第2話 町田さん

 高矢のスティックが鳴るまでのほんの数秒の間、彼女の姿を探した。さっきいた所には、もういない。視線を巡らせていると、出口に向かって歩いて行く人がいた。その人が、彼女のようだった。


(帰らないで)


 心の中で彼女に訴えたが、当然聞こえるはずもなかった。彼女は、次の演奏が始まるまでのこのタイミングで外に出ようとしているようで、扉に触れた。


 その時、高矢のスティックが鳴り、音楽が始まった。彼女は、出て行くことに失敗してしまった。諦めたのか、その場で佇み俯いた。


 が、恭一が歌い始めた途端、彼女は顔を上げた。遠目ではよくわからないが、じっと恭一を見ているように感じた。


 一曲終わっても、彼女はその場から動かなかった。やはり、興味を持って聞いてくれていたのだ、と嬉しい気持ちでいっぱいになった。


 最後の曲が始まる時だった。彼女のそばに、誰かが立った。背が高く、ほっそりしている。肩に楽器のケースを掛けている。

 見たことある人だ、と思ったのは、自分たちの前にやったバンドのメンバーだからだ。


(どういう関係なんだろう…)


 そんなことを考えていたら、歌い出せなかった。幸い、サビから始まる曲だったので、ファンの人たちが歌ってくれ、事なきを得た。後でメンバーに謝らなければ、と思いながら続きを歌った。


 ステージから楽屋へ行く道は、足元ばかりを見ていた。楽屋のドアを開け中に入ると、才が恭一をじっと見てきた。あやまろう、と決意し頭を下げかけたが、

「キョウちゃん。町田さんのこと、考えすぎ」


 才の言い方は、怒ってる感じではなかった。むしろ、面白がっているような響きだった。が、恭一は深々と頭を下げて、一気に言った。


「ごめんなさい。本当にそうだよね。集中できてなかった。気を付けます」

 三人に言ったが、彼らはただ笑っただけだった。


「キョウちゃん。オレさ、なんか嬉しいな。だって、これ、キョウちゃんの初恋なんじゃない?」

「えっと…」


 才にからかわれるように言われて考えたが、本当にそうかもしれない。


「黙った。当てちゃった? 可愛いな、キョウちゃん」


 才の言葉に、何も言い返せない恭一だった。

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