二百八十六話:おまえじゃベルゼ君には成れない
飛来するの火矢と炎弾。
紫焔の炎弾には熱さを感じるが、火矢からはあまり熱を感じない。
だが地面で踊る不吉な紫な炎に触れると脱力感が押し寄せる。
「おっとっと!」
美愛は卓越した動体視力と運動神経で躱しながら進んでいく。
矢は切り落とし、炎弾は回避する。
着弾の爆風がスカートをはためかせるが気にしない。
中にはスパッツを履いているから。 男子高校生の夢を打ち砕く非情なる装備品をだ。
「はぁっ! ふぅ、キリがないね~。 ……あは、ベルゼ君ならものすごく良い笑みを浮かべてそう!」
そう呟いた美愛も狂気に満ちた笑みを浮かべている。
「技を試せるのはいいけど、物足りない……。 弓兵に魔法兵、戦士に騎馬かぁ、まるで合戦だね!」
美愛の趣味としては強敵との一対一の果し合いが好きなのだが。
黒いスケルトンたちは部隊を組み襲ってくる。
物理耐性をもつ黒いスケルトンは厄介ではあるが、美愛にとってはさほど脅威ではない。
闘気を纏った鋭い一撃は容易く黒いスケルトンたちを屠るのだから。
「――――シッ!」
戦士タイプのスケルトンを盾に距離を詰める。
炎弾も矢も近づけば怖くない。
膂力も防御力も上がってはいるが、機動力はさほど普通のスケルトンと変わらない。
危険な単独先行は続く。
ベッドするのはその命。
得るのは極上の快楽。
「あはっ」
振るわれる鈍器を躱し、剣戟をいなし、突き出される槍を跳ね上げる。
武器をもつスケルトンたちを無効化する一本の刀。
神駆から言わせればハズレの部類のただの反りの大きい刀だ。
しかし神童が扱えば、極上の武器となる。
しなりと反りを利用した独特の剣技に磨きが掛かっている。
前回の遠征からそれほど経っていないというのに、完全にクセのある刀をものにしている。 恐ろしい程の成長速度だ。
「ぐっ!」
しかし、やはり多勢に無勢。
着弾する炎弾が巻き起こす衝撃に体が泳ぎ、防御を余儀なくされたところに痛烈な一撃が襲い掛かる。
「美愛っ!」
「っ……」
自ら飛んで衝撃を逃がすが、近づいた距離をまた開けられた。
地面を滑るように後方まで飛ばされる。
熱にやられたのか制服はところどころ焦げているし、傷も負っている。
「近づけな~い……」
「……いい加減わかれよ。一人じゃ無理だ。皆を頼れよ。 ……おまえじゃベルゼ君には成れない」
厳しい表情の戎崎。
唇を噛みしめる。怒りの表情、それにくやしさが滲み出たようだ。
「……」
彼女は何を思っているのだろう?
