三百二十四話:月夜


 静かな月夜。

 夏の終わりだが、虫の音はあまり聞こえてこない。

 魔王の支配地域だからだろうか?


「どうしているの?」


 どこか呆れるような声でポニーテールの女剣士が尋ねた。


「今宵の刀は血に飢えているからよ」


 ギラリと鋭い視線を向けてツインテールの少女が答える。


「ふざけないで」


「ええ……。 だって~昼間は不完全燃焼だったもん。 それに夜型なんだよ~」


 お嬢様学校のメインエネミーはアンデット。

 夜の襲撃が多くその生活に慣れた美愛たちは夜型のライフスタイルになっているようだ。

 昼間よりその小柄な体躯から発する剣士のオーラは色濃い。


「なんか聞こえない?」


「……ん?」


 ミサに言われて葵は瞼を閉じて集中するが聞こえない。


「虫音……じゃないか。 バサバサって、羽音が聞こえるわ」


 どうやら目だけでなく耳も良いらしい。

 『ブラックホーンバニー』のスタイリッシュなバトルスーツに身を包んだミサの視線の先を見つめる。

 やがて葵にも、その異変は捉えられた。


「……靄?」


 美しい月が紫紺色に染まる。

 空を覆う靄に隠されたからだろう。


「蝙蝠!」


「敵襲ー!!」


 夜襲に備えていた者たちから声が上がる。

 ゴーレム砦の新型ゴーレムたちが手を取り合い合体していく。

 鈍間な動きしかできなかった新型ゴーレムは連結合体を繰り返すことで高速移動を可能とする。 

 あっという間に要所を守る屋根と、高い足場を形成した。


「空中戦ね」


「……魔法戦」


 ミサが異変に気づいてから僅かな時間の間に、空の闇は濃く染まっている。

 ゴーレム砦の頭上を縦横無尽に飛ぶ蝙蝠の群れの数は増え不快な音が皆を襲う。


『キィイイイイイイイイイイイッ!!』


 超音波。

 葵は耳を抑え嫌そうな顔をする。

 三半規管に影響を与えたのか体がふらつく。


「くるよーー!」


 反りの大きな刀を構えるツインテが叫ぶと同時、闇夜の襲撃者は恐るべき速度とアクロバティックな動きで砦の者たちに襲い掛かった。


「速いッ!?」


 蝙蝠の飛行能力は優秀だ。

 水平速度は160キロを超え、エコロケーションを使用した環境把握は驚異的な回避性能を見せ、それは同時に凶悪な攻撃をも可能とするのだ。


「ぐぁっ!?」


 縦横無尽に周囲を飛ぶ蝙蝠。

 羽をパタリと閉じて垂直落下。

 男の肩口の肉を齧り取って離脱していく。


「ぐぅぅ……!?」


「おい、どうした!? まさかっ、ゾンビに!?」


「ち、違うっ、ど、毒だっ!」


 キッキッキッと蝙蝠たちの笑い声が聞こえてくる。


 それほど大きくない蝙蝠。

 齧られた痕も大きくはないが、毒持ちとなればその厄介さは跳ね上がる。

 

「温存しておきたいんだけど、そうも言ってらんないわね」


 ミサの装備が漆黒の粒子となってその身を覆う。

 足元から一際輝く黒い輝き。

 聞こえる。

 

――――リィィイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!


 甲高い馬の嘶き声が。


「――【裏†兎】ラバーバニーッ!」


 ロボ装備はロマン。

 脚の装甲が太く、背中にはウイングがつき、ウサギヘルムの伸びた耳部分と重なって『X』の影を作る。

 左手の丸盾の上にガンランスを乗せたミサが吠える。


「ラピッドファイアッッ!!」


 轟雷のような爆音と共に、ガンランスから銃弾が飛び出す。

 ガトリング銃のようなもの凄い連射速度だ。


「「「おおおお!!」」」


 着弾と共に小爆発が起きる。

 深い闇夜を雷光は一気に染め上げた。

 

「……フードローブ」


 黒い靄に隠れた襲撃者。

 ボロボロのローブを纏った怪しげな敵を、葵が発見する。

 手に持った魔法少女のようなロッドと豪奢な魔法書を構え、魔法の詠唱を開始する。

 ただその詠唱は以前と大きく異なっていた。


「アーススパイク……貫通強化、速度強化、範囲縮小」


 葵の左手に持つ魔法書の上で生成される、岩の弾丸。

 小さな見習い魔女が唱える祝詞に従い形を変えていく。

 右手はロッドを持ったまま左腕の上で構えている。

 実に厨二病臭い構えだ。

 

「――――射出ッ!」


 構えていた右手のロッドが岩の弾丸を叩く。

 まるでライフル弾のように、岩の弾丸は敵を貫かんと回転しながら射出された。

 彼我の距離を一瞬で潰し、狙いも正確にフードローブの敵を捉えている。

 

「っ!」


 だが、届かない。

 二人の間に紫紺色の球体が出現し、岩の弾丸を呑み込む。

 

「……ガーン」 


「なにアレ!?」


 フードローブの黒い靄が消え姿が露わになる。

 無数の紫の炎を灯すキャンドルが重力に逆らい浮いている。

 ローブで表情は見えないが、怒りの波動は伝わってくる。


「飛んでるのズルい! 降りてきて勝負しろーー!」


 ツインテの願いを聞いたわけではないだろうが、フードローブの敵の高度が降りてくる。

 何かを警戒するように慎重に。


 だがすぐに気づく。

 あのイレギュラーはいないと。

 目の前には美味しそうな餌がいるだけだと。


「……」


 月明りで僅かに見えた口元は三日月に歪んでいた。 

 


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