第4話 静流

 かよ子のつれが、恭一を強い目つきで見てきた。そして、先ほどよりも少し低い声で、

「で? おまえ、何をどうしてくれるんだっけ?」


 身動きすることすら許されないような、そんな話し方だった。


 恭一が黙って立っていると、つれが自分の横を指差した。

「そこに座りなよ」


 逆らえない口調に、恭一は軽く頭を下げてからシートに腰を下ろした。相変わらず、つれは強い視線を恭一に向けている。


「おまえ、名前は?」

 詰問されている感じだ。恭一は、ぼそぼそと名乗ったが、「何だって? 聞こえない」とダメ出しされてしまった。


「矢田部恭一。十六歳。二年前からアスピリンのヴォーカルやってます」

 つれが初めてその顔に笑みを浮かべた。が、それは決して親しみを込めたものではなく、小馬鹿にしたような表情だった。


「ミハラ、元気?」

 前のヴォーカルの名前を出してきた。ドキッとしたが、なるべく平静を装い、

「知りません」

「おまえが追い出したって話は本当か?」

「それは、サイちゃんに訊いてください。ぼくは何とも言えません」


 つれが、笑い出した。恭一はびっくりして、その人をじっと見てしまった。

 見られていると気が付いたからなのか、その人は急に笑うのをやめて、目の前に置かれたコップに口をつけた。正面のかよ子が溜息をつき、肩をすくめると、


「静流。からかうのはよしなさいよ。矢田部くんが、かわいそうでしょ」

「別に。かわいそうじゃない」

「またあなたはそんなこと言って…」


 かよ子の言葉には耳を貸さず、つれの人は、恭一を見た。先程までより、親しみが込められているような印象を受けた。


(もしかしたら、この人は人見知りをするのかな)


「キョウイチ。ここに食事、運んでもらえば。三人で食べよう。津久見に言っておいで」

「あ、はい」


 許可が出た。『邪魔な人間』から『知人』に昇格できたようだ。胸が弾んだ。


 恭一はすぐに立ち上がると、才たちの方へ急いで行った。才が、驚いたように恭一を見た。


「あの人、ぼくと一緒に食事してくれるって。あ。許可してくれたのは町田さんじゃなくて…えっと、しずるさん?」


 才が笑顔になって、恭一の背中をばんと叩いた。そして拳を握ると、「よし」と言った。


「良かったね。行っておいで。オレたちとは、いつでも一緒にご飯食べられるんだから。町田さんたちとは、もう一生食べられないかもしれないからね」


 ニヤッとした才のそばで、高矢と創が大きく息をつく。また才の意地悪が始まった、と思ったのだろう。が、恭一は気にせず、「そうだね。じゃ、行ってきます」と言うと、三人に頭を下げて、かよ子たちの席に戻った。

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