第342話 誕生

 冬が近づいて来た静かな夕暮れ、ローダウェイク城の一室で、父様、おじい様の三人でお茶を飲んでいる。ただし、父様にしては珍しく落ち着きのない様子で部屋の中を行ったり来たりしていた。


「父様、少し落ち着いたらどうですか?」


「そうだ、ハリー。それじゃあエドワードの時と同じだぞ?」


「そうなんですか?」


「うむ、エドワードの時はもっとソワソワしていたが、落ち着きないのは一緒だな」


「エドワードの時は、父様も凄いスピードでお茶を飲んで落ち着きなかったですよね?」


「細かいことを覚えているな。今回はエドワードが落ち着いているから、儂も安心して待っていられるな」


「エドワードはよくそんなに落ち着いていられるね!?」


「焦ってもしょうがないですし。母様やお腹の子に何かあった時、僕が何とかしなければならないので落ち着いてないと危険ですから」


「……それもそうだ。エドワードがいれば何が起きても大丈夫そうだね」


 父様も分かってくれたようで、椅子に座って紅茶を飲み始めた。


 僕が産まれたときの話を聞いてるとドアが開かれる。


「旦那様、産まれました!」


「これ、アスィミ。部屋に入る時はノックしなさい」


 おじい様が、アスィミを注意する。


「どっちだった!? それと、フィアの様子は?」


「旦那様によく似た女の子です! ソフィア様も無事ですので傍にお越しください!」


「女の子! フィアが言っていた通りだね! 直ぐ行こう!」


 そう言って二人は部屋を出て行った。


「おじい様、母様が言ってた通りと言ってましたが、女の子が産まれるとご存じでしたか?」


「儂は知らないが、エドワードの時は男の子と言っていたらしいから、二人だけの秘密だったんじゃないか?」


「アルバン、今回はスキップしないんだね?」


 おばあ様が部屋に入って来た。


「おばあ様、スキップというのは?」


「こら、クロエ! エドワードに話すんじゃないぞ!」


「エドワードが産まれた時は一人でスキップしていたのよ」


「言うなと言っているのに!」


「おじい様、そんなに喜んでくれていたのですね! ありがとうございます」


 嬉しくて思わずおじい様に抱きついてしまった。


「クロエ……ナイスだ」


「はぁ……孫バカは治らないわね」


「ニルヴァ王国までついて行ったクロエに言われたくないな」


「――!」


 どうやらこの舌戦はおじい様が勝利したようだ。おそらく初めてではないかと思う。


「そろそろ妹を見に行きませんか?」


「そうね」

「そうだな」


 ◆


 部屋に入ると父様が妹を抱きかかえて母様と楽しそうに喋っていた。母様も元気そうなので心配ないだろう。


「母様、お疲れ様でした。元気そうですが、念のため回復魔法をかけましょうか?」


「ありがとう。エドワードを産んだ時と比べたら今回は大丈夫そうよ。すぐにでも動けそうだわ」


「フィア、すぐに動いちゃ駄目だからね。しばらくは安静にしているんだよ」


「ハリーったら心配性なんだから」


 いつものこととはいえ、いちゃいちゃするのは僕がいなくなってからにしてほしい。


「妹の顔をよく見せてもらえますか?」


「抱きかかえてみるかい?」


「良いのですか!?」


「もちろんだよ。まだ縦に抱いてはだめだからね。横にしたまま首をしっかり支えるんだよ」


「分かりました」


 父様から妹を受け取ると、寝ていたのを起こしてしまったようだ。妹の瞳は緑色なのだが、薄い緑色の父様とは少し違う。アレキサンドライトのような青みをおびた深い緑色二つが僕の方を真っすぐ見ている。もちろん、まだ何も見えていないのは理解しているのだが、泣くわけでも、笑う訳でもなくただ真っすぐ僕をみているのだ。髪の色は父様やおばあ様と同じプラチナブロンドでふさふさして、肌の色は雪のような白さを持っていてその姿はまさに天使だ!


「お兄ちゃんのエドワードですよ」


 妹は僕を見たまま微動だにしない……。


「父様、母様どうしたらいいでしょうか?」


「「……」」


 返事がない……チラリと見ると何やら興味深そうに妹を見ている。


「な、名はもう決まっているのですか?」


「決まっているよ。シャーロットと呼んでもらえるかな?」


「シャーロットですか、良い名ですね! シャーロット、お兄ちゃんのエドワードですよ!」


 名で呼びかけるとシャーロットは目を閉じて眠りについてしまったのだった。

 

「寝てしまいました。シャーロットは僕の方を見ていたように見えましたが、見えてないんですよね?」


「確かにまだ見えていないけど、不思議な見つめ方をしていたね」


「そうね、ハリーが抱きかかえた時は疲れて眠るまで泣いていたわ」


「なんだ、ハリーもう泣かせてしまったのか」


 おじい様、嬉しそうなんですけど。


「エドワードは全く泣かなかったので、今回も大丈夫だと思ったのですが駄目だったようです」


「僕って泣かなかったんですか?」


「そうね。エドワードはアルバン以外泣かなかったわ」


「クロエ、その話はエドワードに言わないでくれと言ってあったじゃないか!」

 

 おじい様もう遅いです。そして、泣いてしまってすいません。


「威厳を見せるとか意味不明なことを言って赤ん坊に威圧すれば、泣くに決まっているのに」


 おじい様、それは仕方がないです。謝る必要はなかったなと思ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る