初恋~光の中へ・2
ヤン
第1話 光
ロックバンド・アスピリンと出会って、二年。
母は、二年前から体の不調を訴えていたが、徐々に悪化していき、帰らぬ人となってしまった。母の兄が葬儀のいっさいを取り仕切ってくれ、恭一はその様子をただ見ているだけだった。
全てが終わってから、アスピリンのメンバーに伝えると、
「何で、終わってから言うんだよ。ご挨拶させてもらいたかったのに」
「ごめんね、サイちゃん。でも、何か、そんなことにも気が付けなくて」
恭一が俯きながらそう言うと、才は恭一のそばへゆっくりと近づいてきて、恭一を抱きしめた。その温かさに、涙が流れた。母が亡くなってから、ただ茫然としていて、泣くこともなかった。が、今は止めることができないくらいに溢れ出してきていた。
「キョウちゃん。頑張ったね。偉かったね」
そんなに優しい言葉をかけないで、と抗議したかったが、できなかった。
恭一の涙が止まるのを待って、練習が始まった。恭一にとって、アスピリンが、唯一の救いだった。
母を失ってから、五か月が過ぎた頃だった。その日のライヴは、三バンドが出演することになっていた。すでに開場しており、最後にリハーサルをした恭一たちは、お客が入ってくるのをステージの袖から見ていた。
と、その時、恭一の目は一点に釘付けになってしまった。まるで、そこだけ光が当たっているように見えた。その人をよく見ようと、恭一は一歩前に出た。鼓動が速くなっていた。
「どうしたの?」
才に声を掛けられ、振り返ると、彼は不思議そうな顔をして恭一を見ていた。恭一は戸惑いながら、
「どうしたのって…あの人…」
彼女の方を指差しながら、言った。
「どの人?」
才が訊き返した時、
「ああ。町田かよ子さんか」
「知ってるの?」
開演時間が近くなってきた為、場所を楽屋に移した。アスピリンの出番は最後である。
「町田さんは中学・高校と演劇部に所属してて、この辺の男子学生にすごい人気だった。今、大学生だと思うけど。確か、オレより三歳上だった気がする。全然そうは見えないけど。
でもさ、キョウちゃん。あの人には…」
高矢が言いかけた時、創が、「まあ、いいじゃん」と言って、彼の話を中断させた。高矢の言葉のその先を聞きたかったが、それ以上は聞かせてもらえなかった。
創は恭一の肩をぽんと叩き、
「キョウちゃんはね、歌うことを考えてくれればいいから。ほら。サイちゃんがよく言うじゃないか。『君がアスピリンだから』って」
「ぼくがアスピリンだけど…」
バンドに参加し始めた頃は、『君がアスピリンだから』と言われるたびにプレッシャーを感じ否定しようとしていたが、最近は、そう言われてもあまり気にしなくなった。否定するよりも、そう言われて恥ずかしくない存在でいたい、と強く思っていた。自分ながら、成長したな、と感じている。
二番目のバンドのPが演奏を終え、声がかかったのでステージに向かった。恭一の心は、先ほど見た女性でいっぱいになっていた。
(ダメだ)
頭を軽く振って大きく深呼吸をした。
三人がステージに出て行くと歓声が上がった。そして、恭一が出て行くと、さらに声が高くなった。
恭一はライヴハウスを見回してからニヤッと笑い、
「こんばんは。アスピリンです」
歓声はいっそう高くなった。
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