初恋~光の中へ・2

ヤン

第1話 光

 ロックバンド・アスピリンと出会って、二年。矢田部やたべ恭一きょういちは十六歳になっていた。高校には入学したが、夏休み前にやめた。母の希望で入学したものの、学校が好きだったわけではなかった。


 母は、二年前から体の不調を訴えていたが、徐々に悪化していき、帰らぬ人となってしまった。母の兄が葬儀のいっさいを取り仕切ってくれ、恭一はその様子をただ見ているだけだった。


 全てが終わってから、アスピリンのメンバーに伝えると、

「何で、終わってから言うんだよ。ご挨拶させてもらいたかったのに」

 津久見つくみさいが、何とも言えない表情で恭一に訴えた。


「ごめんね、サイちゃん。でも、何か、そんなことにも気が付けなくて」

 恭一が俯きながらそう言うと、才は恭一のそばへゆっくりと近づいてきて、恭一を抱きしめた。その温かさに、涙が流れた。母が亡くなってから、ただ茫然としていて、泣くこともなかった。が、今は止めることができないくらいに溢れ出してきていた。


「キョウちゃん。頑張ったね。偉かったね」

 そんなに優しい言葉をかけないで、と抗議したかったが、できなかった。

 恭一の涙が止まるのを待って、練習が始まった。恭一にとって、アスピリンが、唯一の救いだった。


 母を失ってから、五か月が過ぎた頃だった。その日のライヴは、三バンドが出演することになっていた。すでに開場しており、最後にリハーサルをした恭一たちは、お客が入ってくるのをステージの袖から見ていた。


 と、その時、恭一の目は一点に釘付けになってしまった。まるで、そこだけ光が当たっているように見えた。その人をよく見ようと、恭一は一歩前に出た。鼓動が速くなっていた。


「どうしたの?」

 才に声を掛けられ、振り返ると、彼は不思議そうな顔をして恭一を見ていた。恭一は戸惑いながら、


「どうしたのって…あの人…」

 彼女の方を指差しながら、言った。

「どの人?」


 才が訊き返した時、水上みずかみ高矢たかやと杉山はじめもそばに来て、「どの人?」と、面白がって訊いてきた。恭一が指差したまま、「あの人」ともう一度言うと、高矢が軽く手を打ち、


「ああ。町田かよ子さんか」

「知ってるの?」

 開演時間が近くなってきた為、場所を楽屋に移した。アスピリンの出番は最後である。


「町田さんは中学・高校と演劇部に所属してて、この辺の男子学生にすごい人気だった。今、大学生だと思うけど。確か、オレより三歳上だった気がする。全然そうは見えないけど。

 でもさ、キョウちゃん。あの人には…」


 高矢が言いかけた時、創が、「まあ、いいじゃん」と言って、彼の話を中断させた。高矢の言葉のその先を聞きたかったが、それ以上は聞かせてもらえなかった。


 創は恭一の肩をぽんと叩き、

「キョウちゃんはね、歌うことを考えてくれればいいから。ほら。サイちゃんがよく言うじゃないか。『君がアスピリンだから』って」


「ぼくがアスピリンだけど…」


 バンドに参加し始めた頃は、『君がアスピリンだから』と言われるたびにプレッシャーを感じ否定しようとしていたが、最近は、そう言われてもあまり気にしなくなった。否定するよりも、そう言われて恥ずかしくない存在でいたい、と強く思っていた。自分ながら、成長したな、と感じている。


 二番目のバンドのPが演奏を終え、声がかかったのでステージに向かった。恭一の心は、先ほど見た女性でいっぱいになっていた。


(ダメだ)


 頭を軽く振って大きく深呼吸をした。


 三人がステージに出て行くと歓声が上がった。そして、恭一が出て行くと、さらに声が高くなった。


 恭一はライヴハウスを見回してからニヤッと笑い、

「こんばんは。アスピリンです」


 歓声はいっそう高くなった。

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