第358話 出発
温室の隅で相談している、ワイルドウィンド四人の話し声が止まった。どうやら、話が纏まったようだな。四人は元の席に戻ると、ノーラが話し始める。
「お待たせして申し訳ございません。大公様の提案は、私たちに配慮してくださったありがたい提案なのでしょうが、仲間の命と今の情報では、まったく釣り合っていないと考えております」
「なるほど。仲間の命か……どうやら、君たちに対して失礼な提案だったようだね」
「いえ、冒険者である私たちを気遣っての提案というのは、十分に理解しております。そこで、私たちからの提案なのですが、マーリシャス共和国への案内役として同行させていただけないでしょうか? もちろん、私たちの持っている情報は全て提供いたします」
「……悪くない提案だね。初めて行く国だから、土地勘のある人物が同行するのは大きいかな。フィアはどう思う?」
「ええ、とても良い提案だと思うわ」
母様の勘に頼ったのだろうか?
「ところで、ワイルドウィンドの四人は、馬に乗ることは出来るのかな?」
「乗ることは可能といったレベルです」
「それで十分だ。エディ? 乗れさえすれば、カザハナがなんとかしてくれると言ってたよね?」
「そうですね。カザハナがいるだけで統制がとれます」
「それじゃあ、馬はこちらで用意するから、ワイルドウィンドの四人はしっかり案内を頼んだよ?」
「お任せください!」
◆
ワイルドウィンドの同行も決まり、現在、マーリシャス共和国へ出発するため、最後の準備を慌ただしくしている。まあ、僕はすることがないので、カザハナのブラッシングをしているんだけど。
少し離れた所では、アレンとワイルドウィンドの四人が乗馬の練習をしている。練習前にボロボロになったアレンを魔法で治療したのだが、アキラに任せて大丈夫なのか少しだけ心配になった。ワイルドウィンドの四人は、乗れると言っただけあってそれなりに乗れているが、アレンはあれで間に合うのだろうか……ん? そう言えばアレンを連れて行って大丈夫なの?
立場的には騎士見習いとして、アキラの傍に置いて指導するそうだ。アキラがかなり前向きに指導していると思っていたら、騎士団が女性ばかりなので、味方の男が欲しいだけだと、ツムギちゃんから聞いて少しだけ納得してしまった。騎士団の女性比率高いからね。
そういえば、マーリシャス共和国について、ワイルドウィンドから色々と聞いたのだが、首都はルイーズといって大きな港町らしい。ただ、ヴァッセル公爵領のファンティーヌを見たあとでは、かなり見劣りするという話だった。その他にも、ラエールとモヌールという二つの町があるが、いずれも小さな港町らしい。
以前、マーリシャス共和国には種馬的貴族が残っていると聞いたが、プルボン家、ヴァロア家、ウェイブ家の三つの貴族が残っているそうだ。王家や爵位の高い貴族は、すべて断罪されたため残ってはいない。三つとも元伯爵以下の貴族で、マーリシャス共和国では貴族待遇で扱われているが、王国としては一般市民扱いになるそうだ。
表向き、マーリシャス共和国に貴族はいないということになっているせいか、マーリシャス共和国出身のランディックでさえ、一度も見たことがないと言っていた。基本的に元貴族は首相候補の商人が抱え込んでいて、前首相だったデライードは、プルボン家と繋がっているという噂だけはあるらしいが、真実かは分からないと言っていた。
「エディ様。そろそろ準備が整います。カザハナを馬車に繋ぐのでこちらへ」
アザリエに呼ばれたので、馬車が置いてある場所までカザハナで向かうと、騎士団が手際よく馬車を繋いでいく。
「エディの準備は終わったのか?」
おじい様に声をかけられた。おばあ様も一緒だ。
「おじい様。いつでも大丈夫です」
「さすがエディだ。それでは乗り込もうか?」
馬車に乗り込みしばらくすると、ジョセフィーナとアスィミが入ってくる。今回メグ姉は不参加だ。マーリシャス共和国はかなり人族至上主義が強い国で、メグ姉も悪い思い出しかないらしい。アスィミは慣れているので気にしないと言っていた。それどころか、今回、同行できない母様に頼まれたといって、珍しくやる気十分のようだ。
