三百十九話:黄昏


 夕焼けの空。


 世界が変わってしまっても、夏の終わりの美しい夕焼けの空は変わらない。

 赤く染まる空に僅かに残った青と雲の白い線はまるで大きな鳥のように見えた。


「九条先輩……」


 ゴーレム砦の城壁の上でたそがれる剣士が一人。

 最近常に纏っていたピリピリとした雰囲気はなく、年相応の悩める女子高生のような姿である。

 普段の凛とした姿とのギャップは童貞大剣使いの心をストライクに打ち抜いた。


「九条先輩! 元気出してください。 先輩ならきっと、いつか……、っ覇王様にだって勝てます!!」


 知っている。

 彼女が誰よりも苦悩する領主と良い仲であるということを。

 そのことを考えるだけで、自分の胸が苦しくなるということを。


「……ありがとう」


「あ、いや、すいません……」


 女性経験はおろか女子の友達すらいない若槻だったが、こちらを振り向いた彼女の表情に間違ったことに気が付いた。

 どうにも神駆に負けたことでたそがれていたようではなかった。


「……どうかしたんですか?」


 また黙って夕日を見つめる九条へと声を掛ける。



「……ん」


「……」


 何か言いかけた九条だったが、口ごもる。

 やはりいつもと違う。

 どこか頬に朱が差し照れているようだ。

 そんな九条を若槻は『九条先輩っ可愛い!』と心の中で叫びながら男前の顔で叫ぶ。


「なんでも言ってください! 俺っ、協力します!!」


 きらりと、背負った美麗な大剣が夕日に煌めく。

 

「……」


 探索者たちが帰還し始めたゴーレム砦は騒がしくなる。

 どこかの新米料理長の絶叫と鉄鍋を振るう音が響き、どこかの暇人がギターの音色を奏でている。


「私は、わからない」


 何かの野球アニメの主題歌だった。

 そう若槻が昔の記憶を思い出していると、九条が呟いた。

 

(……わからない?)


 覇王様への勝ち方? 強くなる方法? ごめんなさい、どっちも無理ですと、若槻は焦りながら九条の次の言葉を待つ。


「……仲直りって、どうすればいい?」


「え?」


 『九条 茜』は美少女剣士である。

 本人が名乗ったことは一度もないが、校内では割と有名人だ。

 校内新聞に載ったことが原因であるが、他の女子生徒とは格が違う。

 顔だちの良さ、高身長でスレンダーなモデル体型、しかしそれ以上に剣士としての風格が他の女性徒とは違った魅力を醸し出している。


 そして神駆並みにボッチである。


 男子からは高嶺の花として、女子からは醜夫の仇として。

 そもそも幼いころから剣道一筋でまともな友好関係がないのだ。

 高校の大会で『仙道 美愛』に完敗した頃からボッチは加速している。

 ただただ自身の剣の道を追求してきた。


「服部とケンカ……ううん、一方的に、怒っただけかな」


「そ、そうなんですか」


 恋愛相談ですか?

 

 彼女いない歴=年齢の童貞ボーイには難しい。

 いや、そもそも、好きな人の恋愛相談なんて聞きたくない、と若槻は男前の顔から男梅のような顔になる。


「謝るって難しい」


「わかります」


 ポツポツと語る九条の話しを聞きながら彼女の様子を窺った。

 覇王様に負けたショックはないようだと、不思議に思った。

 むしろ吹っ切れたような、新たな目標を手に入れた子供のように、その魂魄は輝いているようだった。


「若槻は良い子だね」


「ふぇ?」


 不意に笑顔でそんなことを言うのはやめてください!


 男梅のような顔からゆでだこになった若槻が下を俯き頭を抱える。

 空はもうすでに暗くなっている。

 城壁の上の篝火が点きはじめた。


「――――」


 羽音。


「先輩?」


 九条の雰囲気の変化に、その視線の先を追う。


「戦闘準備! 急いで、皆に知らせてッ!」


「はっ、はい!!」


 黄昏の空を舞う無数の敵影がこちらに向かっていた。




◇◆◇




 対空兵器を造るべきか。


「『デックイグニス』」


 『ブラックホーンフレイ』を横なぎに振るい、短い詠唱文を唱える。

 長剣のガード部分の宝玉から剣先へと蒼炎が走り、炎の獣が宙へと駆けだす。

 飛来する敵へとめがけて無数の小さな炎獣が駆ける。


『Giii!』


 甲高い悲鳴をあげて蝙蝠のような魔物が燃え尽きる。

 飛んできた方角からアンデット系の魔物なのかもしれない。

 

「当たらねぇ!」


 ゴーレム砦に居た皆もスリングで応戦するが、敵の速度と的が小さすぎて命中精度は低い。 

 素早く小さい敵には点よりも面で攻撃したほうが良い。

 だれか魔法使えないのだろうか?

 なんか東雲東高校の人達って脳筋多いよね? 大剣使いが多い。


「【千棘万化インフィニティヴィエティ】」


 必中の竹串もとい魔棘は蝙蝠の魔物をホーミングしながら貫く。

 それでも数が多く全てとはいかない。


「『スライドスラッシュ』ッ!」


 鋭い踏み込みで横なぎの一撃がまとめて蝙蝠の魔物を薙ぎ払った。

 なかなか良い動きを見せたのはラッキーボーイ君だ。

 銀の輝きを放つ十字架の大剣が目立つ。

 彼が活躍するごとにガチャの収益が増える気がするので、ぜひ広告塔として頑張って欲しい。


「はぁぁぁっ――――『セイントクロス』ッッ!!」


 X字に大剣を振るうと、眩い光の斬撃波が宙に舞った。


「「若槻がイケてるだとッ!?」」


 中華鍋で蝙蝠を叩き落すコックと吟遊詩人のような恰好の大剣使いが驚きの声を上げる。


「俺、最強っ!!」


 うむ。

 だいぶゴーレム砦も奇抜な人たちが増えてきたな。

 やはりガチャから出たアイテムは個性的な物が多い。


「ん? ――――『デックイグニス』」


 遠く。

 黒い靄が濃い場所に何かが居ると俺のカン・・が囁く。

 

 俺は黒い靄に紛れる敵に向けてSPを限界までつぎ込んだデックイグニスを放った。

 蒼炎の獣が宙を駆けて抜けていく。

 蝙蝠を無視して夜空に蒼炎の道が出来る。


「ぬ?」


 掻き消された。

 紫と黒の混じった球体に、蒼炎の炎が飲み込まれる。

 結構なSPを注ぎ込んだのに相殺されるとか、ちょっとショック。

 しかし黒い靄は消えており、敵の姿が見えた。


「……」


 ボロボロのローブを纏った人のようなナニか。

 ローブからは紫の炎を灯す無数のキャンドルが紐に繋がれて浮いている。

 ほっそりとした足だけがローブから出ており、生気のないような色白さだ。

 そしてフードで表情は分からないが、はっきりと憤怒の意思は伝わってくる。


「帰った? ……ふっ、俺の一撃に恐れをなしたな!」


「若槻……」「調子のんな!」


 ローブの敵が去ると蝙蝠たちも去っていく。

 その方角は『万軍の不死王支配地域』。

 どうやら『敵の敵は友』作戦はできないらしいな。


 急いで対空設備を整えなければ。



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