第348話 Side ロゼ(下)
お兄様が考えている間、わたくしも考えてみましょう。お父様の説明でバーンシュタイン公爵は、ヴァルハーレン領へ向けての街道を整備すると言ってましたね。とても羨ましい……ではなく、どういったルートにするのでしょうか?
お父様が広げた地図を見ていると一見直線で繋ぐのが最短に見えますが、バーンシュタイン公爵領は山岳地帯で、街道を整備するのが大変だと聞いたことがあります。そうなってくると、今あるイーリス街道を利用した方が効率的でしょう。
当然他領も通過するので、他領にもメリットがある形にするのが前提条件です。リュミエール侯爵領やヴェローチェ子爵領の辺りを通るルートにすれば、ローダウェイクに繋がる道となれば協力を仰げそうですね。
そうなった時に、うちはリュミエール侯爵領のスヴェートまで整備できれば、バーンシュタイン公爵領への道のりもローダウェイクへの道のりも早くなるような気がします。そういえば、リュミエール侯爵はスヴェートという名前が好きなのでしょうか? 王領にあるスヴェートの町はリュミエール前侯爵が伯爵時代に作った町でその後、侯爵を叙爵した際に今の領に移り新たにスヴェートの町を作ったらしいのです。わざわざ同じ名前の町を作るということは思い入れがあるのでしょうね。
わたくしが考えていると、お兄様も考えがまとまったようで。
「父上、バルモア子爵領のブリッシャーまで新たな街道を整備し、そこからイーリス街道に繋げればバルモア子爵も喜ぶのではないでしょうか?」
お兄様の言う通りバーンシュタイン公爵へ向けては最短ですが、うちは貴族派のバルモア子爵とはあまり仲が良くないのよね。貴族派からバーンシュタイン公爵が抜けたとはいえ貴族派が消滅したわけではありません。まだ関係改善には早いでしょうね。
そもそも、バルモア子爵はブリッシャーの町からイーリス街道へ道を繋げた方が早く移動できるのですが、それをしないのは川がかなりの頻度で氾濫して湿地帯になっているからなのだとか。埋め立てようとしているらしいのですが、上手くいっていないと聞いたことがあります。
「アンディ。ヴァッセル公爵家とバルモア子爵家の関係はどうなっている?」
「……派閥が違うため対立しております」
「ふむ、それを分かっていての考えか?」
「はい、これをきっかけに関係を改善できないかと考えました」
お父様は隣接領のバルモア子爵には関係改善に向けて交渉していますが、以前難しいと言っていましたね。
「隣接領ではあることから関係が悪いよりは良い方がいいとはいえ、あまり当家にメリットがあるわけではない。さらに言えば、バルモア子爵は未だイーリス街道への道すら整備できていない。先代のバルモア子爵でも不可能だったのだ、今のバルモア子爵では到底不可能だろう」
「それでは、父上はどのような結論に至ったのでしょうか?」
お兄様が質問すると、お父様が計画を語られました。わたくしの考えとかなり似ていますね。
「あなた。イグルス帝国との戦争で当家の役割はありますの?」
「物資の供給ぐらいで特にはないが、ベスティア獣王国への支援を陛下に認めていただいた」
「それでは、ヴァッセル家主導でベスティアと取引できるのですね?」
お母様はベスティアのお茶などを気に入っているので嬉しそうですね。そういえば、エドワード様もベスティアのお茶を美味しそうに飲んでいらしたわ。他にもエドワード様の喜びそうな珍しいものがないか、後でアン伯母様に相談してみましょう。
「王家は海のことは分からぬゆえ、当家に任せるしかないだろう。イグルス帝国に進出するにあたって、現在戦争中のベスティア獣王国には頑張ってもらわねばならない」
「父上、お耳に入れたい情報がございまして」
アン伯母様の所へ早く行きたいのに、お兄様が余計なことを言って引き伸ばしてしまいました。
「どのような情報だ?」
「マーリシャス共和国についてです」
「首相が病気で倒れたという話は聞いてたが、動きがあったのか?」
「ご存知でしたか、亡くなったそうなんですが、次の後継者を決めなかったことにより抗争に発展しているようです」
「――! それはおかしいな。確か息子を後継者に指名していたはずだが」
「暗殺されたという話です」
「それはまずいな。その情報の出所は調べたか?」
「もちろんです。抗争から逃れてきた者たちです。マーリシャス共和国周辺の領に避難する者たちがかなり出てきているようで、ファンティーヌまで来た者たちは、船で逃れて来たとの情報でした」
「その様子では兆候は少し前から出ていたはずなのに、ライナー男爵は何をやっていたんだ!?」
マーリシャス共和国と正式な街道で繋がっているのは、ライナー男爵領のレイネルの町と、エリオッツ侯爵領のシノロの町だけです。抗争が行われているのはマーリシャス共和国の首都ルイーズが中心のはずなので、シノロの町に逃れてくるケースは少ないでしょう。
つまり、レイネルの町へ流れ込んで来る人たちがいるはずなのに、王都への報告がないことをお父様は腹を立てているようです。王都への連絡があれば、まずマーリシャス共和国と隣接している二公爵に連絡があるはずですから。
「それでアンディはその件について何か手を打ったのか?」
「はい、スチュアートに相談して密偵を放ってあります」
お父様が家令のスチュアートを見ると、頷いているので全て整っているということなんでしょうね。
「そうか、よくやった」
お父様が褒めると、お兄様はホッとした表情を見せます。
「それでは、私は陛下に手紙を書かねばならないから、話はここまでにしよう。スチュアート、早馬の手配を」
「既に用意しております」
「さすがだな。それとロゼ、しばらくは少ない護衛で街に出ることを禁ずる」
「どうしてですか!?」
「マーリシャス共和国の者たちがうろついているのだ、通常よりも危険度が上がっているだろう? ロゼはエドワード様の婚約者というのが正式に決定しているのだ、もしものことがあってはならない。今後はその辺りも考えて行動するように」
「……畏まりました」
私が返事をすると、お父様はお兄様とスチュアートを連れて出ていきました。
「ロゼは街に行きたかったのかしら?」
「お母様……アン伯母様にベスティア獣王国の珍しい品がないか相談しに行こうと考えていたのです」
「エドワード様へのお土産ね。しょうがないわね、私が呼んであげるからそれで我慢しなさい。レーゲンの言う通り、何かあってはまずいのは分かるわね?」
「もちろんです。わたくしの行動でエドワード様の評判を傷つけるわけには参りません」
「大丈夫なようね。アンディもロゼぐらい賢いと良かったのだけど、しょうがないわね」
「お兄様も十分賢いと思いますが?」
「あら、さっきのレーゲンの質問、ロゼは正解だったのでしょう?」
「どうしてそれを!?」
「ロゼだけレーゲンの説明を聞いても、特に驚いた様子がなかったからよ」
「お兄様は勉強が嫌いなだけで、やればできると思います」
「やれば多少はできるでしょうが、言わないとやらないのと、言わなくてもやる差は大きいわ……」
お母様は少しだけ寂しそうに、わたくしの頭を撫でたのでした。
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近況ノートに新たな街道計画ルートマップを掲載しております。
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