第357話 目覚め

 バージル殿下がトニトルス公爵領へ向かってから数日間、マーリシャス共和国行きの準備をしていたのだが、アレンが目覚めたとの知らせを受け、メグ姉とともに治療室へ向かうと、ワイルドウィンドの四人がアレンと会話している。


「エドワード様!」


 ワイルドウィンドのノーラが僕に気が付き、声をかけてくると、アレンも僕に気がつく。


「アレン、体の調子はどうだい?」


 アレンは僕を見るが、目を逸らしうつむいた。


「……エディ……さま。すまない……いや、すみません。メアリーとトーマスが死んだのは俺のせいだ。俺がくだらない理由でエディ、様を裏切ったから……みんなは……」


 どうやらアレンは、メアリーとトーマスが死んだのは、自分の責任だと思っているみたいだ。出会ってしばらくした頃のアレンに戻っているように感じる。アレンは顔を上げると、何かを決心した表情で話を続けた。


「一人になって思い出したのは、エディとの思い出ばかりだった。冒険者になりたいと言ったエディを守ろうと決意したはずなのに、俺がユルゲンのくだらない誘いに乗ったせいで、メアリーとトーマスまで死なせてしまった。全ては俺のせいだ。既に死ぬ覚悟はできている、罰を与えてくれ!」


 罰ってなんだ? 僕が決めなきゃならないの!? 周囲を見渡すとみんな僕に注目しているんですけど!


「……アレンはユルゲンに僕が生産職だから冒険者としてはやっていけないと言われたんでしょ? そこにメアリーへの思いがあったのかもしれないけど、全てが間違っているとは思わないよ。メアリーとトーマスについては、まだ僕も気持ちの整理がついてないけど、アレンが面倒見てくれたコラビの仲間たちは、ヴァルハーレン領に呼び寄せるように父様が交渉を進めてくれているよ」


「本当か!? ありがとう!」


「それで、アレンに対する罰だけど、僕の騎士団に入るっていうのはどう?」


「はっ?」


 アレンの頭の上に『?』が浮いてそうな表情だ。


「少数精鋭にしたいんだけど、なかなかいい人がいないんだよね」


「それの、どこが罰なんだ?」


「冒険者は辞めなくちゃならないし。実力もまだまだ足りてないと思うから、訓練も厳しいと思うよ?」


「おい、アレン。何考え込んでいるんだ! チャンスじゃないか!?」


「……」


 ワイルドウィンドのアンディが余計なことを言うから、アレンが更に考え込んでしまったじゃないか。余計なことを言ったアンディはシエラの杖で殴られて、とても痛そうだ。


「コラビの仲間もヴァルハーレン領に来るんだから、アレンはみんなの希望になって欲しい」


「みんなの希望?」


「うん、孤児院出身でも立派な騎士になれるというのを、みんなに見せて欲しいんだ」


「俺みたいな人間が立派な騎士になれるはずがない……」


「そんなことは分からないよ。アレンの後ろで頭を押さえているアンディは、あれでもBランクの冒険者なんだよ!」


 アレンは痛みでのたうち回っているアンディを見る。


「……俺も頑張れば、なれるのか?」


 アンディもたまには役に立つようだな。


「アレンならなれるに決まってるよ!」

 

「……」


 まだ、迷ってるようだ。


「ふむ、決心はついているようですな。あとはそれがしにお任せください」


「アキラ? アレン、彼が僕の騎士団の団長のアキラだよ」


「騎士団長?」


 いつの間にか騎士団長のアキラがいたようだ……というか家族全員揃ってるし!


「傷をエドワード様に治していただいたのなら、もう動けるはずだ。ただ悩んでいても、何も進展はありません。某もエドワード様のおかげで救われた一人ですから、その気持ちは痛いほど理解できます。ですが、まだ力不足です。だからこそ、これから訓練を始めるのです!」


「ちょっ、何を!?」


 アキラはアレンを抱えると、足早に部屋を出ていった。


「……」

 

「アレン君のことはアキラに任せておけば大丈夫だろう。きっと将来立派な騎士になれるはずだよ」


「父様……」


「さて、君たちがワイルドウィンドの四人だね? 私はハリー・ヴァルハーレン。エドワードの父親だよ」


「「迅雷様!?」」


 ノーラとシエラが驚く。そういえばそんな二つ名、あったような気がする。


「大公様、私たちがワイルドウィンドで間違いありません。私はリーダーのアンディと申します」


 ――!


