三百二話:若
藤崎駐屯地……
「なんでありますか、っここは……」
気づけばいつのまにか出来ていた。
まるで迷路のようなそこは悪臭と赤黒い不気味な液体が常に流れている。
「こんな場所は無かったであります。どうやって、いつのまに……」
「うるさいぞ! 黙っていろ、裏切り者が!」
「ぐっ!!」
疑問を口にすることすら敵わない梅香隊員。
「酷いであります……」
京極指令により濡れ衣を着せられ尋問に駆けられていた。
拷問と言ってもよいだろう。
答えられることなど一つしかないのに、執拗な拷問は続いた。
「次の
「っう」
男の瞳に宿る濁った情欲に、梅香隊員の体が震える。
男の魔手が梅香隊員の鍛えられた女の体を凌辱する。
縛り付けられている彼女には体を揺するぐらいしか抵抗はできない。
女の柔らかさを堪能した男性隊員は名残惜しそうに去っていく。
「……どうしてしまったでありますか、みんな」
ぐったりと地面に横たわりぽつりと零す。
先ほどの体を弄んでいった隊員のことも梅香は知っている。
それどころか知りたがりの梅香隊員はほとんどの隊員のことを知っていた。
駐屯地内ではウザがられることも多かったが、数少ない女性隊員でそこそこに可愛く元気と愛嬌のある梅香隊員は人気もあった。 主に盛り上げてきな役目である。
「脱出……するであります……」
もぞもぞとスライムのように地面を這って行く。
剥き出しの土の地面は擦れて衣服を汚すが気にしない。
もとより汚いのだ。 今更だ。
「鉄格子でありますか」
こつんとあたった硬い物。
薄暗い明かりしかないが、全体を鉄格子は囲っているようだった。
「まだ抵抗するのかい?」
「っ――誰でありますかっ!?」
ふいに近くで声が聞こえた。
どこかで聞いた覚えのあるような、ごく普通の声だ。
「彼のような強者であれば解る。けど君のような普通の人にまで抵抗されるとは、不思議だね」
「誰でありますか! 助けて欲しいであります!」
「……助けてあげるよ。もちろんだよ、君も僕たちの
「……どこであります?」
声が聞こえたほうに顔を向けるが、誰もいない。
いや……。
「だから、僕を受け入れるんだ」
「え――あっっ!?」
ナニかが、鉄格子の間をグニュリと通り抜けてくる。
ほとんど明かりの無い地下に、紫紺色の宝石は妖しく輝いている。
ソレが脈打つように幾重もの血管にも似た管がナニかを巡っている。
「っぷあ!?」
梅香隊員の体を覆うスライム。
もがく梅香隊員をすっぽりと覆ってしまった。
(っ、ナニかが流れ込んでくるであります!?)
汚れた衣服を全て溶かし、体の汚れも取り除かれていく。
驚くことに皮膚には傷一つ付けていない。 覆われているというのに、息苦しさも感じることはなかった。
だが、流れ込んでくる。
強烈な悪意が。
(やめて、やめてっ、やめるでありますっーーーー!?)
