三百六話:逃げられるかな?


 家畜のようだ。


「キリキリと働くんだ!」


 僅かな食糧で駐屯地の土地を耕し日々を過ごす。

 家畜同士が共謀しないように班分けがされていた。


「作業量しだいで食事が変わるからな!」


 親しい人とは離れさせられている。

 共に来た仲間のことを考えると不安であったが、目的の為にきっとみんなも頑張っていると、作業に集中した。


(山チンにいいとこみせるよ!)


 忍者の変装術……とは違うが、ギャルたちは分厚い化粧を落とし一般人に見えるようになっていた。 とは言え、健康的で露出の多い服装から目立ってはいたが。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「ちょ、大丈夫?」


 炎天下の中での作業。

 水すらも制限され開墾作業は続いていく。

 魔物との戦闘で魂魄ランクの上がったギャル達と違い、駐屯地の避難民たちは未だノービス。 

 スキルによる補助もなく、まともな食事も与えられておらず、疲労は限界を超えていた。

 しかし、それでも手を止めずに働いている。


「だ、大丈夫だから、作業に戻ってくれ」


「いやいや、無理でしょ!? 顔が萎えチンじゃん!」


「萎え……チン!?」


 すでに限界を超えているように見えるが、それでも作業を止めなかった。

 彼らは何かを恐れているようだった。


(調査……するべきだよね)

 

 彼らをここまで恐怖させるモノの正体。

 ギャルは自らが実験台となってみるべきかと考えた。

 ちらりと、大きな檻が視界に映る。

 そこにはぐったりとした様子で座り込んでいる人が何人かいる。


 見せしめだ。


 作業をさぼった者、反抗的な者を閉じ込めて見せしめにしているのだ。

 体罰や拷問に近い所業である。

 

「君も作業に集中するんだ。 決してあそこに連れていかれちゃダメだ……」


「連れていかれたことがあるの?」


「いや……あそこに入れられて帰ってきた者はいない」


「え?」


 監視が戻ってくる。

 二人は慌てて作業へと戻った。


(帰ってきた人がいない……?)


 では捕らえられている人たちはどうなるのか。

 どこか別の場所に作業に連れていかれるのだろうか?とギャルは考えるが、一体どこに連れて行くというのだろう。

 開墾作業をしていない場所はキャンプ地か枯れた場所だ。

 訓練跡地なのだろう。 人がいそうには思えない。


「……なにか?」


「おまえ、良く働くじゃないか。 今日は私たちの食事に呼んでやる。 喜べ」


「っ!」


 監視の手がギャルの太ももへと伸びた。

 スカートで剥き出しのむっちりとした太ももに。


「お、おい……」


「あ゛?」


 ふらふらの男がやめさせようと声を掛けるが、突き飛ばされる。


「うあっ!?」


 倒れ込んだ男へと監視の持っていた棒が叩きつけられる。

 目を真っ赤にさせ激昂しながら監視は暴行を続ける。


(な、何コイツ!?)


 太ももを触られたくらいで動じるギャルではなかったが、監視の豹変にした表情と雰囲気に動揺を隠せない。

 殺意とすら思えるほどの怒り。

 このままでは男性が殺されてしまうのではと思うほどだ。


「ちょ、ちょっとやめなよ!」


「ふぅう!」


 狂気。

 まるで魔物のように狂気を纏う監視者の腕を掴む。


「え?」


「っ離さんかッ!」


 集まった監視者たちにボロボロの男が巨大な檻へと連れて行かれる。

 扉が開くが中から抜け出そうとするものはいない。

 

「おじさん……」


「だいじょうぶ……気にしないでくれ」


 出血はしていないようだが、青痣だらけの男が諦めたように呟く。


「しかたがない。とうぜんの、むくいだ……」


 翌日。

 ボロボロの男の姿は檻の中から消えていた。



◇◆◇




 駐屯地の夜。

 作業の手は止み、避難民たちは僅かな食事を取りながら束の間の休息をとる。

 ギャルたちは予め決めていた場所へと集まっていた。


「抜け出すよ」


「なにか見つけた?」


「うん。そっちは?」


「うちらも収穫あったわ」


 嫌そうに体を払うギャルが呟く。

 隠して持ち込んだ食料を食べながら、掴んだ情報をすり合わせる。

 

「人の数はやっぱり減ってるみたい。 それも大量にね」


「どこに行ったかもわかんねーってさ」


「あとは自衛隊の人達、まるで人が変わったみたいだって」


 数日の潜入、収穫と言えるほどの情報はないか。


「給油所の方から今まで無かった秘密の地下に行けるらしい」


「マジ?」


「うん、ちょっとよくしてやった自衛隊がぽろっと喋ったわよ」


 給油所や弾薬庫の側は警備が厳重であり、一般の避難民たちは近寄れない。


「……アイツら、人間じゃないよ」


「そうだな」


 自衛隊員たちは人が変わったように厳しくなった。

 それが駐屯地を維持するためだとしてもあまりに非人道的であった。

 

「……そうじゃなくて、ほんとうに」


 発言したギャルは自分の指の先を見る。

 鋭い魔女のようなネイルは人差し指だけ折れている。

 いや、まるで溶けたようになっていた。

 監視の男の手を掴んだ時に、食い込んでしまった指先だけが溶けているのだ。


「ネズミのおやつパーティかな?」


「「「「っ!?」」」」


 誰もいないはずの場所に、平凡な男の声が聞こえてきた。

 なんの感情も籠っていない。

 だけどどこか気持ちの悪い怖気のする声だ。


「うん。やっぱり裏切り者たちは始末したほうがいいね。一般市民の皆様にこんな危険な任務を与えるなんて、自衛隊失格だよ」


 人が集まってくる音がする。


「逃げるよ!」


 集合していた場所は駐屯地の外への近く。

 しかし兵舎も近い。

 

「逃げられるかな?」


 平凡な声の男は追いかけない。

 ただ無表情で彼女たちが去っていくのを見つめていた。



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