第359話 アルトゥーラ再び

 移動は進み、王都で休息を取った後、更に南下する。当初、ハットフィールド公爵領のアルトゥーラは通過予定だった。先触れを出したところ、今回ハットフィールド公爵本人から、強く滞在をお願いされてしまったとのことで、予定を変更することになった。


「エディ、すまん! 断り切れなかった」


 素通りするため、おじい様の名前を出したのだが、ハットフィールド公爵本人が出てきたため、騎士団のメンバーでは断れなかったのだ。


「おじい様、気にしなくても大丈夫ですよ。アリシアから謝罪の言葉ももらってますし」


「そう言ってもらえると嬉しいが、儂の名前を出したのが、仇になってしまった」


「本人が出てきたのだから、しょうがないわ」


 ハットフィールド公爵領も、前回の時とかなり変わったという話なので大丈夫だろう。まあ、おじい様とおばあ様が一緒にいる時点で怖いものなしなんだけどね。


 馬車が門を通過する。先触れを出してあったからか、ノーチェック……と思ったら、凄い数の見物人が通りを埋め尽くしている。


「凄い人ですね。おばあ様を見に来たのでしょうか?」


「そうだな……いや、半分くらいはエディじゃないのか?」


「僕もですか?」


「もちろんだ。シュトゥルムヴェヒターを討伐した話は、マーリシャス共和国まで届いているのだ。アルトゥーラのような大きな町に届いておらぬわけがないだろう」


「どちらかというと、エディの方が多いのじゃないかしら?」


「おばあ様、どうしてですか?」


「エディがアリシアを魔物から救ったことを公表したからじゃない? もちろん、オークの事は伏せてあるらしいけど……アリシアから聞いたんじゃないのかい?」


「いえ、その話は初めて聞きました」


 話をしていると、馬車は前に見た城門をくぐり、城内に入り大きな扉の前で止まる。


「それでは降りよう」


 おじい様とおばあ様の後に続き、馬車から降りると、ハットフィールド公爵が出迎えてくれていた。


「アルバン殿にクロエ殿、そして、フィレール侯爵も久しぶりだな。フィレール侯爵は娘の謝罪を受け入れてくれてありがとう」


「いえ、アリシアは何も悪くないので」


「そう言ってもらえると助かる。全ては俺の責任だ。何か俺にできることなどあれば、遠慮なく言ってくれ」


「分かりました。ありがとうございます」


「それにしても、見たことのない魔物が馬車を引いていると報告があったが、まさかロイヤルカリブーだったとは。ニルヴァ王国が貴重なロイヤルカリブーを手放すとは……そういえば、王太子殿下の結婚式の時にも、白い大きな魔物が馬車を引いていると噂が出ていたが、あれはフィレール侯爵のことだったのだな」


 そんな噂が出ていたのか!?


「たまたま、エディにしか懐かない子がいたので貰ったのよ。賢い子だから丁重に扱ってあげてね」


「分かりました。頼んだぞ」


「畏まりました」


 以前、シルクを売った時にいた執事さんが対応してくれるようだ。


「あなた、いつまで外で話を? そろそろ中に入っていただいたら?」


「そうだった! 中へどうぞ」

 

 ◆


 中の応接室に通される。派手な感じはないが、どれも凝った作りの調度品ばかりだ。メイド服を着たメイドがお茶を淹れてくれる。


 メイド服はここ一年でほとんどの上位貴族には行き渡り、ハットフィールド公爵家のメイド服はブラウンだ。着ているのを見るのは初めてだけど、とても落ち着いて良い感じだ。


「まずは初めての人もいるので、紹介から始めよう」


 ハットフィールド公爵が合図すると夫人が頷く。


「アルバン様とクロエ様、ご無沙汰しております。そして、フィレール侯爵様、その節はわたくしの管理不足で不快な思いをさせて、大変申し訳ございませんでした」


「ナンシーと会うのは久しぶりだね。だけど、エディは気にしていないから、いつまでも引っ張るんじゃないよ。ただ、今後二度と起こらないように気を付ければよいわ」


 おばあ様、ナイスです。さすが分かってます!


「クロエ様、分かりました。この件に関してはもう口にいたしません。本日は嫡男のフリッツは王都へ、長女のフランシスもバージル殿下と結婚したため、既に王都へ移っており不在です。クロエ様は小さい時以来、フィレール侯爵様とは初めて会うライラから挨拶なさい」


「クロエ様に会ったことがあると母から聞かされましたが、記憶がなくて申し訳ございません」


「記憶がなくて当然よ? 会ったといっても、一歳ぐらいの時だからしょうがないわ」


「そうだったんですね! お母様、覚えていないわたくしが悪いかのように仰っていたのに、酷いです!」


「あら、でもクロエ様はあなたのためにいらして下さったのよ?」


「そうなのですか?」


「あなたがあまりにも病弱だったので、クロエ様に抱きかかえていただいたのよ」


「そうだったんですか!? 覚えていない自分が情けないです……でもどうしてわざわざ?」


 おばあ様のファンらしいが、確かに病弱だとなぜおばあ様?


「あら、病弱な女の子は、クロエ様に抱きかかえていただくと元気に育つと言われているのを知らないの? おかげであなたも元気に育ってクロエ様には感謝しかありません」


 迷信のような気もするけど、おばあ様ならもしかしてという気もする。


「そうだったんですね。クロエ様、わたくしのためにありがとうございました!」


「まあ、私は抱きかかえただけだから、ライラのために動いてくれた、ナンシーに感謝しなさい」


「分かりました! お母様ありがとうございました。そして、話が逸れてしまいましたが、フィレール侯爵様、妹を助けていただいてありがとうございました。わたくしは、ハットフィールド公爵家次女のライラでございます! よろしければ後ほど海神討伐のお話をお聞かせください!」


「エドワード・フィレール・ヴァルハーレンです。聞かせるほど大した話では……」


「ライラ、その話は間近で見ていたあたしがしてあげよう! エディでは過小評価しすぎておもしろみに欠けるから」


「クロエ様が!? ありがとうございます!」


 過小評価はともかく、おもしろさは必要ないと思います。


「お姉様、次はわたくしが。アルバン様とクロエ様、お初にお目にかかります。ハットフィールド公爵家三女のアリシアです。そして、フィレール侯爵様、ご婚約おめでとうございます」


「ほう……」


 アリシアが以前見せたカーテシーで優雅に挨拶すると、おじい様が感心している。おじい様から見ても美しい所作なんだな。


「ありがとうございます。アリシアも元気そうで何よりです」


 こうして、一通り挨拶を交わしてしばらく談笑したところで夕食となり、その後おばあ様による僕の話を聞くという苦行が待っていたが、特に問題など起こることなくアルトゥーラでの滞在が終了したのだった。


 ――――――――――

 マーリシャス共和国周辺地図を近況ノートに掲載いたしました。

 https://kakuyomu.jp/users/ru-an/news/16818093076854902796

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