準備が整い、アキラが号令をかけると馬車も走り出す。
◆
移動は順調に進み今夜の野営地へ。カザハナだけなら王都まで行けそうだが、他の馬は休憩が必要だ。カザハナは隊の馬すべての健康状態も分かるのか、野営地に到着すると、調子の悪い馬に回復魔法をかけるよう催促する。一糸乱れぬ行軍は、こういった気配りのできる上司あってのことなのかもしれないな。
夕食後アレンがアキラと訓練をしているというので、おじい様と一緒に様子を見に行くと、アキラがアレンとワイルドウィンドのアンディを相手に訓練していた。
「二人を相手にして、その場から動いていないアキラはさすがだな。エディの騎士団長として申し分ない実力だ」
アキラはどちらかというと、スピードが持ち味なのだが、二人の攻撃を刀と体捌きのみでいなしている。アレンの攻撃はともかく、アンディの攻撃は結構重そうなんだけど、攻撃した次の瞬間には地面を転がっているのだ。
「おじい様、アンディの攻撃は、そこまで軽く見えないのですが?」
「うむ、よく見るがいい。攻撃を受けた瞬間、力の方向を変えているのだな。相手の力を利用しているから、力の強い冒険者の方がよく転がっているだろう?」
「……なるほど。相手の力を利用するのですね」
僕の糸もただ相手の攻撃を受けるだけじゃなくて、相手の力を利用して反撃できないだろうか?
「よし、エディ。儂らも訓練するぞ!」
考え事をしていると、おじい様が提案してきた。
「訓練ですか?」
「うむ、前回クロエと行った時には、クロエから色々と教えてもらったのだろう?」
おばあ様から色々と自慢されたようだ?
「ありがとうございます! どこでしますか?」
「良いのか!?」
提案したおじい様がなぜ驚く? ダメ元だったのですね。
「もちろんです!」
おじい様は少し考えている……何を教えるのかも、考えてなかったのですね。
「よし、少し向こうの林でやろう」
そう言って林の方へ歩いていくので、後ろをついて行く。
「この辺りで良いだろう」
そう言った場所は、開けているがみんなからかなり離れていて全く見えない場所だ。ジョセフィーナとアザリエだけ少し離れた場所で待機しているのが見える。
「エディにはドンナーを教えてやろう」
雷のバリアのやつだ!
「本当ですか!? おじい様ありがとうございます」
覚えたかったやつなので、思わずおじい様に抱きつく。
「……。まだエディには早いかもしれないが、練習していけば、そのうち使えるようになるだろう」
満面の笑みのおじい様は、剣を取り出すと構えた。
「まずは、よく見ているのだぞ」
おじい様の表情が真剣なものに変わる。剣先が少しだけ光ったと思った次の瞬間には、おじい様の周りに雷のバリアが出来上がった。
「これが、ドンナーだ」
「剣先が光ったように見えました!」
「その通りだ。剣先から雷の魔術を周囲に張る感じだな。張る際に頭で集中するのがコツだ」
「なるほど。やってみますね」
連接剣を取り出し、構える。
要するに雷の魔力を剣先から出して、球体の形で纏えばいいはずだ。
雷の魔力を剣先に……。
「痛っ!」
剣先に雷の魔力を集めようとした瞬間。手に電気が流れたような痛みを感じ、剣を落としてしまう。
「大丈夫か?」
おじい様が剣を拾ってくれるが、まだ手が痺れて持てない。
「集中が足らないな。頭でしっかり集中しないとダメだぞ?」
「頭でですか? やってみます」
痺れも治ったので、おじい様から剣を受け取ると、もう一度やってみる。
しっかり集中してから雷の魔力を……。
「――!」
また同じことになってしまった。さすがに難しい。
その後、何度も練習してみたが、この日は発動させることができなかったのだった。
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