三百十三話:「「え!?」」

 山木たちの防衛は続いていた。


「あと何体いるんーー!?」


 対集団戦の陣形を組み必死に耐えている。

 相手の圧倒的な物量に、必死で攻撃を加えるギャルが叫ぶ。


「1、2、3……ふぁああ、数学嫌いぃいいいいいいいいいい!!」


 発狂しながら踏み込み鋭い槍の一撃を加え下がる。

 勉強はできないが運動神経は良いようだ。


「尿意がっおっきい方の尿意がやばたん! 助けて山チン! ……山チン?」


 立ちション程度なら問題ないがさすがに脱糞は嫌だと、乙女の尊厳のピンチを訴えたが、山木は正面を見据えていた。


「京極指令……」


 迫りくる赤黒いスライムたちの大群の中に男が一人立っていた。


 姿形は変わらない、けれどその瞳だけは血のように赤く、鋭い視線を山木へと向けていた。

 

「山木3尉、考えは変わらないか?」


 今なら不問にする。 戻って来い。と京極は山木に最期の勧告をする。

 しかし山木は首を横に振り答えた。


「そうか。残念だ、山木」


「京極さん……」


 山木にとって京極は直接の先輩であった。

 

 新人の山木に部隊の隊長として自衛隊員のイロハを教え込んだその人だ。

 誰よりも正義感に溢れた偉大な先輩だった。

 しかし管理職となり別の駐屯地へと派遣され、駐屯地指令となり戻って来た彼は変わっていた。


 綺麗ごとだけでは守れない。

 正義感だけでは何も守れないのだと、彼は己を変えたのだ。


「あんたが守りたいのは、守りたかったのは……」


 京極は山木を一瞥し去っていく。

 その後を追うように、赤黒いスライムたちは消えていった。




◇◆◇




 冷たっ!


「おふっ、ごつごつした雄の手が私のアソコをがっしりと掴んでいる。 いいぞ、そのまま揉みしだいて摘みあげてくれっ、私は激しくされるほうが、痛くされたいぞ!」


 欲望丸出しの統括が囁いていくる。

 彼女が全力でスキルを使っている間、俺は彼女の体を温め続けなければならない。

 しかしやばいなコレ!

 めちゃくちゃ冷たいんだけど!!


「アツイ、これが、男のっ、太くてっ硬いっ、モノっ!!」


 二の腕な?

 

 統括の卑猥なセクハラマシンガンに耐えつつ、ヘドロモンスターが凍っていくのを見守る。

 目の前の統括の銀の髪が輝きを増していく。

 まるで雪原のスターダストのように、キラキラと輝いている。

 両腕の中で彼女は震え、ビクンビクンと体を強張らせながら、全力でスキルを発動させた。


「凍てつけ――――『氷銀世界アイスノヴァ』」


 黙っていれば美人なのにもったいない。

 

 季節外れの銀世界が視界いっぱいに広がっていく。

 まるで世界が凍り付くようだ。


(やばい……)


 めちゃくちゃ寒い。

 統括はこんな寒さに耐えてスキルを発動しているのか?

 凄い精神力だ。


「ふふふ、随分と冷え切ってしまったな? 終わったら体を温めないとな。 そうだ、風呂を沸かさせて一緒に温まろう。 なに気にすることはない。 緊急事態なのだから、二人一緒で構わないとも」


 あれ、ほんとに冷気ダメージ受けてます?

 なんだか凄い元気そうなんだけどぉ?


「【炎貫紅槍ループロミネンス】」


「ふぉ!?」


 寒いのは苦手だ。

 このスキルを使うとあそこがえらいことになるけど、体もポカポカと温かくなる、いやむしろかなり暑くなる。

 

「まてまてっ、そんなアツアツのカチカチんを押し付けちゃ、まさかここでッ!? ふぁっ、あつい、おまんっ、あついっ!?」


 【炎貫紅槍ループロミネンス】のパッシブ効果で炎槍と化している俺の息子は服越しでも伝わる熱さだ。

 なんとなくだが貫通効果に特化している気がする。

 だてに死神の障壁を突破してきていない。 敵の技だけど。


「~~~~~!!」


 コート越しに突き立てられたアレに統括がだんまりになってしまった。

 その白い頬を染めて急にだんまりだ。

 え、さっきまでの威勢はどこにいったんですか?


 必死に震える脚をガクつかせながら、統括は意地をみせた。


『ロ……ォ……』


 もはや己の思考も消えてしまった自衛隊員と共にヘドロモンスターは完全に凍り付いた。

 周囲にいた赤黒いスライムたちも、給油所もすべて。

 ガソリンはマイナス100℃にならないと凍らないらしいが、恐るべき冷気だ。 

 本気で敵対したら結構ヤバいかもな。


「……さぁ、仕事は終わりだ。 くくく、しっかりと味あわせてもらうぞ?」


 まだ終わってないと思いますけど!?

