三百十二話:もうしわけっ!?
夏本番。
冷房の使えない執務室は本来であれば蒸し風呂状態であったが、『天海防衛ライン』では異なった。
「……赤城統括はどうしたんだ?」
「さあ?」
作業する者たちがヒソヒソと話す。
部屋の主である赤城統括がいつもと異なるのだ。
どこか心ここにあらず。
いつもはバリバリと仕事に精を出し、サボる手下どもを『不能どもが』とメタクソに罵り倒すのに。
統括のプレッシャーが無い今、執務室は涼しく実に快適な部屋となっていた。
「ふぅ……」
「「っ?」」
溜息を吐く統括。
実に女性らしい色っぽさを秘めている。
いつもとのギャップがまたよい。
「統括、報告書のまとめが終わりました」
「ご苦労」
「はっ!」
いつもであればチェックをしてから突き返されるのに、見もせずに受け取ってもらえたことに驚きを隠せない。
今がチャンスだと部屋にいた者たちは書類を提出する。
「……なんだ? このゴミクソみたいな報告書は!!」
「はっ!?」
「この貴様のふにゃチンのようなゴミみたいな字の報告書はなんだと聞いているんだ! もっとガチっとした逞しい字で明瞭に書け!」
「もうしわけっ!?」
ラッキータイムは続かない。
夢から覚めたように統括は元に戻った。
「熱く逞しく雄々しく書かんか!」
「はいっ!?」
どういうことですか!?と思いつつも突き返された報告書を持って去っていく。
「ふぅぅ……!」
寒い。
室内の空気が涼しいを通り越して寒くなった。
ガチガチと震えながら集まっていた者たちは作業に戻る。
(どうすれば、あのえっっっろい雄を手に入れられるだろうか?)
忘れられない。
自身の細い体を覆う逞しい体躯。
背中に付きつけられた熱く気高い矛。
服越しに背後からダイレクトに子宮を熱くさせられた。
スキルによる冷気などものともせずに、体の奥から熱く温めてくれたのだ。
「不覚だ」
しかしそのあまりにも強大で猛々しいモノに臆した。
赤城統括一生の不覚。
据え膳食わぬは女の恥。
逃した魚は大きすぎる。
まぁ藤崎駐屯地の視察と事態の収拾に時間を取られ過ぎたというのも原因なのだが。
「ふぅぅ……んっ……」
「「「っ」」」
日々、あの後を妄想しつつ思いを馳せ、次なる計画を立てる。
藤崎駐屯地の視察と立て直し計画という繋ぎはあるのだ、焦る必要はない。
しかし、三十路の足音が赤城統括を焦らせる。
「ハクアとアマネも使うか」
あの男を相手にするには、一人じゃちょっと不安だ。
部下を巻き込み攻略するしかないと赤城統括は結論ずける。
そこに部下二人の意思など関係ないのだ。
ハクアはともかく、アマネはかなり嫌がりそうである。
「ふ、ふ、ふ」
「「「っ!?」」」
涼しく快適で不気味な声の響く執務室では、今日も部下たちがせわしなく働いていく。
◇◆◇
「九条さん……」
東雲東高校の様子を確認していると、陰気そうな領主がとぼとぼと歩いていた。
どうやらまだ九条先輩と仲直り出来ていないらしい。
一体二人の間に何が?
まぁどうでもいいので放置だが。
「あ、鬼頭君……クラフトワークスさんからここしばらくゴブリンの襲撃が無くなったらしいのだけど、何か知らないかと連絡があったよ。 あと、鹿野さんがネペンデス式トイレの設置よろしくだって」
「ふむ?」
特に何もしていないが、リョウが頑張っているのだろうか?
だいぶ強くなってたし、『ゴブ・即・斬』と言いながら斬り捨てまくっているのかもしれない。
久々に義弟に会いにいこうかな?
鹿野さんはミサのお父さん、つまりは義理の父の頼みであるからして、断れるはずもなく。 大阪でもらった美味しい酒とツマミを持っていくしかあるまい。
警察官なのだが、怒られたりしないよね?
「マーマン、ケルベロス、ゴブリン、この辺りの勢いはだいぶ落ちたかな? オークたちもこっちを避けているみたいだし、……不気味なのはアンデットかな、徐々に領域が広がっている気がするよ」
東の空。
分厚い紫色の雲に包まれるアンデットの領域。
たしかに毎日少しずつ広がっている気がする。
ゆっくりゆっくり、人知れず勢力を拡大しているのだ。
「僕たちの目標はケルベロスの魔王を倒すこと、だけど、オークやアンデットの軍勢がどう動くのかが未知数なんだよね。 魔王同士って助け合ったりするのかな?」
どうなんだろう?
魔皇帝位を争奪し合っているって話しだから、助けにはこないんじゃないか?
メリットがあるなら横取りに来るかもしれないが。
「……」
魚頭の魔王『ダアゴン』。
奴を倒した時に得た『魔王核』。
結構な重要物の気もするんだよね。
魔王の固有スキルめちゃくちゃ強いし。
「作戦を考えないと!」
魔王を倒すこと、か。
領地を弱体化させた程度で、果たして倒せるのか?
不安ではあるがなるようにしかならない。
守っていてもジリ貧になるだけだしな。
作戦決行までにできるだけ準備を整えておこう。
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