二百八十一話:栞ちゃん無双キター!


 『金双斧メドドロン』は天を見上げる。


「雨の多い地だ」


 曇天の空。

 先ほどまでは晴れていたというのに、風は轟々と強まり激しい雨は打ち付けるように降っている。

 スコール……沖縄ではウチアミとも呼ばれる雨の降り方。 正確に言えばにわか雨を伴う強風だ。

 

「潤沢な水に豊富な餌」


 メドドロンは魔界での生まれ故郷を思い出す。

 その地は痩せていた。

 多くの危険生物が跋扈する魔境。

 めったに雨が降ることはなく、常に飢えていた。


「カリュドン……我はこの地で王となる」


 共に部族を率いて旅をした戦士を思い出す。

 もっとも立派な牙を持つ者。

 部族の戦闘に立ち戦線を切り開く金剛の猪武者。

 その黄金の輝きに、誰もが憧れを抱いた。


「お前は変わった……なぜ離反した我を殺しにこない?」


 黄金の輝きは失われた。

 残ったのは野心に呑まれた小賢しい王だ。

 かつてのお前なら、たとえ制約に阻まれようとも、先陣を切っていた。

 他の魔王にできて・・・、オークの魔王にできないはずがない。


 メドドロンは離反した。

 オークが、我が部族が臆病者でないと証明する為に。

 賛同する者たちを従えて大陸を縦断する。

 海を越えて理想の土地を見つけ出す。

 その侵略も残すところは僅かだ。

 しかし魔王の追手はこない。


「臆したか」


 認めない。

 そんな弱いお前は認めない。

 認めてはならない。

 

 

「雨が上がる、む?」


 突風は止み、雨が引いていく。

 本当に天候の変化が激しい。

 いつも先ほどまでが嘘のように晴れる。

 その光景を見るのをメドドロンは気に入っていた。

 

 しかし、曇天は晴れない。


「なぜ? ――――っ!」


 曇天の中に光が見えた。

 無数の煌めき。

 メドドロンが嫌な予感を覚えると同時、声が聞こえた。


『ロックオン……』


「敵襲ッッ!」


 敵影は見えない。

 けれど、たしかに、視られている。

 

『星河光天』


 光は降り注ぐ。

 寸分たがわず、駐留するオークの軍勢に。

 光星が堕ちる。


「――――――――」


 光の奔流に呑まれる。

 熱量さえ伴う暴風が辺りを支配する。

 曇天は晴れ、眩しさに瞑った瞼を上げると、周囲に居たはずの軍勢が壊滅していた。


「っガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 メドドロンは憤怒の形相で怒りの咆哮を上げ、背から双刃を抜き放つ。


「許さぬぞぁああああああ! 姿を見せろッッ!!」


 黄金の斧を両手に持ち駆けだした。




◇◆◇




 栞さん半端ねぇっす。


「敵部隊壊滅を確認。 首魁と精鋭部隊が突撃してきます」


 超長距離広範囲同時――狙撃っ!

 しかも空から光の矢で打ち抜くとか。

 かっこよすぎない?


「はわわ……」


「ほええ……」


 木実ちゃんとミサが口を開けて目の前の惨状を見ている。


「さすが栞ちゃんね!」


「素晴らしいです、アルコル様」


 玉木さんと瑞那さんが褒めたたえる。


「あ、ありがとうございます」


 栞は照れたようにお礼を言って、しかし敵から目を逸らすことはない。


 栞の一新された装備を見る。

 ガチャから出たRランクの衣装は、肩とおへそが露出した黒のベスト、首元までカバーされており光沢の無い金の装飾が施されている。

 タイトなズボンとロングブーツも色合いは一緒で、どこか暗殺者っぽいイメージである。 腰回りの前開きのひらひらのスカートみたいのがなければだが。

 そして一際異彩を放つのが、SSR『黒風蘿月』である。


「この弓のおかげです」


 まるで翼のような弓である。

 栞の背丈ほどもある長弓は彼女の髪と同じく濡れ羽色をしている。

 目立たない金の装飾もあって防具との色合いもいい感じだ。

 

「弓矢が無制限とは……反則的ですね」


 チャージは必要だが、魔法の矢を作り出してくれるようで継戦能力も飛躍的にアップした。

 近距離戦能力は皆無だ。 しかしそんなことはどうでもいいほどに、飛距離が向上している。


「狙います」


 栞が構えると魔法の矢が形成された。

 ギリギリギリと、構え続ければ魔法の矢がどんどん大きくなっていく。

 先端から魔力の揺らめきが迸っている。

 彼女が指を解き放てば、『ボッ』と打ち出され、戦闘を走る巨躯のオークの横を通り過ぎハイオークの脳天を穿った。

 

「一撃っ!?」


 顔の半分を消し飛ばされたハイオークは、走る勢いそのままに地面に勢いよく倒れ込む。

 俺がヴォルフライザー何度も斬りつけて倒すような相手を、ワンキルヘッドショット一撃である。

 スナイパー怖い。


 千里眼と併せればここに最強の芋スナ爆誕である。


「射線を切りますか」


 しかし今の一撃で場所がバレたようだ。

 大ボスが部下を守るように斧を構え突進してくる。 その大きな背に隠れるようにハイオークたちは追従する。


「逃しません」


 そう呟くと、栞の体がふわりと浮いた。

 

「「「浮いたー!?」」」


 長弓を横に構えたまま、栞が浮いていく。

 露出した肩部分から、いや肩甲骨あたりからだろうか、黒い光の粒子のような物が流れている。

 ボッ、と放たれた魔法の矢は大ボスの頭越しに追従する配下を貫く。

 しかもワンショットツーキルである。

 並んで追従していたことがあだになったようだ。


「栞ちゃん無双キター!」


 尻天から介抱してもらったミサが喜ぶ。

 しかし歓声を上げるのはミサだけではない。


「「「あぎじゃびよー!!(オーマイガー!!)」」」

 

 侵略を受け苦戦を強いられてきた原住民さんたち大歓喜である。


「露払いは済みました。 後は後方支援します!」


 後は戦闘を走る一際目立つ黄金の戦斧を持ったオーク。

 おそらくあれが『金双斧メドドロン』。

 炎の魔人に匹敵する威圧感。


「出る」


 ハネムーンに来ただけなのに、死闘の予感である。




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