第361話 渡河

 テネーブル伯爵は馬から降りると、ヴィオラに案内され僕の前まで来る。濃い目のグレーの髪に濃い青の瞳はノワールとは全く違う。僕のパーティーの時に奥さんにも会っているが、同じような髪色に赤い瞳だったはずだ。やはりノワールだけ、テネーブル家でも異質な存在なのだろうか?


「フィレール侯爵、アルバン様、クロエ様。ご無沙汰しております」


「テネーブル伯爵と会うのは、かなり久しぶりですね」

「モルガン、久しぶりだな」

「朝から辛気臭い顔ね」


 おばあ様のテネーブル家嫌いは健在のようだ。


「話があると聞いてますが、ライナー男爵についてでしょうか?」


「その通りでございます。まず調査の結果から申しますと、ライナー男爵の身の潔白は明らかになりましたとだけ」


 詳細については言えないということかな?


「それが分かったのなら、わざわざ言いに来なくても良かったのではないか?」


 どう答えようか悩んでいたら、おじい様が代わりに答えてくれた。


「本来はそうなのですが、同じ王国貴族として力を借りたいと思いまして」


「テネーブル家に王国貴族としての自覚があったとは驚きだわ」


 おばあ様、ド直球すぎます。


「私がルイス様の犬なのは間違いないですが、王国貴族というのも正しいことですので。用件としましては、ライナー男爵領を救う知恵をお借りしたいのです」


 テネーブル伯爵は、おばあ様の口撃を気にすることなく、おじい様にお願いする。躱されたおばあ様も気にしてないところをみると、いつものやり取りなんだろうか?


「力ではなく、儂らの知恵を借りたいと?」


「はい、フィレール侯爵は力だけでなく、知恵を使ってデーキンソン侯爵領などの問題を解決されたと伺っております。大洪水により、壊滅の危機に瀕したライナー男爵領を助ける知恵を貸してほしいのです」


「つまり、借りたいのはエディの知恵か?」


「アルバン様もご存知の通り、あの地は元々人が住みづらい土地なのです。その土地で不得手ながらも必死で領民を守ろうとする、ライナー男爵の姿は私にはとても眩しい。本来、私の仕事の範疇ではありませんが、フィレール侯爵が行くことで領民が助かるのなら、今回は私の部隊も力を貸すつもりです」


「それで、モルガンはどうするつもりだったのだ?」


「調査していた際に大洪水が発生し、瞬く間に町は濁流に飲まれて壊滅状態に。手の施しようがない状況だったため、ライナー男爵と相談して、国王に報告して応援を要請することにしたのです」


「そういえば、川はどうやって渡った? 洪水では渡れないだろう?」


「幸い馬は元々渡らせていなかったので、縄で互いを結びつけ無理やり渡ったのです。おかげで兵士の三分の一を失ってしまいましたが」


 近づいて来た一行は二十人いかないぐらいの人数だったな。大きな川を泳いで……いや、この世界の人は泳げない人が多い。つまり、濁流の中を歩いて渡ったのだな。無謀すぎるが、それだけ危険な状況が迫っているのだろう。


「どのみちマーリシャス共和国へは、川を渡らねば行けない。そうだな……モルガンはそのまま王都へ向かうといい。儂らが助けるにしても、この人数では簡易的なものにしかならない。出来るだけ迅速に正規の部隊を派遣してもらうため、モルガンは王都へ向かうべきだな」


「……確かにそうですが」


「モルガンがそこまで動揺しているとは、相当酷い光景を目撃したのだろう。正規部隊が到着するまで保つようにはしておこう。それと、もしかしたら、ハットフィールド公爵も手助けしてくれるかもしれぬ、儂が書状を書くから持っていくがいい」


「なるほど、確かにハットフィールド公爵が応援に来てもらえるなら迅速で心強い。私たちはアルバン様の言う通りに動きますので、どうかライナー男爵を頼みます」


「うむ、儂らに任せるがよい」


 おじい様からハットフィールド公爵宛の書状を受け取ったテネーブル伯爵は、ハットフィールド公爵領に向けて駆けていった。


「おじい様、状況が分かるテネーブル伯爵の兵士数人でも残してもらった方がよかったのでは?」


「テネーブル家を嫌いなあたしに気を使ってくれたのと、このメンバーで乗り切れると判断したのじゃないかしら?」


「その通りだ。エディなら馬車が渡れる橋を作ることができるからな。その時点で全員が安全にレイネルの町に行けるのだ。それさえできれば、何とかなるだろう。最悪、儂だけ残ってジェームスの到着を待つことも可能だから、何とかなるだろう」


 おじい様とおばあ様は、テネーブル伯爵を相当警戒しているみたいだな。


「僕のためにありがとうございます。それでは、一刻も早く助けが必要でしょうから、すぐ向かいましょう」


 ◆


 僕たちはライナー男爵領に入り、レイネルの町の対岸に到着した。


「どこまでが川なのか分からないですね……」


 僕たちが到着した場所は、特に変わった様子はない。しかし、対岸のレイネルの町側は茶色く濁った水で川の端が分からず、湖のような広さになっている。


「そうだな。本来なら船頭たちが休憩に使う小屋が見えるはずなのだが、洪水で流されたようだな」


「おじい様、川の幅がどのくらいあるのか分かります?」


「儂が訪れたのはかなり昔の話だ。当てになるかは分からぬが、四百メートルぐらいだった気がするな」


 思ったよりも幅の広い川のようだ。船で渡るのなら当然か。


「取りあえずアーススライムを出してみます」


 アーススライムの糸を、五百メートル先の対岸へアーチ状に伸ばす。おじい様が言った長さよりも余裕を持った長さにしたせいか、しっかり地面に届いたみたいだ。


「あの辺りなら地面があるようなので、そのまま橋を作っても大丈夫ですね?」


「問題ないだろう。まずければ、渡ってから作り直せば済む話だ」


「それもそうですね」


 最初に渡したアーススライムを元に、馬車が通れる橋を作っていく。


「こんな感じでどうでしょうか?」


「……」


「おじい様?」

 

「すまん、あまりにも見事な橋だったので驚いただけだ」


 おじい様はそう言うと橋に乗って、強度を確かめている。能力で出した糸は空間に固定されるので、バランスや土台の問題を気にしなくても、十分な強度があるのだ。


「橋は初めてだが、シュトゥルムヴェヒターを見た時のあれと同じなら問題ないだろう」


 上まで登るバケットのことだな。


「それじゃあ、橋を渡ろうか?」


 騎士団と共にアーススライムの橋を渡り、無事レイネルに入るのだった。

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