第360話 野営?
アルトゥーラを出発した僕らは、引き続きマーリシャス共和国を目指す。しかし、ハットフィールド公爵領を流れている川を越えた辺りから雨が降り始め、明らかに移動スピードが落ちている。カザハナは雨ぐらいでスピードは落ちないが、他の馬はどうしても落ちてしまうのだ。
移動が遅いのはしょうがないが、今一番問題になってくるのが、ライナー男爵領の問題だ。国境の町なので宿泊して情報収集するのが通常らしいのだが、ブラウの一件があってから、どの貴族とも交流がなく、最近あった会議も欠席だったと父様から聞いた。
テネーブル伯爵を調査に派遣したという話だったが、時期的なものを考慮すると、まだこれからだろうという話だ。ヴァルハーレン家以外は通信手段を持っていないため、どうしても初動が遅くなってしまうのだ。
「おじい様は情報収集してから、マーリシャス共和国に入った方が良いというのですね?」
「うむ、ライナー男爵の考えは分からぬが、そこまで悪い男ではなかったはずだ。ブラウに金を借りてしまったため、どうしようもなかったのだろう」
「相変わらず甘いわね。アルバンが知っているのは、貴族になる前の印象でしょ?」
「それはそうだが、気になることもあってな」
「おじい様には、何か引っかかることがあるのですね?」
「うむ、ライナー男爵領は、元々飛び地だった王領なのだ。マーリシャス共和国から来た大きな盗賊団を壊滅させた武功から、そのまま飛び地だった国境の砦町を与えられたのだ」
「大きな盗賊団ですか?」
「湖を使ってローズ伯爵領や、ハルフォード侯爵領で悪さをしていたらしいな。海賊……いや湖賊といった方がいいのかもしれぬくらい、湖に逃げられると手を出せなかったそうだ」
「マーリシャス共和国からやって来たということは、元船乗りだったのかもしれないですね」
「確かにその可能性は高いな。それで男爵領だが、与えられた土地に少し問題があるのだ」
「問題ですか……デーキンソン侯爵領のように、作物が育ちにくいなどの理由でもあるのでしょうか?」
「デーキンソン侯爵領はキノコだったな。まさか儂がキノコを食べるようになるとは思わなかったが、近い話ではある。男爵領の中を流れている川がすぐに氾濫するのだ。そのせいで育てた作物や家屋が流されたり、土地が
頭の中に地図を思い浮かべると、確かにライナー男爵領の中央を大きな川が流れている。
「マーリシャス共和国へ行くには川を渡ると思うのですが、どうやって渡るのですか?」
「船を使ってだ、橋を作ってもすぐに流されてしまうからな。その船を使った渡し賃と、マーリシャス共和国からの入国税もライナー男爵の収入源の一つだな」
「船の料金は分かりますが、入国税は国に納めなくて大丈夫なのですか?」
「国へ納める仕組みにすると、入国者数を過少報告する者が出てくるのだ。実際、誰が何人入ったかなどは確かめようがないし、誤魔化そうと思えば幾らでも誤魔化せるからな。それぐらいなら、最初から国境を管理している貴族の懐に全て入る仕組みとした方が、しっかり記録をするだろうというのが国の考えだ」
「確かに過少報告されるよりも、正確な記録が残っている方が良いですね。話は戻しますが、船で渡るのなら、馬車は置いていくのでしょうか?」
「いや、全て渡るのに時間はかかるが、馬車や馬専用のイカダも用意されている」
「なるほど。それでは、ライナー男爵領で情報収集してから、マーリシャス共和国に入るということで大丈夫ですね?」
「……いや、ライナー男爵領に入る直前で休息をとり、先触れを出して、回答が来てから考えることにするのはどうだ?」
おじい様は、おばあ様の方を見た。
「私の勘は当てにならないし、アルバンが決めたのならそれでいいわ」
「エディはどう思う?」
「おじい様の考え通りで良いと思います。雨や移動で疲弊している騎士団や馬たちの体調も万全にしたいですし」
「それもそうだな。これだけ雨が続いているのだ、少し長めに休息を挟んだ方が良いな」
こうして、ライナー男爵領へ入るための方針が決まり、イーリス街道からライナー男爵領へ向けての道に入り、少し進んだ場所で休息することになった。
◆
騎士団のみんなもしっかり休めるように、今回新たに用意しておいたテントを空間収納庫から取り出し設置した。
「エドワード様、これはいったいなんでしょうか?」
アキラはテントを呆然と見つめながら質問してくる。アレンは口が完全に開いているな。
「テントだけど?」
「以前使用したテントは布製でしたが、これは完全に家ですよね!?」
すかさず、アザリエからツッコミが入る。確かに、以前アザリエたちと使った時は布だったが、あれからレギンさんたちとパワーアップした結果、ほぼ家になってしまったのだ。
「雨も強いから、これならしっかり休めるでしょ? 雨で体が冷えてると思うから、風呂に入って温まってね!」
「風呂までついているのですか……」
みんなが
「儂も初めて見るが、しっかり休息はとれそうだ。アキラよ、いつまでも突っ立ってないで、号令を掛けよ」
「申し訳ござら……ありません。それでは騎士団はこれより、休息する班と、馬の世話をする班、見張りをする班に分かれよ」
――はいっ!
アキラの号令で、騎士団が動き出す。僕もテントに入って移動の疲れを癒すのだった。
◆
野営すること二日、雨が上がったため、ライナー男爵の元へヴィオラとティユルを先触れに出したのだが、ティユルだけ先に帰って来たのだ。
「テネーブル伯爵が来るの?」
「はい、川の手前で会いまして、エディ様に会って話をしたいそうなので、ヴィオラが案内しております。私は先に報告するため、帰って来た次第です」
テネーブル伯爵は既にライナー男爵領に入っていたんだな。話をしたいって、ライナー男爵について何か分かったことがあるのだろうか? もしかするとノワールのことかもしれないな。
「エディ、テネーブル伯爵が来るのなら……テントを片付けるのだ」
おじい様はテントと言うのに、若干躊躇いがあるようだな。
「片付けるのですか? 話をするのなら、中で話したほうが良いと思うのですが?」
「このような物を持ち歩ける事は、出来るだけ伏せておいた方がよいだろう」
「なるほど。それでは片付けますね」
テントや馬小屋を片付け、暫く待っていると、テネーブル伯爵の一行がやってきたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます