二百八十八話:死ぬなよ、美愛
「エビちゃんは下がってて」
「はあ!?」
ついに気でも狂ったか、いや、元から狂っているんだったと、戎崎は美愛を見つめる。
「っ!」
燃えている。
かつてないほどに、美愛の闘志が膨れ上がっている。
「私がヤルよ!」
強者との一対一。
美愛がもっとも燃える展開だ。
「……わかった」
唇を噛みしめて戎崎は了承する。
はっきりいって、目の前の敵を相手に自分では足手まといだろうとわかったから。
「死ぬなよ、美愛」
戎崎は下がり、相対する二人。
まるで子供と大人のような体格の差。
当然だろう。
人と怪物なのだから。
「仙道美愛ッ、いざっ、参るッ!」
アンデットの軍勢は動かず二人の周囲を紫炎が囲み、舞台が整えられる。
弓も魔法も飛んでこない。
戦場に不気味な空白の時間が一瞬生まれる。
『……』
怪物の名乗りは無かった、しかし答えるように周囲で踊る紫炎がボオゥと燃え上がる。
アンデット重戦士の持つ歪な大剣。
妖しい紫の燐光を放っていたのだが、輝きが消える。
ただの歪な大剣へと変化する。
「舐めてるの?」
美愛が怒りの表情で睨みつける。
怪物が何を考えてそうしたのかわからない。
だがあきらかに戦力ダウンだろう。
手加減か。
命を賭した戦いでそれは侮辱。
しかし、怪物が肩に担いでいた大剣を構えると、怖い顔をしていた美愛に狂気の笑みが戻る。
「嗚呼」
剣士だ。
構えを見ればわかる。
同じ剣の極みを目指した者同士だと。
怪物は剣士として、相手をしてくれるのだと。
「――――シッッ!」
駆ける。
身を低く刀を見えないように背に隠しながら。
迎え撃つ重戦士の一撃が空を切り裂く。
「んん゛ッ!!」
『……』
体を駒のように回転させた美愛はその一撃を回避しながら重戦士の間合いに入る。
大剣の間合いの内側に飛び込むことができるか?
美愛を追従するように、人外の膂力で大剣が軌道を変化させてくる。
「――っは!」
一瞬の刀と大剣の接触。
その瞬間に生じる力を転用し、美愛が加速する。
振るわれた大剣の影。
美愛の刀が重戦士に突き刺さる。
鎧の隙間が確実にあるであろう、その白髪の髭に隠された喉元に。
――――ギィン!
「くっ!」
狙いすました一撃は、まるで盾のような手甲に阻まれる。
怪物の左腕は手から肩までゴツゴツとした分厚い装甲をしている。
逆に大剣を振るう右腕のほうが装甲は薄いだろう。
幾重の攻防。
「はぁあッ!」
一撃でも受ければ絶命するであろう大剣を何度も躱す。
躱すだけでなく己を加速させる力として利用する。
『仙道美愛』の刹那の剣が完成の域に達する。
けれど意味はない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
黒いスケルトンを屠ってきた美愛の闘気を籠めた一撃は全て、左手の装甲に阻まれる。
素晴らしき神童の剣技も通じない。
圧倒的な装備差、いや、実力差。
相手が本気だったなら一瞬で終わっている。
その装甲を活かした自滅覚悟の攻撃をされていたなら。
あくまで剣士と剣士としての戦いだったから、美愛がかろうじて生き延びているにすぎない。
その証拠に、怪物は一度もスキルも魔法も使用していないのだから。
「あはっ」
絶望だ。
しかし彼女の輝きは消えていない。
剣術馬鹿は絶望に呑み込まれずに生き生きと剣を振るう。
「楽しい……!」
もっと強く、この怪物を屠れるように。
ただそれだけ考えて美愛は挑み続ける。
彼女にはその生き方しかできないのだから。
『……』
ジッと見ていた重戦士の口から紫の息が漏れた。
まるで溜息のように長く吐き終えると、大剣を地面に突き刺した。
すると揺れ動いていた紫炎が消える。
