第350話 ニット帽

 ヴァルハーレン領に帰ってから二回目の冬。今回はニルヴァ王国へ行く予定もなく、のんびりとした日が続いている。


「どうかな?」


「エドワード様、とてもお似合いです」

「エディ、可愛すぎるわ」

「同感ね」


 ジョセフィーナ、メグ姉、カトリーヌさんの感想である。


「いや、そういうことを聞いているんじゃなくて、これなら僕って分からないんじゃないって聞いてるんだけど?」


 三人共一斉に顔を逸らした!


 ヴァルハーレン領で僕が目立っているのは、この髪色のせいだ。そこで、今年の冬に向けて着々と準備を進めていたのがニット帽だ。


 一般人でも編めるように、安い毛糸やかぎ針などを編み方と一緒にモイライ商会で販売したところ大ヒットし、寒いヴァルハーレン領でかなりの人がニット帽を被ったり、マフラーを首に巻いたりと一気に普及してきている。


 そんなわけで、ニット帽なら僕の髪をすっぽり隠せるので、変装には持ってこいのはずなのだがおかしいな。思っていたのと全然違う感想が返って来たぞ。


 考えてみれば、この三人に聞いたのが間違いだった。


「アザリエはどう思う? この帽子で髪を隠して町民の服を着れば僕だと気づかれないんじゃない?」


「抱きしめたくなるだけですね」


 アザリエではなく、リリーが答えたというか、心の声が漏れただけだな。


「街にはエディ様が広めたニット帽を被った者で溢れていますが、その程度でお忍びは無理でしょう。どちらかというと、エディ様の可愛さが増しているような気がします」


 アザリエが真顔で答えると、みんなが頷く。


「そもそも、どうして帽子に耳が付いているのでしょうか?」


「ヴァイスの耳を意識して見たんだけど駄目だった?」


「よくお似合いで可愛いのですが、街にそのような耳付きの帽子を被っている者はいませんよ?」


「エディ君、帽子の作り方に耳の作り方はなかったから、しばらくアレンジしたものは出てこないわよ? まあ、普通の帽子でもエディ君と分かるけどね」


 アザリエとカトリーヌさんの容赦ないツッコミに、僕のライフはゼロだ。

 

「エドワード様、どうしてお忍びが良いのですか? 護衛の観点から考えても、お忍びじゃない方が助かるのですが?」


「えっ!? お忍びなら護衛の数も少なくていいから楽じゃないの?」


「エディ、逆に大変なのよ?」


「メグ姉?」


「エディは一度攫われているのだから、変装したぐらいで護衛は減らないわよ? それどころか、平民との接触が増えるから変装した護衛が増えるだけだわ。アザリエもしっかり言わないと駄目よ?」


「エディ様、隠していて申し訳ございません。師匠の言うとおり、エディ様が変装されるときは、ヴァルハーレン家の方の騎士団が変装して護衛に加わっております」


「そうだったの!?」


 衝撃の事実に目の前が真っ暗に……はならないけど少し驚いた。


「それって、父様から指示が?」


「いえ、クロエ様です」


「おばあ様か……それじゃあしょうがないね。これからは気を付けるよ」


 心配しすぎのような気もするが、おばあ様に心配させるわけにもいかないので、自重することにしよう。


「できるだけエドワード様の護衛はフィレール侯爵騎士団だけで対処したいので、そうして頂けると我々としても助かります」


 かなり迷惑をかけていたようだな。

 

「そうなってくると、ただニット帽を広めただけなのか」


「あら、でもこの編み物というのはとてもおもしろいわね。誰でも覚えれば簡単に編めるということで、冬のローダウェイクの内職としても一気に広がっているみたいよ?」


「それはカトリーヌさんとセリーヌさんに少し教えただけで、色々な物の編み方をすぐに考えてくれたからです」


 マフラーとニット帽の編み方をウルスに聞いて二人に教えたところ、手袋や靴下などの編み方も考え、その編み方はモイライ商会や商人ギルドに掲示している。そのおかげで、冬だというのに連日たくさんの人で賑わっているという話だ。


「機織りで作った布は平面でしか作れないけど、これは立体的に編めるからやっていてとても楽しいわ」


「それでエディ様。視察の方はいかがいたしましょうか?」


「カザハナも喜ぶし、普通に馬車で行くことにするよ」


「畏まりました。それでは準備をいたします」


 アザリエは出発の準備をするため、部屋を出て行った。


「それじゃあ、私も工房に戻るわね」


 カトリーヌさんも部屋を出て行く。現在モイライ商会にはドレスの製作依頼が殺到していて忙しいのだが、休憩に編み物をするぐらいハマっているというか、休憩になっていないと思う。


 しばらく待っているとアザリエが呼びに来たので馬車に乗って商人ギルドへ向かう。


 ◆


「エドワード様、お越しくださりありがとうございます」


 受付のアリアナが答えた。


「話の前にこれを渡しておくね」


 空間収納庫から様々な毛糸を渡す。これは商人ギルドからエミリアに発注していたもので、商人ギルドでも毛糸を売らせて欲しいと打診があったのをエミリアが了承した形になる。


「エドワード様自らが!? 呼びつけて下されば取りに伺いましたのに、というよりも次からは呼びつけてください! エドワード様は侯爵なのですから、このようなことは今後なさらないでください」


 怒られてしまった。実はエミリアにも同じことを言われたんだよね。効率的だと思ったんだけど二人ともに言われたのでは次回から注意するしかない、話を変えよう。


「商人ギルドは冬なのに随分と賑わっているようだね?」


 商人ギルドの通常入り口前に人だかりができていたのだ。


「エドワード様が発売された編み物のおかげですね。売り出す前にも言いましたが、本当に権利を放棄してよろしかったのでしょうか?」


「問題ないですよ。父様にも了解は取ってあるし、これでローダウェイクが栄えた方がいいからね」


「この編み物はすでに先日の屋台よりも大きな流れを生んでおります。どうしても冬季は仕事が減ってしまうローダウェイクでたくさんの仕事を生み出しておりますし、商会の儲けよりローダウェイク全体をお考えとはエドワード様のお考えも素晴らしいです!」


 アリアナのテンションがかなり高いな。あれこれ手を出し過ぎると面倒だったとは口が裂けても言えないな。


「たくさんの仕事って、内職的な仕事が増えたとは聞いていたけど他にもあるの?」


「もちろんでございます。エドワード様のおかげでかなり手に入りやすくなったとはいえ、平民にとって服はまだまだ高級品。冬場に使える暖かな服をほぼ材料費のみで自分で作れるとあって、連日この賑わいです。それに目を付けた商会が買い取りを始めたので更に勢いがついております。他の商会も便乗して毛糸やかぎ棒の販売を始めたことにより、毛糸の素材を集めるため冒険者、かぎ棒を作るため工房への依頼もたくさん出ていて、昨年までの冬とは全然違います」


「そんなことになってたんだね」


 正直ニット帽でここまで変わると思ってなかった。変装用に流行らせたかっただけとは、口が裂けても言えないな。ウルスの情報で、ニット帽は十五世紀に作られたモンマス帽が起源という説があり意外と新しく、少なくともこの国やニルヴァ王国にはない。


 この世界では、休むイコール収入減なのでみんな極端に休むことを嫌う。きっちり安息日に休むのは教会ぐらいだ。


 この後、屋台の方を視察して帰ったのだが、ニット帽効果でローダウェイクが賑わっているだけあって、屋台の方も賑わっていた。店主たちも色々工夫しているようで、屋台の方もこのまま順調に行けば成功するのではないかと思わせるにぎわいだった。

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