三百話:捧げよ
取引相手は上機嫌である。
「コレは実に有用だ。 一週間の約束だったが、まだ『空飛ぶバイク』は出ていない。 契約を継続したいのだが、どうだろうか?」
「うむ」
まぁSRまでしかでないガチャだからね。
「感謝する」
イケオジさんがニッと笑う。
最初の頃よりだいぶ打ち解けたんじゃないだろうか?
やはりガチャは世界を平和にする。
それに彼の秘密の性癖を知ってしまったから、なんだか親近感も湧く。
「……」
ちらりと、ガチャを見る。
そこには不可視化された羽根、【
これは周囲の映像をURアイテムである孔雀の置物を使ってみることができるのだ。
「装備や回復アイテム、用途のわからない物も出るようだね。……初回が、一番良い物が出やすいようだ」
「ほう」
こちらを探るようにガチャの情報を教えてくれる。
反応を見ているんだろうか?
そうだよ。ガチャなんてたいてい確率操作されているから。
俺のガチャも完全に自由ではないのだが、いろいろ設定できる。
「そうだ。 食料は困っていないか?」
「ん?」
「素晴らしい魔道具を提供してもらっているから、せめてもの礼に食料を提供したいと考えたのだが」
別に困ってはないな。
【猫の手】で交換できるし、東雲東高校の野菜もある。
来年の米が心配ではあるが、服部領主に最優先で確保するようにお願いしたから大丈夫だろう。
「そうか。 もし必要であればいつでも頼ってくれ」
「うむ」
どちらかといえば、駐屯地のほうが大変なのでは?
大所帯だし立地もそんなによくない。木実ちゃんチートもないし、そもそも領地化すらしていないのだから。
それなのにこちらに援助してくれようとするとは……!
さすがは自衛隊幹部のお偉いさんということか。
俺はギュッと握手を交わし部屋を後にした。
◇◆◇
痛む手をさする『京極 武蔵』。
「警戒されたか……?」
食料提供の提案にはのってこなかった。
それどころか釘を刺すような握手だ。
なにか感づいている?と京極は思案に耽る。
「今はまだ、友好的にいきましょう」
「そうだな」
神駆も去り、指令室には京極が一人。
「裏切者どもの件はどうなっている?」
「呼びかけには応じませんでした。 信じている様子すらありませんでしたので、罠だと思っているのでしょう」
「小賢しい奴らだ」
すっきりとした机の上にグラスを置き、黄金色の液体を注いでいく。
なみなみと注いだソレを一気に飲み干した。
喉の奥を焼くよう、胃の中をぐちゃぐちゃに混ぜた感覚が脳を刺激する。
「ふぅ……処分しろ。 裏切り者は許さん」
「その通りに」
ガチャの明かりが明滅する執務室で、京極のドロリと濁った瞳はただただ一点を見つめていた。
「なあ、これからどうするんだ?」
「北上する」
藤崎駐屯地から北へ。
ギャル学校とはまた違った場所でも、駐屯地から離脱した者たちは集団を作り生活していた。
駐屯地での生活を見限った者たちだ。
赤黒いスライムに囲まれる前に離脱していた、山木たちとはまた違ったグループである。
「上層部の人からだったんでしょ? 大丈夫なの、あなた?」
「ああ……、心配するな」
先日、自分たちが拠点としている場所へ、驚いたことに一人の男が姿を現した。
その男曰く、駐屯地は変わったと、今は自衛隊と避難民とで協力してうまくやっていると。
だから戻ってくるようにと説得してきたのだ。
「あんな嘘に騙されるかよ……」
まったくの嘘ではないのだろう。
だが確実に、嘘が混ぜ込まれているはずだ。
それにあのドロドロとしたヘドロのような悪意は隠そうとしても隠せない。
吐き気を催すほどの汚泥の臭い。
人の悪意をぐつぐつと煮詰めて凝縮させたような。
「う……」
あの瞳を思い出しただけで吐きそうだ。
「どうしちまったんだろうな」
以前は自信と正義感、それに野心に溢れた瞳をした人だった。
「大丈夫?」
「ああ……」
駐屯地から離脱した者たちは妻子持ちが多かった。
自分たちへの不満が、妻や子に向くのを恐れたからだ。
もちろんあの環境に限界がきたというのもある。
誰も彼らを責めることはできないだろう。
もしそんなことをする奴らがいたら、それは仲間ではない。
だから、裏切者と思われたとしてもなんの痛痒もない。
「大丈夫だ、心配するな」
ただ家族や大切な人を守りたいと願っただけなのだから。
「裏切り者には死を」
「「「――っ!?」」」
突如、周囲から声が聞こえた。
同じ言葉が繰り返し聞こえてくる。
「敵襲!?」
魔物の警戒は怠っていない。
「囲まれたぞ!?」
それなのに、どうやって……。
気づけば拠点の周りを赤黒いスライムたちが囲んでいた。
ゲームのような可愛らしさの欠片もない、おぞましい赤黒いスライムたちに。
人の悪意と憎悪の感情をグツグツに煮詰めて作ったようなそれに。
「捧げよ」
血の海と化したそこに、一人の男が立っている。
全てを脱ぎ去り生まれたままの姿で、血濡れの男が立っている。
「捧げよ」
口元を三日月に歪め嗤っていた。
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