【第20話 チャイナブルー】 ─side 朋之─

※秋コンサートのあと、クリスマスの頃。


 クリスマスイベントのあとに美咲の歓迎会を兼ねた忘年会をしようと思ったのは、単に美咲と過ごしたかったからだ。表向きは忘年会にしたのもあって、誰も怪しまなかった。

 しかし美咲は忘年会よりも、歓迎会をされることのほうが心苦しかったらしい。

「ちょっと、歓迎会って……」

「はは、良いやん。みんなきぃのこと気に入ってるみたいやし」

 本当に美咲は人気になって、俺と二人で話せる時間は少し減っていた。男声メンバーにも人気なので、何も起こらないとは思うが焦る。

「小山さん人気者やな。篠山先生が──中学のときモテてたって言ってたで」

「ええっ? それはないです!」

 美咲は驚き、すぐに全力で否定した。

 そんなことをされると俺の過去もなかったことになってしまう。美咲には言っていないが当時、男同士の話題に上がることも多かったし、学年の中でも有名なほうだった。クラスが離れた三年のときも、教室でときどき美咲の名前を聞いた。篠山は美咲との接点が多かったから、噂も多く聞いていたはずだ。

 忘年会にはイベント会場からみんなで行ったので、美咲は初め女声メンバーに囲まれて座っていた。話の内容までは聞こえなかったが、ときどき俺のほうを見ている人がいた──ということは、俺との関係を話していたのだろうか。

「小山さんて、どっちかというと、可愛い系ですよねぇ」

 男連中の話題も、いつの間にか美咲のことになっていた。

「そうやなぁ。綺麗系ではないよな。小山さんがもうちょっと若かったらなぁ……」

 若くて独身だったら狙ったのに、と盛り上がっている。

「山口君、小山さんて子供のときも可愛かったんですか?」

 突然そんなことを聞かれ、飲んでいたビールをこぼしそうになった。

「いや……普通やったんちゃう? ピアノで目立ってはいたけど……」

「女の人って、化粧でいくらでも誤魔化せますよね。化粧落としたら別人とか」

「おい、それは女性全員に失礼やで?」

 広い座敷のほぼ中央にいた井庭が暴言を止めてくれた。女性たちが何事かと聞いてきたので、化粧で、という話をするとやはり、年齢が上の女性たちが少し怒っていた。美咲も加勢しようか迷っていたが──、彼女は特に盛ってはいないはずだ。

 用があって席を外し、戻ってくると元いた場所に美咲が座っているのが見えた。

「確か小山さんて、山口君と同級生なんですよねぇ?」

 男連中は美咲から何を聞くつもりだ?

「あの人、ちょっと厳しくないですか?」

「おいおまえ、ちょっと寄れ」

「えっ、あ──はい……」

 美咲の隣の奴が聞いていたので、俺は迷わず間に入った。

「俺そんな厳しくないよな? 篠山先生に比べたら」

「うん……あそこのほうが、しんどい」

 美咲は篠山と仲が良かった分、厳しいことも一番知っていた。特にえいこんにいた間は、そのことに関係してメンバー同士が揉めたこともあったらしい。

「えいこんは技術はすごいし練習参加するのも良いと思うけど……ステージ全部出ようと思ったら体力もてへん」

 特にステージが増える秋は、篠山は怖いらしい。確かに俺も秋のコンサート前は厳しくなるが、コンクールには出ないので多少は目を瞑り、耳も塞ぐ。完璧を求めたくもなるが、どうせなら楽しみたい。

 俺が厳しい、と言っていた奴はわかってくれたようで、違う話を始めた。俺は参加しなくても良さそうだったので、料理に手を伸ばした。そして、美咲が持っていたグラスが目についた。

「きぃ、それ薄いやろ? 何か頼んだら?」

 チャイナブルーだったらしい色は残っているが、氷が全て溶けたようでもはやブルーではない。

「うん……どうしようかな……」

「キイって、小山さんの旧姓ですよね?」

 近くにいた奴が美咲に聞いてきた。

「仲良かったんですか? 小山さん誘ったのも山口君やったし」

 やはりメンバーも、俺があだ名で呼んでいるとは気付いていないようだ。

「いやぁ……全然やったよなぁ? 関わることは多かったけど、むしろ……遠くにおった感じ」

「遠く……ああ──そうやな……」

「だからさぁ、今になってあだ名つけられてるから変な感じで」

 それは出来れば黙っておいて欲しかったが、言われてしまったものは仕方ない。

「えっ? あだ名?」

「うん。旧姓に聞こえるけど、あだ名みたい」

 美咲が注文していた梅酒は既に届けられていて、半分ほど無くなっていた。美咲はペースが遅いはずなのに、いつの間に飲んだ?

 周りの奴らはあだ名の話で盛り上がっているが、俺は美咲の心配をしていた。同級生と飲み会をしたときも二杯目を少し残していたのに、今は二杯目が無くなりそうだ。

「きぃ、それ、ソーダ割りやろ? 飲みやすいからペース早くなって、酔いやすいで?」

「そうなん? ……でももう、無くなった」

 美咲はラストオーダーで梅酒をおかわりして全部飲んでいたが、普段より陽気だということは酔っている証拠だ。

 最寄駅が一緒なので付き添うことになり、駅まで迎えに来てくれるよう旦那に連絡させた。

 一緒に帰ってはいたが、もちろん距離は取った。周りには他のメンバーもいたし、何かあっては困る。美咲は若干ふらついていたが意識ははっきりしていたので、電車を降りてからは遠くから見守った。

 無事に美咲が車に乗ったあと、運転していた人──おそらく旦那が会釈をしてくれた。美咲に何か言ってから美咲が手を振っていたので、俺に挨拶しておけ、と言ったのだろうか。

 車が見えなくなってから、駅前のイルミネーションをしばらく眺めていた。

 来年は、どんなクリスマスを過ごすのだろうか。

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