 これはアレかな……戦闘の興奮状態で昂っているというやつだろうか?

 雪女のようになった彼女は腹部に炎槍を当てながら暖を取っている。

 上下に動いてどこかに擦るようにして冷え切った体を温めている。


(む……)


 意外なことに熱せられている炎槍が冷やされて気持ちが良い。

 極寒と灼熱。

 相性は悪そうだが、ひょっとしたら逆かも?

 いやしかし、処女だし重そうだよね、このくらいの年齢の女性って。




 

◇◆◇




 寺田たちは給油所から地下へと降りるルートを発見した。


「人のいた形跡っす」


 地下にはいくつもの牢があり、捕らえられていた人たちがいたであろう形跡が残っていた。

 だが今は人の姿は見えない。

 どこかに連れて行かれたのだろうか?


「皆もいなそうっすね……」


 寺田の言う皆は自衛隊員たちのことだろう。

 

 騒動の最中、誰一人として自衛隊員たちは現れなかった。

 給油施設の中に集められていた爆薬と燃料。

 そして可燃性の怪物たち。

 導き出されるのは基地の爆破だ。

 一般市民諸共とは一体何を考えているのだと、寺田は理解できず頭を振るった。


「ん? なんか聞こえなかったっすか!?」


 寺田は音のした方に走り出す。

 仄暗い地下を颯爽と。


「っ!?」


 水と空気が合わさるような嫌な音がする。

 ブチュブチュと激しく脈打つような音。

 

「う、梅香っああああ!?」


 ガシャンと寺田は鉄格子を掴み思いっきり動かす。

 しかしガッチリと嵌った鉄格子は動かない。

 全身をスライムに覆われている梅香3曹まで後少しなのに。


「うああああああああああ!?」


 まるで見せつけるように、スライムは大きく持ち上がった。

 十字架に磔にされたように梅香3曹の裸体が宙に浮く。

 

「かぅ!?」


 無理矢理に開かされた口の中へとスライムが流れ込む。

 苦しそうに梅香3曹の顔が歪む。

 

「やめるっす!!」


 ガシャンガシャンと虚しく音だけが響く。

 鉄格子が壊れる気配はない。



 

「やめる、っす……」



 何度やっても同じだった。

 苦しそうに梅香3曹がもがいている。


 無力だ。

 どうすることもできない。

 絶望が寺田の心埋め尽くす。

 目の前で行われる行為を止めるすべを持たない。

 理不尽に抗う力がない。

 力が……。


「やめてくれっす……」


『力が欲しいかい?』


 そう、誰かが囁くよりも疾く。


「寺田ぁあああアアアアアアアアアア!!」


 漢の声が。

 拳が叩きつけられる。


「いっち!」


ガァアン!


「――――っにいっ!!!!」


ガガァアアン!! 


 その掛け声に咄嗟に体が動いた。

 絶望で重く動けなかった体は反射で動き鉄格子へと拳を突き立ていた。

 あれほどビクともしなかった鉄格子が吹き飛ぶ。


「いけぇえええええええ!」


「はいっす!!」


 寺田がスライムへとククリ刀を繰り出す。

 その血管のような管の先にあるコアに向けて。

 

「はぁあああ!!」


 スライムと交差し、梅香3曹の体を綺麗に割けてコアだけを破壊した。

 バシャンと水音を立ててスライムが消え去り、崩れ落ちる彼女を寺田が支える。

 寺田が振り返えると、漢が立っている。


「良くやった! 寺田っ」


「山木さん!」


 ゴツンと拳を突き合わせる二人に声が掛かる。


「お、遅いでありますよ、と、とっても酷い目にあったでありますよ」


「「え!?」」


 山木と寺田が顔を見合わせる。


「どうしたでありますかそんなにジロジロ見て? ……はっ!? まさかこのドロドロえちえちな姿になった私に興奮したでありますかっ!? ――――クズであります! ドロドロ女子の敵であります!!」


 止まらないマシンガントークに、二人は梅香だと確信する。

 しかし、見た目が全然変わっている。


「だ」


「は? 黙れ、でありますか? 嫌であります。 なんでももっとはやく来てくれないでありますかっ! 酷いであります! でも助けてくれてありがとうであります!!」


 怒っているのか感謝しているのか、もはや濁流する感情を押さえられない梅香は寺田の胸に飛び込んで喋り続ける。


「ダーク、エルフ……?」


 ポツリと呟いた寺田の声は仄暗い地下に消えていった。




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