それは呪詛のようであった。
頭の中に直接響く自衛隊員への『誹謗中傷』の声。
幾人もの声が重なり発せられているのに、理解させられてしまう。
強制受信。
「こんな奴らの為に君たちは命を懸けていた」
「あ……ああ……」
「なぜ僕たちが責められるんだい? 僕たちはこんなに頑張っているのに」
「なんでぇ……」
「僕たちはもっと報われていい。 もっと報われていいんだよ」
これは悲劇だ。
とある自衛隊員は【念話魔法】を習得していた。騒動の最初期の頃だ。 習得に必要な魂魄ポイントは低くそれは適性を示していた。すぐさま習得し隊の連携にとても役立った。【千里眼】の能力者のように超長距離範囲への念話は不可能だったが、彼は複数の者への同時念話を得意としていたのだ。 駐屯地内での情報伝達に京極指令から重宝されていた。
そしていつの頃からだろうか、声が聞こえるようになった。
恐らく【念話魔法】の熟練度が上がったのだろう。
魔法やスキルはそれまでに使っていた方法によって多様な進化を見せるようである。
複数の隊員とのリンクや同時発信、それにいつかまた送られてくるかもしれない【念話魔法】の使い手の要請を逃さないよう、常に隊員は【念話魔法】を受信できるよう意識していた。
「あ、あ、あ」
「さぁ、僕を受け入れるんだ」
「や」
強制受信。
魔法の暴走か、邪神の悪戯か。
いつしかリンクをしていない者からの悪意を強制的に拾うこととなる。
おそらく自衛隊員へと向けた陰口であったからだろう。
「――――やめるでありますっ!!」
肉体も精神も疲労したところに邪神は手を差し伸べる。
「……」
抵抗された。
「……可哀そうに」
あの全能感を味合わせてあげたかった。
仲間である彼女にも、邪神様の慈悲を与えてあげたかった。
支配される喜びを。
「またくるよ」
彼女を覆うスライムから別れ、裸の男が鉄格子の外から彼女を見下ろした。
その瞳はスライムに取り付かれる彼女がどれだけ耐えられるのか、まるで憐れむような瞳を向けていた。
壊れてしまう彼女を心配するようでもあり、本当に仲間を思う者の瞳だった。
◇◆◇
難しい顔をした山木さんの話しが終わった。
「ふむ」
京極指令のことは良く知らないので、俺には判断ができないが、取引をしたときは異変は感じなかったけどな。
隊員さん達の態度も普通だったし。自衛隊の内部も変化は無かったと思う。
避難民の人たちが大人しかったけど、それに数が減っていたかな? 色々な場所で作業中だったのかもしれないが。
ああ、最初に梅香隊員と行ったときは変な感覚があったか?
「赤黒いスライムたちもそうだが、不可解な点も多いんだ。 あそこは【猫の手】を使っていないのは間違いない。 俺たちが離れる時点でギリギリの状態だったはずだ、もう食料なんて残っているはずがない」
たとえ生産を始めたとしても、間に合うはずがない……らしい。
まして食糧援助を持ちかけるなどおかしいだろうなぁ。
「井戸も枯渇してたっすからね」
「新しく掘っても同じ水源からだったら意味はない。 あの敷地内では難しいだろう」
水が無ければ人は生きられない。
ますます不可解だね。
「山木殿」
風が吹いた。
忍者だ。
「忽然と消えてしまった。 駐屯地にも入った様子はなかった」
「そうですか……」
学生じゃないな、ジェイソンと共に来た『鬼鳴村』の忍者だ。
『鬼鳴村』を奪還し忍者の里の再興を企む頭のぶっ飛んだ集団である。
忍者の仕事と言えば諜報活動だろう。
「京極指令の後を着けてもらったが、見失ってしまったようだ。 来る時ですら、こちらの警戒網を搔い潜って来た。 油断できない。 鬼頭君たちも十分注意してくれ」
「……」
それは……怖いな。
仮にあの赤黒いスライムたちを操れると仮定すると……。
「あの、鬼頭さん。 梅香、隊員は……いや、なんでもないっす」
「……」
冷や汗が流れる。
情報不足の不可抗力とはいえ、とんでもないところに梅香隊員を置いてきてしまった。
彼女にはネペンデス君の件もあるから、ちょっと気まずい。
うん。
助けてあげるべきだろう。
人助けなんてガラじゃないのだが、放っておくのも気分が悪いし。
「助」
「え?」
避難民の人たちもだ。
彼らだってただの一般人だ。
俺が大型を倒した時はすごく喜んで拍手喝采してくれていた。
全員がスライムの餌になっていいほどの罪は犯していないだろう。
罪は償ってやり直せばいいのだ。
「助ける」
「鬼頭さん!!」「鬼頭君!!」
おお!と声が上がる。
「さすがっ、お兄さん!!」
「ヒーローっしょ?」
なんだか知らんがやけに指揮が上がっているな。
皆、助けに行きたかったのか。
そういえばジェイソンどこいった?
「ジェイソンさんなら荒修行に出ていますよ、若。 若がご出陣するときに足手纏いには成れないと」
「……」
誰が、『若』なの?
どういう意味ですか!?
俺は忍者にはならんぞ、絶対にッ!!
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