二百八十五話:リョウVS大型ゴブリン
報告します、と二人の少女が声を張る。
「正門、アンデットの軍勢五百! 後続部隊が続いています!」
「旧裏門へゴブリンの軍勢数……千! 特殊大型個体を確認しました!」
広大な敷地をほこる『神鳴館女学院付属高校』。
いつ終わりが来るのか不安になるほど長大な塀は、もはやお嬢様の聖域を守る城壁のようである。
しかしその広大な敷地に対して入る門は二つしか存在しなかった。
そのうちの一つ裏門は完全に封鎖している。
「裏門か」
完全にとはいっても、他の塀部分に比べかなり強度は弱かった。
世界が変わった時に人に能力が与えられたように、建物にもまた不思議な能力は備わっていた。
不思議な力で強度は強くなり、自然に回復する。
あまりに破損が大きくなると、自分たちで修繕しないとダメなようである。
「裏門は任せてよ、春姉ちゃん」
「リョウ。 大型もいるようだけど大丈夫か? 美愛をつけようか?」
「大丈夫、僕に任せて!」
キリっとした僕っこ中性的イケメンショタに戎崎の背後に『キューーン!』と花が咲いた。
可愛いうえにイケメンでショタ。
今すぐお持ち帰りしたい症状をぐっと抑えて戎崎は『任せた』と送り出す。
「はぁほんと可愛い天使……」
「エビちゃん、顔から犯罪臭出てる」
「加齢臭みたいに言うな!」
戦いの前だというのに二人はいつも通りだった。
天才と神童。
才能に溢れる『神鳴館女学院付属高校』の中でも屈指の才能の持ち主。
「私は前に行くから、おじさんたちの面倒見てあげてよ~」
「おまえ……!」
こんな時でも単独先行かよ。
変わらない。
剣術馬鹿は一生馬鹿のままだ。
と思って美愛を睨みつけた戎崎だったが、震えていることに気づいた。
「武者震いが止まらない。 たぶん居るよ、強いの。 一応剣も教えたし、死なれるとご飯がマズイよね~」
「……」
少しは変わっただろうか?
いやその瞳に移る炎の輝きは彼女の心の内を現している。
変わっていない。
少しだけ仲間の範囲が広がったにすぎない。
「あんなのは教えたに入んないね。 ちゃんと教えてやれよ」
「えー?」
おじさんとは悲しい生き物だ。
美少女による剣の手ほどきと水浴びなどすればすっかり元気になる。
たとえ剣術馬鹿の鬼教官であったとしても、無防備な美少女に変わりはない。
「生き残れてたらね」
「おまえ……」
やはり狂っている。
「『仙道美愛』、いざッ――参る!」
剣狂いの神童。
自分よりだいぶ小柄な少女の背が大きく見える。
己の真名を呼ぶ。美愛のスイッチを入れるルーティン。
それだけで本質を開放する。
強い者を待ち望む口元は三日月に歪む。
「ふぅ……そろそろ限界だぞ? いつまでハネムーンに行ってるんだよ」
約一名を除いて、皆の体力的、精神的疲労は限界を迎えようとしていた。
新しく戦いに加わったヘラクレス隊も、サポートに回ってくれている人たちも、栞の指示がなく効率的に動けない生徒たちもみんな疲労のピークである。
そこにきて敵大軍の同時襲撃。
「帰ってきたら私は休むぞ、1週間。 うん、リョウと一緒に休むんだ!」
そう魂の叫びを上げ薙刀を取る。
「よーし! おまえらっ、コレが終わったら打ち上げだーー!!」
「「「おおっ!!」」」
姐御っ!と歓声が沸くのであった。
◇◆◇
急降下する影。
「ゴブ・即・斬!」
『小鳥遊 涼』の黒い羽根のようなフェザーダガーがゴブリンを切り裂く。
マチェットのようなククリナイフのような形状をしている。
物理と魔力をともなった斬撃である。
なかなかの切れ味をほこる。
「んっ、多いね!」
復讐の炎に瞳が爛々と輝く。
さらりとした黒髪が揺れ、黒い翼が広がる。
闇夜を自在に飛び交う機動力は、今や神駆よりも上かもしれない。
蝿のような俊敏な立体機動の神駆とことなり、緩急自在に停滞もできた。
円に教わった鳥居流小太刀術の動きも取り入れており、なかなかに多芸である。
懸念事項があるとすればそれは火力であろうか。
「『ブラックフェザー』!」
大型のゴブリンへと無数の黒い羽根が突き刺さる。
しかし意に介さず、大型ゴブリンは突き進む。
目指す先には裏門。
今は厳重に封鎖されており旧裏門と呼ばれている。
