二百七十三話:『黒風蘿月』


 意外とドハマりした彼女。


「ああっ、また白です……」


 ガラガラと音を立てる筐体。

 ガコンと排出されたのは白いカプセルだった。


(あまりラック値が高くないのかも……)


 超甘々設定のガチャなのだが。

 最高ランクをSSRにしているせいか少し当たりが渋いのもあるか。

 SSRは0.002%。

 サイコロを6回振って全て同じ数字が出る確率と一緒だ。

 そう考えると俺って運が良い。

 普段はそうでもないけど、ガチャ運は強いらしい。

 でもやっぱり俺にも波はある。


 木実ちゃんと一緒の時のほうが運がいい気がする。

 

「わっ、見てくださいシンクさん! 青です!!」


 レアではしゃぐ栞が可愛い。


 初回のレア当たり率アップで出した青の輝きを思い出したのだろう。

 それ以降、白と緑しか出てなかったからね。

 ガチャの筐体はファニーな物に。

 商品も下着やルームウェア、それにリョウに頼まれた石鹸なんかも入れてる。

 ハウジングガチャの白からでるハズレアイテムだがこちらでは緑からでるようだ。

 

「衣装ですね!」


 そういえば京極さんの青カプからも衣装が出てたな。

 出やすいのだろうか。


「……ちょっとセクシー、じゃないですか?」


「……」


 おへそ出ちゃうね。

 でもカッコイイと思うけど。

 光沢感のある黒のノースリーブっぽいベスト。

 おへその前あたりが開いている。

 通気性の良さそうなズボンがまた大人っぽいような、ベルトから前開きのスカートがひらひらしていてちょっと可愛い感じもある。


「う~ん、ファッションは難しいです」


 難しいよね。

 ガチャは割と上下のセット装備で出るからありがたい。

 ルームウェアとかもセットだし。

 夏はジーパンに白シャツで十分だよ。


「全然当たらない……なのに楽しい……やはりギャンブルは危険ですね?」


 目指すはSSR『黒風蘿月』。

 

 弓使いである栞に引いて欲しい弓装備だ。

 ガチャの筐体にPOP表示された『黒風蘿月』を見ながら栞が呟く。

 そうなのだ。

 当たればもちろん嬉しいが、ハズレでも楽しいのがガチャの怖いところ。

 演出なんかも派手で盛り上げる工夫も凝らされている。


「ふふ、ハズレでも必需品がでるならいいと思います。 私たちの領地にも設置しますか?」


 あまり乗り気じゃなかったのにどうしたのだろうか?

 ガチャの魅力にはまった、ガチャ沼に沈んでしまったか。


「だって、私が引いてるのを見るシンクさん、とっても楽しそうでしたよ?」


「ぬ……」


 それは……はしゃいでいる栞が可愛かっただけでゴニョゴニョ。

 俺の微妙な表情に微笑む彼女の表情は明るかった。

 年相応の、普通の女子高生の笑みだ。


「今日は本当に楽しかったです。 ……私、帰らないと」


 どうしたのだろうか?

 お泊りセットならいらない。 監禁王の洋館にはいっぱいあるので大丈夫ですよ。


「夜も遅くなります。 そろそろ……厳しい頃だと思いますから」


 栞がいないと、か。

 それはどうなんだろうね。

 戦場を常に俯瞰できる栞の能力は強力だ。

 圧倒的な情報量を処理して最適な作戦を伝える念話能力も。

 しかも、超長距離射撃による援護までできるのだとか。

 

 それに加えて領地の内政までこなすとか、働きすぎだろう。


「あぅ」


 彼女の頭を撫でる。

 さらさらの艶やかな黒髪。

 照れたように小さく呻く。


「え?」


 彼女の細い手首に『ウロボロスカフ』を片方嵌めて、もう片方を俺に付ける。

 

「し、シンクさん!?」


 帰したくない。


「帰さない」


「ぁっ」


 お嬢様学校はツインテに任せたので大丈夫だろう。

 リョウとか薙刀使いのお姉さんとかもいるし。


「栞」


「ひゃい」


 お姫様抱っこで運んでいく。


「帰さない」


「っ~~!」


 耳元で囁き宣言する。


「離さない」


 顔を真っ赤にするお嬢様は俺の胸元に顔を埋めて、困ったように泣き笑うのだった。




◇◆◇




 夏の夜風にツインテールが靡く。


「痛い……」


「どうしたの美愛?」


「ペンダコ……痛い」

 

 いつもの戦闘前と違い、美愛に元気がなかった。

 常なら押し寄せてくる怪物を前に目をギラつかせて刀を振るっているのに。

 今はなんだかショボショボする赤い目に、慣れないボールペンを使ったせいでできたペンダコに苦戦していた。

 柔軟な体捌きと繊細な刀のコントロールを得意とする美愛。

 剣を持つ手に違和感を感じて顔を顰める。


「いやぁ、緊張しますな」


「ああ、いつも彼女たちはこんな緊張の中で戦ってたのか?」


 お嬢様学校の大きな城門の前で、いつもとは違った面々が整列していた。

 その顔はどこか不安げであり、装備も真新しい。

 

