三百二十五話:
「え、ヤバそうなんだけど!?」
ゴーレム砦へと侵入してきた敵の強さを感じミサが焦った声を漏らす。
「うん……アースシールド……範囲拡大、展開!」
神駆と共に強力な敵と対峙してきた二人は理解してしまう。
小柄で怪しげなフードローブの敵の強さが。
「わざわざ降りてきてくれるなんて、優しいのかな?」
「……そんな訳ない」
優しい魔物など存在するはずがない。
九条は『無刀無限』を正眼に構え、相手を観察する。
背丈は変わらず、いや、僅かに浮いていることを考えればこちらよりも小柄。
細く色白の足は肉体的な強さは持っていなそうだ。
問題はフードローブの周囲に浮かぶ紫の炎を灯す蝋燭。
ローブから伸びた紐が燭台に繋がれており3本の蝋燭が刺さっている。
(迂闊には近づけない)
そんな九条の冷静な判断は隣のおバカ剣士が吹き飛ばす。
「『仙道美愛』! いざッ――参る!!」
神童は駆けだす。
刀の届く距離へ。
狭まる視界の中心に敵の姿を捉えながら。
「っ」
直感。
僅かな空間の歪みに、咄嗟に横に飛ぶ。
「あっぶない!」
紫紺の球体が美愛の進路上に発生していた。
受け身ですぐに体勢を整えた美愛は構わずに走り出す。
2度、3度と紫紺の球体に襲われるが、獣以上の直感で回避する。
体から橙色のオーラが溢れている。
その瞳は敵へとまっすぐに。
彼女は理解している。
自分では敵わないほどの強敵だと。
だからこそ、もっとも得意な距離へ。
剣士の自分の間合いへ一歩でも近づく。
『仙道美愛』は迷わない。
「無茶しすぎっ!」
「……危ない」
そう言いながらミサと葵の援護射撃が入る。
遅れて続く九条もいつでも助けられるように刀をぐっと握りしめた。
集結した砦の戦士たちも武器を手に四方から襲い掛かる。
フードローブは降り立った場所から微動だにせず見つめている。
そして。
「……クハ」
小さな嗤い声が漏れ聞こえた。
「――――っ」
美愛の視界に広がる紫炎の群れ。
ローブから伸びた紐の先が生き物のように動き、紫の炎を灯す蝋燭がまるで槍のように、いや、引き絞られた弓矢のように美愛に照準を向けていた。
槍衾に突き進む歩兵の気持ちはこんな感じなのだろうかと、考えながらも足は止めない。
いつもなら頼りになる親友の援護射撃が飛んでくる。
まるで未来でも見ているかのごとく正確無比な一撃が敵の注意を逸らしてくれる。
だがその援護も期待できない。
今頃、新妻の親友は旦那様と楽しいひと時を過ごしているのだから。
「――――」
死地に踏み入った。
加速する体感時間。
まるで時が止まったように、ゆっくりと絶望が迫ってくる。
(また……)
世界が変わってから何度も味わったこの感覚に、神童の小さな心臓が凍り付きそうだった。
『仙道美愛』は恵まれた体を持たない。
リーダーシップはなく、学業も苦手だ。
数日間の事務作業で出来たペンダコの痛みに涙する程に弱い。
では優れているのは何か?
優れた身体能力?獣じみた直感力?父親譲りの剣術の才能?
たしかに優れている、けれど、それだけならば彼女はただの天才だっただろう。
「あはっ」
美愛は瞳を輝かせて絶望な光景を見て笑う。
強靭な意志……とも少し違う、狂人の魂魄が彼女を神童たらしめている。
「美愛っ!」
神童はぺろりと小さな舌で唇を舐めると、加速した。
凍り付きそうだった心臓の氷をぶち抜くように力強い踏み込みで、地を這うように低く低く低く、重力に身を任せ頭の重みも腰の重心移動も何もかもを、ただただ推進力に変えて。
「――――っはぁあああああああああああああ!!」
迫りくる紫炎の群れを潜り抜け。
その速度を維持したまま刀剣を振りぬいた。
「……え」
突き出された腕。
ローブの袖から顕わになった細く白い指が美愛の一撃を掴んだ。
美愛の一撃で僅かに浮いたフードから三日月に歪む口元が見え、鋭い尖頭歯がギラリと光る。
「美愛っああああ!!」
「っ、アースウォ――――」
葵が敵と美愛の間に『アースウォール』を発動しようとするが、無作為に放たれた紫紺の球体に阻まれる。
砦を守るゴーレム兵たちが盾を構えたまま破壊されていく。
バサバサと空中に待機していた蝙蝠たちも襲撃を再開した。
「やばあああああああ!?」
「美愛がっ!」
ミサは飛び出していた九条を救出し、葵はアースウォールで陣地を形成する。
阿鼻叫喚のゴーレム砦。
嵐が過ぎ去ると、怪物と少女が一人消えていた。
――――――――――――――――
| ˙꒳˙)……捕らわれた美少女剣士
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