第347話 Side ロゼ(上)

「お父様はまだ帰って来ないのでしょうか?」


 グリーンティーを飲んでいるお母様に尋ねる。


「ロゼったらその質問何回目かしら? まあ、確かに遅いわね……何かあったのかしら?」


「もしかして、エドワード様との婚約の話がなかったことに!?」


「それはないから安心しなさい」


「しかし、その件以外で遅くなる理由はないと思うのですが……」


「ロゼ……王都へいった目的は会議です。婚約の話がメインではないですからね?」


「そうなんですか?」


 お母様は頭を押さえます。そこまで驚くようなことでしょうか。


「あなたはエドワード様が絡むとおかしくなるわね。大公様の手紙にはロゼ、フラム、ノワール、エリーの名前が書いてあったでしょ? ロゼが婚約者から外れることはないわ。もし長引くとすれば、義姉様が何か言ってくるぐらいじゃないかしら」


「ティア伯母様がですか?」


 第一王妃のセレスティア伯母様はわたくしの婚約に反対なのでしょうか?


「心配しなくてもロゼのことは喜んでくれるわ。問題はクリスタ殿下の方ね。王家としてはエドワード様の婚約者に一人は入れたいでしょうから、姉という立場を利用してレーゲンに迫る可能性はありそうね」


「クリスタをですか? クリスタも一緒なら楽しそうですけど、お父様に言ってもしょうがないのではないでしょうか?」


「楽しそうね……そういえばクリスタ殿下とは仲がいいのでしたね。現状ロゼはエドワード様の正室なのよ? クリスタ殿下を婚約者の一人に加えるとロゼは側室になってしまうわ。だから、レーゲンに話を通してから大公様に交渉するはずよ」


「わたくしが正室……ですか?」


「四人の中であなた以外誰が正室になるのよ?」


 エドワード様の婚約者になった喜びで、その考えに全く至らなかったです!


「ど、どどどど、どうしましょう!? わたくしにエドワード様の正室が務まるのでしょうか?」


「務まるとか務まらないじゃなくて務めるのよ。ロゼにはその力が十分に備わっていると思っているわ。自分で足りないと思うのなら研鑽なさい。まだ十分に時間はあります。エドワード様の弱い部分……そうね、貴族関係に関してはロゼがお支えしてあげるのよ」


 お母様が優しく励まし、応援してくれます。


「わたくしが? 確かにエドワード様は孤児院で育ったせいで、貴族に関してはこれからと言ってました……分かりました、お母様! わたくしがエドワード様をお支えして見せますわ!」


「分かってくれて嬉しいけど、クリスタ殿下も婚約者に加わった場合は側室としてお支えするのよ?」


「それはもちろんです」


 お母様とお茶を飲みながら婚約のことについて話をしていると、メイドが入って来ます。


「失礼いたします。奥様、旦那様がお戻りになられました」


「長かったわね。ロゼ、行きますわよ」


「はい、お母様」


 お父様を迎えにいったあと、兄姉も呼んで話を聞くことになった。


 ◆


「まず、かなり帰るのが遅くなったがアンディ、領内に変わりはないか?」


 お父様が留守の間、領内を守っていた一番上のお兄様に尋ねた。


「はい、特に異常はありませんが、ロゼとエドワード様の婚約話が噂程度で流れているようです」


「お兄様、本当ですか!?」


「ああ、まだ内緒にしなければならないと父上が言っていたのに、既に流れていたので驚いたんだ」


 お父様は少し考えると、お母様の方を向きます。


「ジュリアは何か知ってそうだね?」


「ごめんなさい。そういえば姉さんに自慢したのだったわ」


「アンに話したのか!?」


 お父様は頭を抱える。アン伯母様に話したら領内どころか、他領でも噂は広がっているでしょう。


「だって、姉さんがエドワード様との航海を自慢げに話すからつい……」


「……言ってしまったものはどうしようもないな」


「お父様! それでは婚約が決まらなかった際、わたくしはもう領内を歩けませんわ!」


「それについてはロゼ、安心していいぞ。婚約者は手紙の通り四人で纏まった」


「本当ですか!?」


「あなた、義姉様は何も言ってこなかったの?」


 お母様がセレスティア伯母様の話をすると兄姉も頷く。


「もちろん話はあったが、エドワード様の希望だからと大公様が断ってくれたのだ」


「エドワード様の希望なんですか!?」


「ロゼ、少し喜びすぎよ」


 お母様に嗜められてしまいましたが、頬が緩んでしまうのが自分でも分かります。


「まあ、そんなわけで会議後バーンシュタイン公爵と話をして、ロゼが正室ということで決まっているが、当然王家もエドワード様と親交を深めてねじ込んでくることが予想できる。元々婚約の打診をした際、大公様には正室でなくてともよいと言ってあるので、そうなってもショックを受けないように」


「大丈夫です」


 以前、エドワード様のお母様は、エドワード様の命の恩人であるマルグリット様を正室に据えようとしていたようなので、どうしても結婚したかったわたくしは側室でも良いと打診してあったのです。マルグリット様がどうして婚約者に名を連ねていないのかは分かりません。


「バーンシュタイン公爵とその話をして帰還が遅くなったのかしら?」


「バーンシュタイン公爵との話で長くなったのは確かだが、ロゼの婚約の話だけをしていたわけではないぞ」


 お父様から、戦争のことや、新たに作る街道の話を聞きます。


「あなた、それではうちもバーンシュタイン公爵領までの街道を整備するのかしら?」


「その辺りをどうするか話し合っていたら長くなったのだ」


「現状、馬車よりも船で行くルートの方が圧倒的に早いですからね。たとえ街道を整備してもそれは変わらないでしょう」


 アンディお兄様がすぐに答えた。最近はお父様について色々と勉強しているので、地理についても勉強しているのでしょう、わたくしにはサッパリ分かりません。


「即答できるほど地図が頭に入っているのは良いことだ」


 お父様は分からないわたくしたちのために地図を取り出して説明してくれました。真っすぐ街道を整備した方が近いように感じますが、実際にはそうではないのですね。それにしても、このような細かい地図を見たのは初めてです。


「それではアンディ。どうするのが最善だと思う?」


 どうやら、お父様はお兄様を試しているようですね。

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