「美愛っ!」
代わりに、重戦士の怪物の大剣に紫の燐光が灯った。
遊びは終わりだ。
そう言わんばかりに眼窩の奥が妖しく輝く。
「――――『桜花一閃』っ!」
相手の雰囲気の変化に気づいた美愛は、決死の一撃をしかける。
だが輝く橙のオーラを纏う刀の一撃を、美愛の必殺の一撃を、重戦士の怪物は悠然と受け止めた。
まるで何事もなかったかのように大剣を肩に担ぐ。
「逃げろッ!!」
死。
担ぎ上げられた大剣の発する紫の燐光の描く様はまさに死を具現化したようだった。
『……ロォォ』
戎崎が逃げろと叫び声を上げる中、美愛はただその一撃が振るわれるのを待っていた。
その狂気の瞳はまっすぐ、勝利を目指して。
希望に輝く瞳を見た重戦士の怪物が、一言、何か呟いた気がした。
「『霞鳥』――――」
世界が揺れた。
そう感じるほどの一撃が放たれる。
「ぐう!?」
襲い掛かる衝撃波に後方にいた戎崎は吹き飛ばされそうになるのを堪える。
爆風が煙と共に押し寄せ、そこから人影が吹き飛んでいくのがみえた。
「美愛ぁーー!?」
戎崎は薙刀を放り投げ地面に打ち付けられようとする彼女を抱きとめに走る。
間一髪、キャッチに成功する。
しかし抱き留めた少女はボロボロであった。
着ていた制服は全損し、肌は傷だらけで手に握っている刀は根元から折れている。
満身創痍。
それでも決して刀は離さない。
「おい! 生きてるか!?」
「……エビちゃん」
「美愛!」
「……倒せた、かな?」
「は?」
戎崎に抱きしめられながらも彼女は前を見る。
血でべったりと張り付いた前髪越しに怪物を見る。
煙が去り姿を見せた怪物。
その喉元に、キラリと光る物が見えた。
半ばから折れた刀身である。
「……っ」
怪物が髭に刺さった刀身を摘み見ている。
倒せてはいない。
それどころかダメージなどないだろう。
だけど届いた。
「……効いてねぇな」
「あはは……ダメかぁ……」
そう呟きながら立ち上がる。
トレードマークの長いツインテールはほどけ前に垂れる髪を鬱陶しそうに。
折れた刀を向け立ち上がる。
「ふぅぅ……」
息吹で呼吸を整え、構えた。
ボロボロのはずだ。
けれどそ立ち姿は美しく一本の大樹のようだった。
「……」
重戦士の怪物の後方から、アンデットの軍団が進み始める。
カチャカチャと死の音が近づいてくる。
もう二人の剣士の時間は終わりだ。
ここからはただの殺戮の時間。
漆黒の空が無数に輝く。
数多の火矢が二人を襲いかかる。
「くそっ、掴まれ美愛っ」
だが彼女は動けない。
立っているのが不思議なくらいボロボロなのだから。
万事休す。
しかしバタバタとうるさい足音が響く。
「美愛お姉様っ!」「姐御!!」「早く下がってください!」
フレイヤ隊が、アルテミス隊が、ヘラクレス隊が、駆け寄り盾を構え矢を防ぐ。
動けない少女をおじさんたちが抱きかかえ必死に連れ帰る。
幾重もの矢を防ぎ、魔法を身をもって防ぐ。
熱にやられる喉を振るわせて走る。
「撤退っ――――へあッ!?」
だが、ピタリと全員の足が止まる。
無慈悲な魔法が発動されたのだ。
足元が沼に変化し全員が拘束される。
魔法的拘束に誰も動けず周りをぐるぐると見るがダメだ。
「う、うああああああああああ!?」
後ろ見れば迫りくるアンデットの軍勢に、ヘラクレス隊の面々が絶叫を上げる。
騒然となる戦場に、凛とした声が響いた。
『ロックオン……』
聞き覚えのある声だ。
お嬢様学校の苦労人の帰還を知らせる福音。
「……栞ちゃん」
『星河光天』
絶望に染まった世界に、光は降り注ぐ。
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