 その場にいたみんなが、アンディの完璧な対応に驚く。シエラに殴られたせいだろうか?


「君たちには少し話を聞きたいと思っていたんだ。場所を変えて話そうか。彼らを温室の方に案内してくれるかな?」


「畏まりました。ワイルドウィンドの皆様はこちらへ」


 メイドがワイルドウィンドの四人を温室の方へ連れて行った。


「父様、ワイルドウィンドに話というのは?」


「彼らはヴィンス出身の冒険者なんだろ? もしかしたら、マーリシャス共和国の情報を持っているかもしれないから、聞いておこうと思ってね」


「確かにその可能性もありますね」


 全然その考えに至らなかったなと思いながら、温室へ向かうのだった。



 ◆


 温室に入ると、緊張して周囲をキョロキョロと見渡す四人の姿が。ここまで綺麗なガラスはまだ出回っていないので、珍しいのは分かる。温室に案内したのも何か考えがあるのだろうか?


 ちなみに、温室に入ったのはワイルドウィンドの他は僕と父様と母様だけだ。


「早速話を始めようか。彼らの紅茶が冷めてしまったようだから、新しいものに替えてもらえるかな?」


「畏まりました」


 メイドたちが四人の紅茶を新しい器に淹れる。


「それでは、話を始めよう。お茶は温かい方が美味しいから、飲みながら聞いてもらえるかな」


「「「「分かりました!」」」」



「君たちがヴィンス出身と聞いてね、情報を提供して欲しいんだ。もちろん冒険者の情報だから、ただでとは言わない。エドワードの借りから引いてもらってもいいし、貴重な情報なら報酬も弾むよ」


 父様がそう言うと、四人は顔を見合わせた。


「大公様、どういった話をお聞きになりたいのでしょうか?」


 話はノーラがするようだな。アンディは元に戻ったようだ。


「実はエドワードが、マーリシャス共和国の新しい首相のお祝いへ行くことになってね。マーリシャス共和国の情報を持っていたら教えて欲しい」


「新しい首相? デライード様は亡くなられたのでしょうか?」


「そうだね。さらに言うと、後継者のヴェルノンが暗殺されたことにより、内乱に発展しベニードなる者が首相になったという情報を掴んでいる」


「ヴェルノン様が暗殺!」


 予想以上にワイルドウィンドは、マーリシャス共和国の情報を持っているようだな。


「名前まで知っているということは、それなりに詳しいみたいだね」


 ノーラがランディックの方を見ると、ランディックが頷いた。どうやら、タンクのランディックが関係しているようだ。


「実はランディックの故郷がマーリシャス共和国なんです。その関係で何度か訪れ、依頼を受けたことがあるのですが、ヴェルノン様からの依頼も受けたことがありましたので。とてもお優しい方でした」


「なるほど……マーリシャス共和国出身か。ベニードについては何か知っているか?」


 ノーラが三人の方を見ると、三人とも首を振った。


「申し訳ございません。ベニードの名前自体初めて聞きました」


「謝ることはないよ。それなりに知っている者が知らないということ自体が、大切な情報だからね。下から上がってきた者かもしくは……」


「父様、イグルス帝国の関係を疑っているのでしょうか?」


「エドワード、マーリシャス共和国は、うちとの関係性があまり良くない。海洋国として主な貿易先は、イグルス帝国なんだよ」


「そうだったんですね。しかし、イグルス帝国が関係しているとすれば、あまり良くない方向に進んでいるのかもしれないですね」


「エディが行く前に、それが分かっただけでも大収穫だろう」


「はい! ワイルドウィンドのみんな、マーリシャス共和国について教えてもらうのを、僕からの依頼ということで良いかな? 情報料として足りなければ遠慮なく言っていいからね」


「……少しだけ相談させてもらってもいいでしょうか?」


「もちろん、構わないよ」


 父様がそう言うと、四人は相談を始めるのだった。

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