二百七十六話:

 一時鳴りを潜めていた小鬼ゴブリンたちの襲撃がまた活発化している。

 東雲市街地での戦闘の影響も回復したのだろう。


「まってて……みんなの仇は絶対討つから」


 黒い翼は闇夜を駆ける。


「……発見」


 静かに溶け込むように滑り落ちる。


「ギ」


 三日月のような黒羽根のダガーはゴブリンたちを切り裂く。

 自由自在に空を舞う暗殺者はゴブリンを狩っていく。

 淡々とその瞳に復讐の焔を灯して。


「リョウ様、キレッキレですわ~」


 闇夜に紛れて追走する少女が一人。

 身軽に塀を飛び越え走り、音もなく屋根の上を渡っていく。

 まるで忍者、いやくノ一だ。

 独特の呼吸法で有翼人を追いかける。


「スゥ、ハッ、ハッ、スゥ、ハッ、スゥスゥ、ハッ」


 二重息吹と呼ばれる呼吸法だ。

 鳥居流忍術における基本的な持久力向上の呼吸法である。

 

(置いていかれないように、私も鍛えないとですわ) 


 明確な目標を持つリョウの成長は著しい。

 貪欲に技術を貪り己の物としている。

 『神鳴館女学院付属高校』の誇るスポーツ特待生たちですら目を見開く成長スピードだ。

 その才能に、そのひたむきな姿勢に、その中性的なイケメンに心を討たれついつい手取り足取り教えてしまうお姉様たちが続出している。


 『小鳥遊 涼』……お嬢様こましレディーキラーとして名をはせるのもそう遠くない。


「円……暗いね」


「はい?」


 一瞬何を言われたのかわからなかったが、続く言葉に納得した。


「栞がいないだけで、真っ暗闇にいる気分だよ」


「……そうですわね」


 事実、真っ暗である。

 街灯の明かりは無く、月の明かりも深い闇に呑み込まれている。

 闇夜を見通す目を持つ魔物の有利な世界。

 暗視スキルを持つ二人でも視界は狭まり心は蝕まれていく。


「早く帰ってきて欲しいけど、ゆっくりもしてほしい~~」


「ふふ、そうですわね」


 栞の声は光だ。

 凛とした強い意思をのせて皆に届かせる希望の声。

 まるで漆黒の海を照らす灯台のようだ。


「明るくなってきたね……」


「はい……」


 アンデットの襲撃が終わる。

 それと同時にゴブリンたちの気配も薄れていく。

 だが油断はできない。 やつらは狡猾だ。 周囲の建物に隠れ奇襲を仕掛けてくるかもしれない。

 

「二人ともお疲れ様! 交代するよー!」


 お嬢様学校では見回りは班ごとのシフト制だ。

 各人の能力で班を決め的確に割り振られている。

 本人の希望も通るが基本的にはスキル獲得に必要な魂魄量の違いが目安になっている。

 得意な物、才がある物は必要量が少ない。 またレアなスキルが獲得候補に挙がっている場合もある。

 それらを栞は調べ班編成へと活かしている。


「ドロップアイテムを預けに行ったら食事にしましょうか? それとも先にお風呂にしますか?」


「う~ん、結構汗掻いちゃったよね。 でもお腹も空いてる~」


「ふふ、わたくしもですわ」


 二人が正門へと戻ってくると、アンデットの群れが揺れていた。


「え」

 

 いや違った、ただの動く疲弊しきった男たちだ。

 顔色は悪いが死んではいない。 一晩中武装して動き回った為か動きが鈍い。 それに疲労の、筋肉痛のピークでもあるだろう。 足取りは重くゾンビのようである。


「うわぁ、大丈夫っみんな?」


「鳥の人……問題ないとも。 いつもありがとう」


 ぞろぞろと移動していく男たち。

 今にも手に持つ武器を落としそうだ。


「今が一番キツイだろうな」


「春姉ちゃん」


「幸いスキルのおかげで成長を実感できる。 ま、あと数日乗り切れればなんとかなるだろ?」


「うん、きっと大丈夫だと思う」


 目は死んでいなかった。

 強い意思を感じる瞳だったからきっと大丈夫。 そうリョウは思うのだった。



「ぷぅ! 気持ちイー!」


 バシャーっと水のぶちまけられる音と共に少女の快活な声が聞こえた。


 ピタリと、ゾンビの群れが足を止める。


「あっ――おじさんたち!」


 こ、殺されるっ!?


 目の前には薄着で水浴びをする少女。

 ピタリと張り付いた衣服。

 冷水をあびたからだろう突起する胸元。

 ついさっきまでゾンビどもを殺戮し続けていたツインテールの少女の瞳がこちらを射抜く。


(((ひぃぃーー!!)))


 声にならない声を上げて男たちは後ずさる。


 ヒュン、と風を切るを音がした。


「こう、わかるかな? こうっ! ブンじゃなくてね? ヒュンなの、理想はヒュ、だけどね!」


「は、はぁ……?」


 怒っていない?

 水浴びを覗いてしまったのに?

 いやそもそもここは男子用に作ってもらった場所のはずだ。


「おじさんたちも水浴びしなよー! 気持ちいいよ?」


 薄明りの中、少女は橙色に輝いていた。

 バシャバシャと水をかけ気持ちよさそうに天を仰ぐ。

 無邪気で生命力に溢れるその立ち姿に、ゾンビたちは見惚れたように立ち尽くす。


「わからないことあったら聞いてね? いつでもバシバシ鍛えるよー!」


「あ、ああ。 ありがとう」


 ニッ、と笑って少女は去っていく。

 その背中はブレることのない、一本の大木が生えているようだった。


「……若いっていいですな」


「……私たち、でも」


 成れるのだろうか? その先の言葉は、まだ続かない。

 ただただ手に持つ武器を強く握りしめた。



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