第5章 それぞれの想い

第21話 MajiでKikaれる5秒前

 正月三ヶ日を過ぎてから、美咲は華子と会うことになった。華子は三ヶ日は江井市の実家で過ごし、正月休み最後の日に美咲と約束した。航もまだ仕事が始まっていなかったので、実家でゴロゴロする、と言って美咲と同じ頃に家を出た。

 美咲と華子が待ち合わせたのは、以前にも訪れたカフェだ。あのときは華子がケーキをごちそうしてくれたので、今回は美咲が奢った。

「わーい、ありがとう。美味しそう! いただきまーす!」

 寒い日だったので温かい紅茶とシフォンケーキのセットだ。勢い良く話す癖がある華子も、目の前の誘惑には勝てなかったらしい。紅茶を一口飲んでから、ケーキにフォークを刺した。

「ハナちゃん、最近どう? こないだの先輩と……上手くやってんの?」

「うん、美味しい」

 美咲の質問の答えではなく、ケーキの感想だ。

 華子は紅茶を飲んでから続けた。

「毎週ではないけど、月に何回か会ってるで。休みもお互いカレンダー通りやから合わせやすいし」

「へぇ……。特に嫌なとこもなく? 良かったなぁ」

「まだ三ヶ月くらいやからわからんことも多いけど、もうな……そろそろ最後の彼氏にしたいな」

「そうやなぁ。彼氏は──何か言ってる?」

「ときどき、将来のこと考えてくれてるんかな? っていう発言はあるけど、まだ確信はないねん……でも、大丈夫な気はしてる!」

 華子は笑顔でそう言って、遥亮のことをいろいろ教えてくれた。裕人と同じ高校で確かに頭は良さそうで、話していても言葉が優しいらしい。もしも将来のことが決まったら、美咲と裕人に報告したいと笑った。

「あ──そうや、美咲ちゃんは?」

「私? 旦那と?」

 美咲と航の関係は特に変わっていない。一緒に過ごす時間は減っているけれど仲が悪くなったわけではないし、年末年始は義実家で過ごした。良いか悪いかと聞かれると良いと言えるはずだ。

「あ──いや──、山口君と」

「え? どういうこと?」

 確かに美咲は彼と会うことが増えたけれど、単にHarmonieのメンバーというだけだ。過去には恋愛感情があったけれど、いまはそれは駄目だとわかっている。

「親戚のおばちゃんが……美咲ちゃんらしき人が旦那さんと違う男の人と仲良く歩いてるの見た、って言ってたんやけど」

「いや、それ……私かもしれんけど、何も」

「写真あんねん。確認してもらっていい? たまたまやと思うんやけど」

 女性は写真を撮っていて華子に送ったようで、美咲はそれを見せてもらった。夜の写真だったのでよくわからなかったけれど、写っているのは確かに美咲と朋之だった。笑顔で歩く美咲と、少し困ったような朋之が隣に写っている。

「あー、これ、こないだの忘年会の帰り。私酔ってたから……山口君も駅一緒やし。あとここ、この人らもメンバー」

 二人の近くにはメンバーが何人かいた。一緒に店から歩いてきて、一緒に電車に乗った。

「そうよなぁ……。美咲ちゃんが、そんなわけないよなぁ……」

「もしかして──何か疑われてんの?」

「うん……私は否定しといたで。美咲ちゃんはそんなことする子じゃないって。山口君も結婚してるし、まさか」

「あ──山口君、離婚したって」

 朋之の離婚の経緯を美咲は簡単に話した。手続きは全て完了し、元義父の社長ともいままで通りに仕事をしているらしい。

「そうなんや……」

「しばらく元気なかったけど、いまは落ち着いてるみたい。そうそう、ハナちゃんが彼氏と出会った日に相談されて」

 幸せになろうとしている華子には連絡していなかった。今はHarmonieのメンバーも知っているけれど、最初は朋之に口止めされていた。

「美咲ちゃんに相談してきたん?」

「ううん、大倉君に連絡あって」

 偶然近くにいたので一緒に話を聞いた。あのとき朋之がどう思っていたかはわからないけれど、結果的に良かったとは思う。朋之が引っ越したあと、裕人は宣言通りときどき遊びに行っているらしい。

「えっとな……美咲ちゃんの旦那さんの、お母さんのお兄さんの奥さん? にも言ったみたいで……もしかしたら、美咲ちゃんにも話来るんちがうかな……」

「ええー……。待って、私ほんまに何もしてないんやけど」

 美咲と朋之の関係を、航は正しく理解してくれているはずだ。

 日曜の練習のあとはまっすぐ家に帰っているし、しばらくステージの予定はないので土曜にスタジオに同行することも減った。忘年会の帰りに美咲が酔っていたときも、朋之が適度に距離を取って付き添っていたのもちゃんと見たらしい。

「結婚したら、そういうとこ難しくなるよなぁ。みんな苦労してるんやなぁ。結婚って大変?」

「まぁ……人によるやろうけど……旦那が古い考えの家やからなぁ。義両親はたまに私と違う考えを言うから、なんとか傷つけんように反対意見を言ったりしてる」

 美咲がため息をつくと、華子は少し不安そうな顔をしていた。

 航のことは嫌いではないけれど、義両親の考えにはときどき嫌になる。結婚式は神前式しか認めないだとか、一緒に生活を始める日と入籍日が違うのはおかしいだとか、義実家の敷地内に離れを建てて住めだとか、意味がわからない。

「今は多少は慣れたから、離れとか二世帯でもまぁ良いかと思うけど、最初は嫌やったよ。結婚式も教会が良かったし、父親もバージンロード歩きたいって言ってたし……まぁ、披露宴でそれらしいことは出来たけどね」

 近くで神前式が出来るホテルがなかったので大きな神社で挙げることになり、当日は七五三と重なって境内は賑やかだった。鳥居の下で結婚式後の写真を撮ったはずが、後ろに掲げられていた『七五三おめでとう』の垂れ幕のおかげで少し微妙な感じだった。

「ハナちゃん──よく話し合わなあかんで。一回しかないんやから」

「ほんまやなぁ。美咲ちゃん……家が嫌やからって、浮気したあかんで」

 華子が冗談ぽく笑うので、美咲も笑いながら「ないない、絶対ない」と否定した。全てを朋之に知られたとしても、危ない橋を渡るつもりはない。

 カフェを出てから、美咲は航がいる義実家へ行った。

 義両親は少しぎこちなさそうにしていたけれど、特に何も言ってこなかった。

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