三百十二話:
「子供……いや、魔物か」
麻袋の中身を見た統括が呟く。
天海防衛ラインのほうには現れないのか?
「ゴブリンっす」
「ほお、コレがゴブリンか? 報告書の印象とはだいぶ異なるが……」
やはりもっとしっかりと報告書を書かせねば……と、統括の冷気が強くなる。
「まだ生きてるっす……!」
見れば粘液のような物で手と足をガッチリと固定されている。
目も覆われてしまいゴブリンは大人しいが、その長い耳だけがピクピクと動いている。
以前に保健室の魔女こと葛西先生がやっていた実験でも、ある程度のダメージを負うまでは生きながら捕らえることはできていた。 あの時は魚頭だったが。
ゴブリンは弱い。
捕らえることなら簡単だ。
しかしそれより気になるのは……。
(ゴブリンから肉を作った……?)
赤黒い肉塊。
グロテスクすぎるソレが、藤崎駐屯地の食料だというのか?
そんな物を俺に提供しようとしていたのか、京極さん……。
「嘘だろ……」
同じことを思ったのか、元自衛隊員さんたちも顔を青くしている。
彼らからすれば食べてしまったかもしれないのだから当然だろう。
拒食症にならいと良いけれど。
「……」
麻袋を確認すると全てゴブリンだった。
もっと最悪の状況を考えてしまったが、人がいなくてよかった。
しかし、そうなるとどこにいったのだろうか?
「しかし不快な臭いだ……なんの臭いだったか」
フルフェイスを一瞬解除して臭いを嗅ぐ。
うん、臭い。
ゴブリンだ。
ゴブリンの臭い玉を喰らった時とか、紫の毒ガスの時に近いか?
しかしそれらとも異なる独特のツーンとする臭いもある。
あ、無理。
吐きそう。
「君、私にもそのヘルムをよこさないか」
無理です。
無理、だよな? イヤーカフ型の本体は俺に密着しているので外せない。
それに俺は五感がかなり鋭くなっているせいで臭いに敏感なのだ。
これは弱点とも言えるかもしれない。
あってよかった『ブラックホーンオメガ』。
「道が二つあるっす。 どうするっすか?」
ヘドロモンスターが進んでいった通路とヘドロモンスターの裏にあった通路。
「追うべきだろう。 錯乱しているようだったしアレが一般人に危害を加えたら危険だ」
「……そうっすね」
二手に別れてもいいけど、統括と二人になるのは不安だ。
おもに俺の貞操の。
偶然を装ったボディタッチが多い。
戦闘で昂っているのか?
俺の体を狙ってやがる。
寺田さん的には二手に分かれたかったのかな?
ふむ、そこまで梅香隊員が心配だと。
やはりそういった関係か。
これは応援するべきではないだろうか。
なんだか色々可哀そうな梅香隊員にはぜひ幸せになって欲しい。
終わりよければすべて良しと申しますし。
「行くぞ」
とはいえ戦力的に二手に分かれるのは厳しい。
統括の護衛として俺は一緒に行かないとだし、そうするともう片方の戦力は集団戦に対応できないだろう。
怪物の這った跡の残る仄暗い地下通路を進んで行く。
◇◆◇
阿鼻叫喚。
「た、たすけてっ!?」
「嫌だぁあああああああああ!!」
深夜の駐屯地に突如出現した怪物によって、寝静まっていた人たちが逃げ惑っている。
ヘドロモンスターの巨体が簡易テントを破壊し、その場にいた者たちを吹き飛ばしていた。
「自衛隊はどうしたんだよ!? 助けろよおお!!」
駐屯地の守り手たる自衛隊員たちの姿は見えない。
代わりに赤黒いスライムたちも現れ始めている。
無数の触手が罪のない人々を無作為に襲い始めていた。
「っ――どうなってるっす!?」
赤黒いスライムたちは駐屯地の内部の人は襲わないはず。
しかし今目の前では赤黒いスライムたちの残虐な宴が繰り広げられている。
「【
俺は竹串を宙に飛ばし魔棘と化したソレを操り、赤黒いスライムたちだけを穿つ。
魔王のスキルである【
投擲スキルと違い、魔法なのだ。
「ひゃぁああ!?」
目の前で弾け飛んだ赤黒いスライムの体液を浴びた者が悶えて悲鳴をあげる。
見ればその服が破けて肌を露出させる。
マズイな。
肌まで焼いているようだ。
「ちっ」
竹串ホーミングを操り角度を調整して穿つ。
複数の魔棘を操るだけでも脳の負担が大きいのに、なかなかしんどいぞ。
「ご主人様よ、先にあちらを処理しないと危険だぞ? どうにも発射前のパンパンな男性器のようになっている」
ビッチ統括の細い指先の向ける先、ヘドロモンスターが見えたのだが様子がおかしい。
建物の側で止まりどんどん膨れ上がっている。
たしかに、今にも爆発しそうな雰囲気である。
「あそこは! 給油所に引火したら大惨事っすよ!?」
「ふむ」
給油所?
ガソリンか。
あのヘドロモンスター、材料にガソリン系の物が含まれているのだろうか?
赤黒いスライムたちがやたらと可燃性なのはそのせいか。
(……まさか)
自衛隊員たちがまったくいない。
兵舎のほうにも、京極さんの指令室のある建物にも人の気配がない。
駐屯地を放棄……爆破して?
原子爆弾なんて物はないけど、弾薬庫はあるから結構な爆薬の保有量はあるだろう。
大量の爆薬に給油所と赤黒いスライムたちの爆発性を合わせると、どの程度の規模の被害がでるか想像もつかない。
「む? どうしたのだ、そんな熱い目で見られると濡れてしまうぞ……。 まさか、そんな、ここで上官である私を滅茶苦茶に犯したいと? さすがに時と場合を考えて欲しいぞ♡」
違うわい!
統括の凍結スキルで凍らせられるかなと目で訴えただけなのに……。
「全凍結」
「ふむ……できなくもないが、私のスキルにはデメリットがある」
なんとなくは察しがついているけど、スキルのデメリット、つまりは弱点を教えてくれるのか。
「私は常に冷気を放ち続ける。そして使い続けるごとに私の体は内側から冷えていく。 夏だというのに厚着でカイロを仕込んでいるのはその為だ。 部下たちにエアコン代わりに使われる私の気持ちがわかるか? くくく、冬も絶対に同じ部屋で仕事をさせてやるぞ」
カイロまでつけてたんだ。
部下さん……。
「そして困ったことにスキルを使っていなくても冷気を放ち、意識してしまうとそこに冷気を集中させてしまう。 困ったことにな……」
表情の分かりずらい統括にしては珍しく本当に困ったようである。
「なのであの規模一帯を凍らせる、それにあの流動する化物ごととなると全力でも数分は必要だ。 その間、私は一歩も動くことはできなくなるし、……温めてもらう必要があるなぁ?」
「う、うむ?」
「なぁご主人様ぁ?」
なんだこの脅しは!?
「バックハグでぎゅっと頼むぞ」
「おねがいするっす、鬼頭さん!」
時間がないっすー!と懇願する寺田さん。
「はぁ……」
混沌とする駐屯地で俺は統括(処女ビッチ)を後ろから抱きしめて温めるのだった。
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