第356話 トニトルス公爵
トニトルス公爵ことバージル殿下を部屋で待っていると、バージル殿下がメイドに案内され入ってくる。
「トニトルス公爵、よく来たね」
「ヴァルハーレン大公も元気そうでなによりです……」
二人とも顔を見合わせたあと笑い始める。王都で会った時と同じ反応だけど、前回と違って父様も笑っている。以降は友人として会話するということなんだろう。
「バージル。トニトルス公爵の叙爵と結婚おめでとう」
「ありがとう。私もまさか領地が与えられるとは思っていなかったよ。これもエドワードのおかげだな」
王族として王城にいるよりも、公爵として領地を貰える方がいいのだろうか?
「今日は一人で来たんだね」
「ああ、急な話な上に、結婚も重なり全てが準備不足でな。戦争の件もあり、取り急ぎ領の状況を確認したかったので、私だけ先に来たのだ」
「確かに、いつまでも領主不在というのはよくないから、急ぐに越したことはないね」
「やはり、そう思うか? 領地を持ったことがない故、その辺りが今一つ分からぬのだ。領主になることを想定していなかったため、勉強もしておらぬしな」
「それは大変だね。誰か優れた文官でも連れて行くのかい?」
「ああ、一先ずは王領の文官と、ハットフィールド公爵家から、フリッツがしばらく手伝ってくれることになっている」
「そういえば、ハットフィールド公爵が後ろ盾になってくれるのだったね」
「だからといって、中立派になったわけじゃないからな」
「それは分かっているよ。ところで、エディに用事があるという話を先触れで聞いたのだけど本当かい?」
「そうであった! マーリシャス共和国の内乱の件は知っているかい?」
マーリシャス共和国で内乱が起きているのか!? 初めて聞いた。
「確か首相が亡くなり、後継者も暗殺されたことによって、内乱に発展したと聞いているよ」
父様は知っていたようだな。
「さすがだな。それでは勝敗がついたことは知ってるかい?」
「それはまだ届いてないね」
「前首相と対立していた派閥が勝利したそうだ」
「……それは良くない知らせかな。方針がガラリと変わるということなんだね?」
「その通りだ。勝利した派閥についての詳しいことは国としても分からぬ。イグルス帝国への進軍を前にして、厄介なことにならねばいいのだが……」
「つまり、エディをマーリシャス共和国へ特使として?」
「そうだ。と、言っても向こうからの要望でな。海神を討伐したフィレール侯爵をゲストとして招きたいらしい」
「僕をですか?」
「エディ。マーリシャス共和国はヴァーヘイレム王国に敗れ、王国から共和国になってしまった過去がある。そのため、うちを毛嫌いしている人が多いんだよ」
「だからあまり交流がないのですね?」
「そうだね。しかし、海洋国家として最も恐れている海神を討伐したエディを特使として招くことができれば、政権が交代したばかりで不安定な情勢において、一定の力を示すことを狙っているのだろう」
「僕よりも王族を招いた方が、力を示せるのではないでしょうか?」
「それはお互いにありえないかな」
「ヴァーヘイレム王国に恨みを持っているマーリシャス共和国だけでなく、ヴァーヘイレム王国側にもということですか?」
「そうだよ。マーリシャス共和国のトップは王ではない。国民の代表なので、力を持っているとはいえ平民ということだ。平民と同系列に国王や公爵クラスを特使として派遣することはほぼないだろう」
「なるほど、確かに僕は侯爵なのでその辺りもちょうど良いということなんですね?」
「バージル、そういうことでいいのかな?」
「全くその通りだ。ハリーのせいで私の話すことがなくなったぞ。そういうわけで、王国としては、マーリシャス共和国の調査も兼ねてフィレール侯爵に行ってもらえると助かるのだがどうだ?」
「強制ではないのですか?」
質問するとバージル殿下は頬を緩めた。
「なんだ、ハリー。エドワードに教えてないのか? 覚えておくといい。王城で異形を倒した実績と海神を討伐した実績に加え、モイライ商会は既に王国の貴族で知らぬ者がおらず、皆、自領に支店を欲している状態だ。そんな、フィレール侯爵に強要するようなバカはいないだろう。今後、取り込もうとする者も出てくるか、既に来ていても不思議ではない。傲りすぎるのも良くないが、必要以上に下手に出る必要もない。自分の交渉の武器として覚えておいた方が良いだろう」
「ありがとうございます」
「それでハリー。お前の考えはどうだ?」
「そうだね。私が付いて行くのは駄目なんだよね?」
「さすがに大公が行くのは駄目だな。というか、フィレール侯爵以外の貴族は呼ぶなという話らしいから、少し胡散臭い話ではある」
「その情報は伝えて良かったのかい?」
「文官どもは隠せと言っていたが、陛下の了解は取ってあるから問題ないな」
「文官が隠せということは、何かあるのかな?」
「どうやらライナー男爵が怪しいということらしい。マーリシャス共和国の情報のいくつかが、ライナー男爵で止まっていたようなのだ」
「ライナー男爵は、ブラウの時に派閥の情報を流していたのだったね」
「そのせいで、味方がいなくなったため、今度はマーリシャス共和国に情報を流しているのでは、というのが文官たちの見立てだな」
「そこまで腐っているような人物じゃなかったはずだけど」
「大方ブラウに利用されただけだろうと宰相も言っていたが、裏切った事実が無くなるわけではない。他の貴族との関係は未だ改善しておらず、財政難は変わらないだろう。それ故にそういった疑いがでてもしょうがないだろうな」
「つまり、エディにはその辺りも見てこいということなんだね?」
「その件はテネーブル伯爵に調べさせているから、通るついでに何か分かればという程度だな」
マーリシャス共和国の調査の方が優先ということか。貴族になったことにより他国へ行く機会が少なくなってしまったので、チャンスには違いないのでぜひ行ってみたい。
「エディの顔的には行ってみたいといったところかな?」
「えっ!? 顔に出てました?」
みんな頷いた! バージル殿下まで頷かないでほしい。
「ふむ、バージルよ。大公が行くのはまずいとしても、儂とクロエが護衛としてついて行くのは問題ないな?」
「確かに引退されているので問題は……ないのか?」
バージル殿下でも判断がつかないようだ。
「入国の際に騎士団の格好をしておけば、バレることはないわい」
「なるほど。それならば大丈夫そうですね」
バージル殿下も納得したようだが、騎士団の格好でオッケーなら誰でもついて行けるような気もする。
「おじい様とおばあ様が付いてきてくれるのですか!?」
「当然だ。エディと他国への旅なんて最高じゃないか! 儂とクロエもマーリシャス共和国には行ったことがないからとても楽しみだぞ!」
「父様、遊びに行くわけじゃないのですが、二人がついて行くのなら安心ですね」
「任せておくがいい!」
こうしてフィレール侯爵として、初めて他国へ行くことが決定したのだった。
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