いつまでも自分勝手な美愛に嫌気がさしたのか、それともかつての自分を彼女に重ねているのか。
しかしそんな彼女の視線など無視して、焦げた制服をパンパンと叩き、美愛が起き上がる。
「う~ん。もうちょっとでいけると思うんだよね」
「おまえ……」
へこたれない。
それどころかその瞳の狂気をさらに色濃くさせている。
神童。
美愛を評価する者がよく使用する言葉だ。
その若き才能を褒めたたえるようで、僅かな蔑みも含まれる。
一つに体格。
平均的な女子高生と変わらない。 鍛えてはいるが、あまり筋力トレーニングなどはしない。 純粋に剣を振って作り上げた体。
戎崎のような生まれ持った恵まれた体格は持っていない。理想の食事と現代トレーニングに支えられ将来を見越した体づくりを行わない。
美愛はいずれ越えられない壁にぶつかると、密かに蔑む。
一つに性格。
自己中心的で他人に興味はなく後輩の育成やコミュニケーション能力の欠如。
彼女を評価する多くの者からは高慢に見えたのだろう。
周囲とうまくやれない、孤立する存在。
いずれ彼女も平凡になる。
「あはっ。 もうちょっとやってみるね~」
だがそいつらは知らない。
『仙道 美愛』がただの剣術馬鹿であると。
底なしの向上心を持つ、生まれてくる時代を間違えた鬼武者であると。
だからこそ、彼女はこの変わった世界で適合する。
「……怖くないのかよ?」
「え? 何が?」
「……もういい。 こっちも勝手にやるからなッ!!」
「ええ!? なんで怒ってるのーー!?」
神童はまるで野原に咲く雑草のように何度踏まれても起き上がる。
泥くさく意地汚くただ強さを求めて。
「おまえばっかり――――楽しんでんじゃねえええよっ!!」
天才と呼ばれた少女が持っていた焦燥感。
美愛には成れない。
井の中の蛙は大海を知らない。
「どうしたのぉ!?」
しかし同じ井戸にいたはずなのに隣のカエルはずいぶんと飛び跳ねる。
青い空に恋焦がれて、いつまでも飛び跳ねる。
そのうちに、狭い井戸なんて飛び越えてしまいそうなほどに。
「こっちは――――てめえらの尻ぬぐいでストレス溜まってんだぁああああああああああッ!!」
魂の
「ごめんっ!?」
戎崎は薙刀を大きく左右に振るう。
大柄な彼女が振るう薙刀の軌跡はとても広くて大きく感じた。
縮こまるなんてらしくない。
「はっ! 攻めるぞっ」
美愛ほどではないが、彼女もまた
橙のオーラを纏い、戎崎が突き進む。
「栞がいないからな、かわりに露払いはしてやる。 ――――突っ込めッッ!!」
「ひゅう! エビちゃん、かっこいい!!」
「ちゃかすな!」
どのみち遠距離攻撃は敵に分がある。
籠城戦を試みても、敵には城門を破壊する怪物がいる。
ならば、この底なしの剣術馬鹿の神童にかける方が分があると、戎崎は判断した。
それにそのほうが楽しそうだ。
「はああっ!」
飛来する矢を叩き落し、地面に広がる紫の炎も薙刀の一振りで払う。
遠心力を利用した一撃が炎弾を切り裂く。
纏うオーラ、闘気に戎崎はコレかと理解する。
壁を超える。
余波で肌が熱を持つ。
しかしそれ以上に彼女の心は燃えている。
「ははっ、ベルゼ君みたいだよ?」
「うるせぇ!」
振るわれる薙刀がまるで盾のように美愛を守る。
長いリーチから繰り出される豪快な薙刀は敵の動きを止め、美愛が仕留める。
互いを良く知る者同士、限界を見極め回避のタイミングもあっている。
だてに長くケンカのような稽古をしていない。
息はぴったりだ。
(このまま、いけるか?)
希望が見えてくる。
二人なら数に負けない、と。
「エビちゃん」
「あ?」
「くるよっ!」
だがその淡い希望を打ち砕く、『絶望』はやってくる。
「っ!?」
「――――強そうッ!!」
戎崎の全身に悪寒からくる鳥肌が立つ。
目の前の怪物たちが左右に割れ、一体の怪物が現れたせいだ。
地面で揺れる紫の炎が『ボボボボボ』と、強く踊り狂う。
「……喜ぶなよ」
アンデットの重戦士。
巨大な大剣を軽々と肩に担ぎ、悠々と一歩ずつ進んでくる。
兜の隙間から見える瞳は紫炎を灯し、長い白髪の髭を揺らしている。
大剣を持たない片腕は分厚い装甲になっており、左右で非対称だった。
「だって……あはっ! アレを倒せたら、きっと強くなれるよッッ!」
明らかに他とは一線を画す、怪物の中の怪物が姿を現した。
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