三百十六話:玉木、満ちる


 ママノエ教団の教祖は微笑む。


「ふふふ」


 万屋【猫の手】で交換できるママノエと呼ばれる食糧。

 見た目のグロテスクとは裏腹に美味である。

 断末魔の悲鳴がちょっとうるさいが、美味である。


「ありがとうございます」


「いいのよ。 困ったときはいつでも私たちがついているわ」


「はい……」


 夏の日差しはネペンデス君が日影を作ってくれている。

 花と実を付けた不思議な天幕。

 そこでは鉄板焼きを振る舞う教団員たちが汗を流している。

 同じ場所にいるのに、教祖であるエルフは汗一つ掻いていない。

 エルフは汗を掻かないとでも言うのだろうか?

 いや、フェアリードレスの効果である。


「食料支援感謝いたします。 玉木様」


「私たちが差し上げられるのはコレだけですから」


 そんなことはないだろう。

 異常な結束力を見せるママノエ教団は忍者軍団よりも統率力に優れている。

 自衛隊員のほとんどが姿を消してしまった藤崎駐屯地の復興作業では、もっとも頼りになる存在達だ。


 エルフの豊満な胸の谷間で聖銀のネックレスが煌めいている。


「ママノエは良いであります! 味も噛み応えも最高であります。 もきゅもきゅとした食感の半生がおすすめでありますよ!」


 凛とした美白のエルフとは違う黒いエルフ。

 黒いというと語弊があるか、茶色い、こんがりと日焼けした健康的な肌だ。

 ジーパンに白Tとラフな格好で炊き出しを手伝っていた。


「あ、あざーす!」


 夏の日差しと鉄板の熱で汗ばんだTシャツは、ぴったりと強化された胸部装甲に張り付く。 

 サイズが合わないのか、ブラを付けていないようである。

 ママノエ丼を受け取った若者が感謝を胸元に告げながら去っていく。

 危ないから前を見ろ、あ、コケた。


「あなた、なかなか見どころがあるわ」


「え?」


「同じエルフですもの仲良くしましょう? ママノエ教団の幹部として迎え入れるわ」


「ヘッドハンティングでありますかーー!?」


 嬉しいでありますーー!と元気なダークエルフが吠える。

 幹部、その甘美な響きに抗える者はいない。


「ふふふ」


 もちろん旨い話には裏があるだろうけれど。



(そろそろかしら……)


 体に満ちているモノが溢れ出すのを感じる。

 器が満ちた。


「一度、東雲東高校に戻るわ」


「はっ!」


 復興支援に力を入れるママノエ教団。

 その教祖たる麗しきエルフ。

 心を病んだ人々は彼女たちの献身にただただ感謝を捧げる。

 それは信仰心。

 神々がもっとも欲する『力』である。




◇◆◇





 『東雲東高校支配地域・水神姫の社』


「玉木さん」


 校舎の中庭。

 『超老人シルバーマン』たちの世間話に付き合っていた木実は少し休憩中だった。 老人の話しは長い。 体が若返ってもそれは変わらない。 むしろパワフルになっている。

 さらに昼食を終えておやつも食べて若干ウトウトしていたのだけれど、境内の雰囲気の変化にパチリと大きな瞳を来訪者へと向けた。

 神聖な雰囲気の漂う神社に玉木がやって来たのだ。

 

「木実ちゃん。ジョブの確認をしたいわ」


「はい、大丈夫ですよ」


 木実、ミサ、葵とすでにジョブを得ている。

 神駆と行動することも多かった玉木なら、すでに必要な魂魄ポイントは溜まっているだろう。

 しかしジョブを獲得することはしていなかった。


 それは後悔だった。


 ワンワンパニック……野犬の怪物の大侵攻の時、もしジョブを得ていたならと彼女は何度も悔しく思った。

 あの時と一緒だ。

 初めて出会ったコンビニの出来事と。


「ふふふ、満たしたみたいね」


 今度こそ、彼を守れるように。


「イエスよ」


 彼女の胸元の聖銀のネックレスが輝く。

 まるで彼女の意思の強さを表すように、その決意の如く光輝く。


「わっ!?」


 中庭が、神社が、揺れる。

 神々しい息吹を感じる。

 目には見えない、けれどたしかに、神威を感じた。


「た、玉木さん!?」


 玉木の体を祝福が包み込む。

 優しく光に包まれやがて収まっていく。

 そして……。


「……え?」


 木実ちゃんが大きくなった?


 目を瞑っていた玉木が瞼を開けると、近づいて来ていた木実が大きく見えた。

 普段の身長差は逆であり、モデル体型の玉木の方が背が高い。

 

 この現象は……まさか!?


「ビックリしたわ」


「あっ、戻れるんですね?」


「そうみたい」


「なんてジョブなんですか??」


 現象に心当たりのあった玉木はすぐにメニューでスキルを確認する。

 するとやはり例のスキルが増えていた。

 【ハイロリ巨乳エルフ化】ってなんだよと、心の中で突っ込みつつも冷静に解除できるかを試すと、問題なく解除できた。 ついでに【ロリ化】も残っておりこちらも自由に使えるようになっていると直感した。

 以前は1日のクールタイムがあったのだが、ずいぶんと使いやすいスキルになったようである。

 なんの意味があるかは不明であるが。


「ふふふ、まだ秘密よ」


「ええーー? 教えてください!」


「内緒」


 悪戯気に微笑む玉木の背後に、透明な羽が僅かにエメラルドグリーンの輝きを残すのだった。






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