しかし他の塀に比べれば強度は幾段か落ちるだろう。
「くっそ!」
再生する。
突き立った羽根はポロリと落ち、傷口は見る見るうちに塞がっていく。
両腕は太く長い、地面を擦るように移動している。
ゴブリン特有の鷲鼻は太く太く、顔のほとんどを覆っている。
まるでトロールのような見た目のゴブリン。
「今度は壊させない!」
かつて『東雲銀座通り』のアーケードを破壊した大型ゴブリンを前に、リョウは果敢に接近戦を挑む。
しかしそれを狙っていたように、背に隠れていたゴブリンが投げ縄を放った。
「――――知ってるよッ!」
まるで予想していたように、急停止からの宙旋回をみせるリョウ。
ゴブリンたちの放った投げ縄は明後日の方向に飛んでいく。
『ブラックフェザー』が背のゴブリンたちに突き刺さる。
「ふぅ」
今回は芋虫のように網から這い出なくて済んだと安堵の溜息を吐く。
「さーて、どうしようか?」
ズン!ズン!と背にリョウを乗せたまま大型ゴブリンは進んでいく。
「なんなんだ、コイツ?」とリョウは思いながら、あまりにも太い首筋を見る。
フェザーダガーでは首を刈るのは難しいだろう。
切り裂いてもすぐに修復してしまいそうだ。
「リョウ様! 大丈夫ですか!?」
「うん! 大丈夫だよ!」
裏門側の指揮をとる『鳥居 円』が声を掛ける。
普段は目立たないように行動する彼女だが、栞不在のため致し方なくだ。
まぁ奇怪な言動と変態具合で目立ってはいるのだが、本人に自覚はない。
忍びたるもの忍んでこそを信条としているのだから。
彼女は強いお姉様たちのお世話を焼くのが大好きなのである。
最近はリョウのお世話ばかり焼いているので、少し噂になっているようであるが。
「そっちは大丈夫?」
「はい。数は多いですが、毒さえ気を付ければ敵ではありません」
このゴブリンたちの厄介なところに毒持ちの存在があった。
神駆がいうには毒というよりも呪いに近い。あと臭い。
中級状態異常ポーションと『木実ちゃんの元気水』で対応できる。臭いは対応できない。
「後はコイツをどうにかしないと……!」
裏門に取り付かれたらマズイ。
「リョウ様……」
リョウは目を瞑り焦る心を落ちつかせる。
周囲で戦う者たちの声が遠のいていく。
変わりに聞こえてくる。
羽をたたみ丸まって世界を拒絶した自分を連れ出してくれた人の高笑いする声を。
「はは、はははっ!」
「リョウ様っ!?」
突如狂ったように笑うリョウに驚く円。
それに周囲のゴブリンたちの注目を集め危険だ。
「離れてて、円! ――――はっはーー!!」
そう言って、リョウは漆黒の空へと消えていく。
高く高く。
厚い雲を貫いて。
「……綺麗だね」
空を覆っていた厚い雲を抜けると、煌めく空が見えた。
同じ漆黒でも星々は輝き印象はまったく異なる。
「できるかな?」
そう呟いて、落ちていく。
加速し回転しながら。
その最中、リョウは発生する風を『ブラックフェザー』へと変えていく。
自身で生み出せる最大数を超える、無数の『ブラックフェザー』がリョウの落下に追従する。
それはまるで、巨大な怪鳥。
「『八咫烏』」
巨大な黒い羽根で出来た怪鳥が、今にもその太い両腕を裏門に振るわんと振り上げた大型ゴブリンへと進撃する。
オオオオオオオ……
まるで滝に打たれたように、地面へと縫い付けられる大型ゴブリン。
無数のブラックフェザーに貫かれて体液が飛び散る。
驚異的な回復力が発揮される前に、ミンチへと生まれ変わった。
さすがにもんじゃ焼きからは復活できないようである。
大きな魔結晶を残して、煙となって消えていく。
「リョウ様!凄いですわ!」
ぴょんぴょんと跳ねる円のミニツインテが揺れている。
「はぁはぁ、ちょっと力を使い過ぎたぁ……」
「あわわ!?」
ふらふらと落下するリョウを小柄な円がキャッチする。
スキルの影響で筋力的には問題ない。
お姫様抱っことはいかなかったが、正面から受け止めた。
まだまだぁ。と戦う意思の衰えないリョウに、円は強く抱きしめて苦笑を隠すのだった。
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