って来るのが見える。しかし、その格好は平民と大差ない。
「ライナー男爵が来ました」
ジョセフィーナが告げたので、馬車から降りる。
「フィレール侯爵様だけでなく、アルバン様とクロエ様まで……」
ライナー男爵の顔が絶望的なものに変わる。断罪しに来たとでも思っているのだろうか?
「なんだ、アキラ、説明していないのか?」
「アルバン様、申し訳ございません。エドワード様の来訪を知らせた途端、走って行ってしまったので」
「まあ、よい。ブリッツと会うのは久しぶりだな」
「アルバン様とフィレール侯爵様、ご無沙汰しております。クロエ様はお初にお目にかかります」
「王都で会った時以来ですね」
「あたしのことは気にしなくていいわ。エディやアルバンと話をしなさい」
「申し訳ございません。本来なら屋敷でもてなすところなのですが、屋敷の中は怪我人で溢れかえっていまして……」
パーティーで見た時は野心がありそうな雰囲気だったけど、今のライナー男爵は疲れ切って覇気の欠片も見えない。
「川の氾濫で怪我した人たち!?」
「流された家屋などにぶつかるなどして、怪我をしてしまった者たちです。寝かせる場所がないので、残された建物で看ていますが、冒険者ギルドも流されてしまったため、薬草が不足しているのです」
「おじい様?」
「そういうことなら、仕方あるまい。ブリッツ、怪我人の所に案内せよ。エディが回復魔術で癒してくれるそうだ」
「本当ですか!? フィレール侯爵、感謝いたします!」
パーティーの時は少し嫌な感じがしたが、意外と領民思いの良い男爵なのかもしれないな。
「それでは、案内してもらえますか?」
「こちらへ!」
騎士団に指示を出して館へ向かうのだが、ライナー男爵が子供の僕にペコペコしながら館まで案内しているせいか、道に避難している領民たちの僕を見る目が若干冷たく感じた。
◆
館に到着すると、中に案内される。中には所狭しと怪我人が並べられて、三人の子供が看病していた。
「お父様、その方はもしかして?」
「エドワード様!」
「マテオ、やはりエドワード様なのですね。エドワード様、私はライナー男爵家長女アリアでございます。エドワード様のことは、弟のマテオからよく聞かされていたので、すぐに分かりました」
「エドワード様、ご無沙汰しております」
「マテオ君のお姉様なんですね。僕はエドワード・フィレール・ヴァルハーレンです。よろしくお願いしますね。マテオ君も久しぶりだね」
マテオ君は頭を下げると、もう一人の男の子を連れて来る。
「弟のデヴィンです。ほら、デヴィン。エドワード様だ」
「デヴィン・ライナーです。五歳です」
長女のアリア・ライナー(十二歳)、長男のマテオ・ライナー(九歳)、次男のデヴィン・ライナー(五歳)の三人がライナー男爵の子供だということだ。
「それではライナー男爵。怪我の程度の軽い人たちを先に集めてもらえますか?」
「軽い者たちですか? 分かりました。ファビアナも手伝ってくれ」
「分かりました」
そう言って、ライナー男爵と奥さんは怪我人を集めに行く。通常なら重い怪我から治療するのだろうが、重い怪我は魔力の消費が大きいので、先に怪我の軽い人を治療して外に出てもらおうと思う。
しばらく待っていると、怪我の症状が比較的に軽い人が集められるが、軽い人は外にいたようだ。屋敷の中にいる人たちはみんな重い人たちなんだな。
集まった人たちに念のため、ヒール除菌プラスをまとめてかけて治療する。
――おおっ!
「一度に全員を!?」
ライナー男爵まで驚いている。今まで気にしたことなかったが、普通は一人ずつなのか。母様も軽度の怪我なら複数人いけるから水属性の回復は一人ずつなのかもしれないな。
「完了したので、次は動けない人たちですね。順番に行きましょう」
「ありがたいのですが、魔力の方は大丈夫なのでしょうか?」
「魔力? ああ、全然問題ないので、どんどん治して行きましょう。休んでる暇はないですよ?」
「……ありがとうございます! それでは、こちらからお願いいたします」
◆
全ての怪我人を治し終える頃には、すっかり日が傾いていた。
「予想以上に時間がかかってしまいましたね」
「領民のために申し訳ございません。しかしながら、我が領地には何もお返しできるものがなく……」
そうか、貴族が他領のために無償で何かをすることはないのか。
「今回は災害救助なので、後で国からもらうので大丈夫ですよ。でも、濁流を決死の覚悟で渡ったテネーブル伯爵には、お礼を言っておいた方が良いでしょうね。テネーブル伯爵に会わなかったら、ここの状況を知ることはなかったので」
「それはもちろん。静止を振り切って川に飛び込んだあの姿は一生忘れませぬ!」
テネーブル伯爵、本当は相談したんじゃなくて、無理矢理渡ったんだね。
「それじぁ、外に出てみようか、騎士団が準備してくれているはずだから」
「準備ですか?」
「見れば分かるよ」
首を傾げるライナー男爵と、その家族を引き連れ外に出るのだった。
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