「ふぅ、ふぅ……」


 闇が広がってくる。

 それは比喩的な表現ではなく、アンデットの侵攻と共に実際に空の闇が濃くなっているのだ。

 また風もどこか重く息苦しさを持つようになってきた。


「黒い個体は私たちが相手をする! 皆さんは通常のゾンビとスケルトンを相手してくれ!」


「作戦通りにいきましょう! 必ず班で戦ってくださいね!」


 武器を持つ手が震えていた。

 ガチガチと歯の当たる音が聞こえる。

 自分だけではない。

 周囲にいる者たちの音も合わさってより大きく聞こえた。


「ひゃー、おじさんたち大丈夫? 無理しないほうがいいよぉ、死んじゃうよぉ?」


 領主代行であるツインテの美少女が、発破をかける。

 決して煽っているわけでも馬鹿にしているわけでもない。

 ただただ事実を、その狂気を宿した瞳が語っている。


「はー! フラストレーション溜まってるから、強いの来て欲しいなぁ~!」


 やめてくれ。

 新兵たちの願いは叶わず、黒い個体の数がいつもより多い。


「ちっ。 外周班は大丈夫か?」


 戎崎の苛立ちが伝わってくる。

 情報が無い。

 いつもであれば栞の念話が入り情報と共に作戦が告げられる。

 どうすればいいのかを考える必要はなかった。

 しかし今は情報が無い中で、的確な判断を下し実行しなければいけない。


「春姉ちゃん! 外は僕が見るから、正面に集中して!」


「リョウ! 愛してるぞ!」


「ええ!?」


 羽っ? 飛んでる!? とリョウを初めて見る者たちは少し驚くが、怪物と開戦を知らせる声にそれどころではなくなった。


「つ!散開ッ!」


 紫色をした揺らめきが空に光った。


 生徒たちの反応は早く、降り注ぐ火矢を回避する。

 後方に待機していた新兵たちには届かなかったが、動けなかった事実に肝を冷やす。


「遠距離攻撃かよ」


 突き立った火矢。

 アスファルトの地面の上で紫の炎が躍っている。

 あまり熱さは感じないが、どう考えても触らないほうがいいだろう。


「んー! 栞ちゃんがいたら狙撃してもらえるのにーー!!」


「かなり遠くからだな……こっちの魔法は届かないが、弓はいけるか!?」


 アルテミス隊の少女たちが弓を構えるが首を横に振る。

 射程外だ。

 相手のほうが射程が長いというよりも、そもそも向こうは人に当てる気がないのかもしれない。 地面に突き立てれば良いのだから。


「道を拓くよ! 仙道美愛ッ、いざ参る!」


 領主代行が先陣を切る。

 後方指揮官というよりも先陣を行く将軍タイプなので仕方がない。


「ったく! ヘラクレス隊! 無茶せずに、頑張れ!」


 ヘラクレス隊は新兵たち、生徒たち以外の有志の人たちだ。

 彼らは日々の生活の中で時間があれば特訓をしいつでも戦いに臨める準備をしていた。 戦い傷つく彼女たちを見て、いてもたってもいられなくなった人たちである。 誰だって自分たちの為に人が傷ついていくのは嫌なのだ。 それが自分よりも年下の少女たちであればなおさらだ。


「くっ……」


 戦いの準備は心構えは出来ているつもりだった。

 しかし実際の戦闘を前にすれば脚はすくみ手が震える。

 怪物を前に隠れ逃げ出した記憶が鮮明に蘇ってきた。


「い、いくぞ!」


「っおお!」


 しかし目の前で戦う少女たちを前に、かつての記憶を蹴り飛ばす。

 俺たちだってやれる!

 男の意地があるのだと、決起する。


「「うおおおおおおおおお!」」


 白い骨を吹き飛ばし、腐った肉を切り飛ばす。

 反撃をくらい吹き飛ばされても、仲間がカバーに入る。

 決して一人で戦わない。

 班での戦いを徹底するように言われているから。



「はぁはぁはぁ」


 体が重い。

 腕が上がらない。

 息ができない。

 

 一体この戦いはいつまで続くのか?


 空が明るくなっていく。

 へとへとで動けなくなったヘラクレス隊が城門の前でへたりこんでいると、ツインテの美少女が清々しい笑みで帰ってきた。


「嗚呼……やっぱ体動かしてるほうがいいよぉ……栞ちゃん早く帰ってきてぇ……」


 彼女の体から湯気のような、オーラが噴出している。

 チラリとヘラクレス隊を窺ったツインテは何も言わずに去っていく。


「ダメだな、アイツ」


 栞であればヘラクレス隊の面々に労いの言葉を掛けただろう。

 「頑張りましたね」とか言えないのかと、まったく想像できない美愛の姿に苦笑する戎崎。


「おーい! 頑張ったな! 体洗って飯にしようぜ!!」


 神童様の尻ぬぐいはいつものことかと、諦めたように薙刀部部長は新兵を労うのだった。






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