第352話 雪解け
雪解けは進み、暖かな日が増えてきたので、今日はノワールとエリーと一緒に釣りを楽しんでいる。
『今日は大きなお魚がいません』
「普通サイズの魚はたくさん釣れるのにね」
エリーなら毎回、大きな魚を釣るのかと思ったけど、そう上手くはいかないらしい。
「エドワード様、紅茶をどうぞ」
「ノワール、ありがとう」
ノワールが淹れてくれた紅茶に口を付ける。
「プレジール湖で釣りをしながら飲む紅茶もいいね」
「それは良かったです!」
紅茶セットを持ってきたノワールが頬を染める。ノワールはとにかく僕の世話をしたいようで、三人でいる時は甲斐甲斐しく動くのだ。
『ノワール、ピンクが溢れてます』
見えない僕でも分かるな。
『あっ!』
「エリー、どうしました。当たりですか?」
『エディ様、お城に戻った方がいいです』
「そうなの? エリーがそう言うなら戻ろうか。ジャック、頼んだよ」
「畏まりました。お前たち城に戻るぞ」
船長のジャックが号令をかけると、船員たちが一斉に動きだす。よく分からない現象だけど、エリーの勘はよく当たるのだ。
◆
城に帰ると兵士やメイドたちが慌ただしく走り回っていた。
「何かあったの?」
走り回っていたメイドに声をかける。
「エドワード様!」
僕を見てそんなに驚かなくても。もう、お馴染みの顔だよ?
「今すぐ治療室にお願いできませんでしょうか!? 大怪我をした少年が運ばれて来たそうです! 本日はソフィア様がいらっしゃらないので、エドワード様を探していたのです」
「大怪我をした少年!? 急ごう!」
メイドの後をついて行く。父様と母様はファーレンの町、おじい様とおばあ様はトゥールスの町に行っていて不在で、今日の夜に帰って来る予定になっている。そういえば、城を探検していた流れで船に乗ったので、誰にも釣りをしていることは言ってなかったな。
◆
治療室に入ると、血まみれの少年に声をかけて励ましている四人の冒険者らしき人と、少年にポーションをかけている兵士の姿があった。ポーションであれだけの重傷は治療できないので、僕を探しに行っている間の延命作業だろう。
「アレン、気をしっかり持つんだ! きっとエドワード様が来てくれる!」
涙を流しながら少年に呼びかけている冒険者の男が口にした名前は、僕の中にある名前と一致する。血まみれの少年の顔をよく見ると、知っている顔だった!
「アレン!? どうしてここに?」
「アレンに何をする!」
アレンを揺さぶった僕に、冒険者の男が激昂した。
「アンディ、そのお方がエドワード様よ!」
「何!? ノーラ、本当か?」
「間違いないわ!」
「申し訳ない! 謝罪は何でもするから、最後にアレンの話を聞いてやってくれ! いや、下さい。もう、長くは持たないんだ! アレン! エドワード様が来たぞ!」
アンディと呼ばれた冒険者が大きな声で呼びかけると、アレンがゆっくりと目を開ける。
「エ……エディ……すまなかった……」
いきなり僕に謝ったアレンの目から涙が流れた。
「何を謝ってるの!? 今治療するから待ってね!」
「……もういいんだ……昔、エディが言っていた自業自得というやつだろうな……お前にお願いする資格はないのだが……コラビの孤児院の仲間が……」
「孤児院の仲間がどうしたの!?」
言葉が止まった。体力を使い果たしたのか? 早く回復魔法をかけなくては。
回復魔法をかけようと手をかざすと、その手をアレンに掴まれた。
「孤児院のみんなを助けてやってくれ! あとはノーラさんに聞いてくれ。最後にエディの顔を見ることが出来て良かった。あの時……孤児院から逃げ出そうとしてた俺を止めてくれてありがとう。本当は……ずっと前から言いたかったんだ……一人になって思い出した……最後に言えて良かった……」
僕の手を握っていた手が力を失い離れていく。これは普通の回復魔法では間に合わないな。それにしても、アンディの泣き声がうるさい。
「スノー。力を貸して!」
「ピッ」
スノーがフードの中から飛び出して、アレンの胸元に着地した。
血の出ている腹部に手をかざし、魔力多めのヒール除菌プラスEXを発動すると、僕でも確認できるほど眩く光を放ち、傷が塞がっていく。
「バカな!?」
「傷が塞がっていくわ……」
「神よ……」
「……」
傷は予想以上に深かったようで、少し時間はかかったが完全に治ったはずだ。アレンの呼吸も安定しているので大丈夫だろう。血を失い過ぎていたので、しばらくは目を覚さないはずだ。
それにしても、アレンが言っていた『孤児院から逃げ出そうとしてた俺を止めてくれてありがとう』というのは何のことだろう……そうか。アレンは孤児院に入ってきた時、凄く荒れていたんだったな。
……夜に脱走しようとしたのを止めたあの夜のことか。そういえばそんなこともあったな。僕は男友達が欲しかっただけだから、そこまで感謝されることはしてない。あの後は仲良くなったアレンのおかげで、トーマスとか男友達もできたんだった。
そういえば、メアリーにトーマス。あと町長の息子の……まあいいや、アレン以外がいないということは死んでしまったのか?
「エドワード様、これで涙を……」
『エディ様にはエリーたちがついてますの』
ノワールがハンカチで涙を拭って、エリーが僕に抱きつく。いつの間にか涙が流れていたようだ。地球の記憶が混ざった影響だろうか。アレンたちのことを、完全に他人のように感じていた。そのおかげで、アレンからパーティを外されても何も思わなかったが、本当は泣くほど悔しかったはずなんだ。
今までは人格に全く影響がないと思っていたが、どうやら違うようだ。以前、ヴァイスに前世のことは無理に思い出さない方がいいと言われてたが、もし思い出していたら、別人になっていたかもしれないな。
王都で起こったカトリーヌさんの過去の件もそうだが、加護というか神の力というのはどの程度まで干渉する力を持つのか、少しだけ怖くなってしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます