第3話 ファミレスにて

 ライヴハウスから出ると、「何か食べに行こうよ」と才が言った。もちろんみんな賛成し、少し歩いた所にあるファミリーレストランに行くことになった。


 ドアを開けるとウェイトレスが、笑顔とともに「いらっしゃいませ」と言う。席に案内される途中、何気なく店内を見回した恭一は、思わず「あ」と言ってしまった。それを捕らえた才が、「あ?」と恭一に訊き返した。恭一は才に少し近づくと小声で、


「ほら、あそこ。あの二人がいるんだ」

「あの…?」


 とぼけているのではなく、本当に視界に入っていないようだ。恭一はさらに声をひそめて、

「斜め後ろの方、そっと見て」


 言われた通りにそっと見た才が、ニヤッとした。そして、恭一の肩をポンと叩いた。


「後であそこにお邪魔しよう」

「え…そんなことしたら…」

 文字通り、邪魔をしてしまうのでは、と思ったが、口にはしなかった。


 案内された席にそれぞれ着くと、メニュー表を見始めた。少しして才が、「呼ぶよ」と言って、いきなりベルを押してしまった。三人はもう注文を決めていたが、恭一はウェイトレスを待たせながら決めることになってしまった。

 才は、人の都合を訊かない。が、そんな、やや身勝手な所も彼らしくて好きだ。


 ウェイトレスが去ると、才は、

「さ。町田さんたちに挨拶に行こう」

 言うなり、町田かよ子らの方に歩き出した。高矢と創も立ち上がり、才に倣った。恭一は、しばらく逡巡した後、やはり彼らについて行った。


 かよ子のそばに行くと、彼女は驚いたように目を見開き、

「あれ? アスピリンの人たち」

 認識はしてくれていたようだ。それだけで、恭一は喜びを覚えた。


「アスピリンです。先ほどは、どうも。お疲れさまでした」


 才が、かよ子のつれに対して言った。その人は軽く頭を下げただけだった。かよ子は、そんなつれの姿に、


静流しずる。それじゃ、この人たちに失礼なんじゃないかしら? ちゃんと挨拶しなさいよ」

「別にどうだっていいだろう」

「また一緒にやるかもしれないんだから、ちゃんと挨拶しようよ」

「じゃ、おまえがしなよ」


 つれがそう言うと、かよ子はその場で立ち上がり、お辞儀をすると、

「町田かよ子です。今、大学四年で、来年は教師になっている予定です」

 そこまで言うと、席に着いた。


「ほら。私は挨拶したよ。静流もしなよ」

「うるさい。しない」

「しなさいよ」

「しない」


 言い合いになってしまった。恭一の隣に立っていた才が、わざとのように、大きな溜息をついた。


「仕方ないね。キョウちゃんをここに置いて行くので、言い合いは収めてください」


 意味がわからない。驚いて才の方を見たが、彼はいかにも残念そうという表情をしていた。


「じゃ、キョウちゃん。頼んだよ」

「ちょっと待ってよ」


「頑張れ」


 背を向けた才が、一瞬振り返り、言った。その顔には、いたずらが成功した子供のような笑みが浮かんでいた。が、すぐに真顔になって、高矢と創を促し、元の席に戻って行った。

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