二百七十二話:


 はたして今突然にパソコンも電話も使用することが出来なくなったら、会社はまともに運営できるだろうか?


 答えは否だ。


「まって、まって、そんなにいっぱい言われてもわかんないよーー!?」


 【千里眼】を持ち超広範囲への念話を可能とした『一ノ瀬 栞』。

 彼女の不在はまさにその状況に似ている。

 

「やること多すぎっ!?」


 まず書類の量が倍増した。

 手書きの手紙のような報告書は読みづらくかさばる。 しかし明瞭な報告書を書いたことがない学生たちなのだから仕方がない。 

 情報の伝達も手間が掛かる。

 電話も念話もないのだから、わざわざ出向かなければならない。

 1日は24時間しかないのだ。

 1秒の無駄は睡眠時間を削る。 そのことにまだツインテは気づかない。


「甘い物! 甘い物が食べたいです、伊織さん!!」


「休憩にはまだ早いです、美愛お嬢様」


「ええっ!? 栞ちゃんにはよく甘いの出してたじゃないですかー!?」


「栞お嬢様は仕事を終えてましたので。 頑張り過ぎないように、休憩して頂いてたのですよ」


「甘やかしてぇーー!?」


 まだ始まったばかりだというのに泣き言を叫ぶツインテの手が止まり持っていたボールペンが落ちる。


「痛たた……」


「大丈夫ですか?」


「指ツったぁ……」


 慣れない筋肉を酷使したせいだろう。

 スポーツ特待生である彼女はほぼ勉強などしない。

 まして騒動があってからは剣を振るってばかり、ボールペンを扱う筋肉など赤子も同様。


「ふぇぇぇぇ! 栞ちゃん早く帰ってきてーー!?」


「口よりもペンを動かしてくださいませ、お嬢様」


「伊織さんが厳しい!?」




 『戎崎 春子』は机に広げた地図を見ながら呟く。


「栞と馬鹿がいないとなると、人手が足りないな」


 ポスターサイズの手製の地図。

 それは栞の手製の物であり、縦と横に数字とアルファベットが書かれている。 大きな将棋盤のような物で、わかりやすく場所を伝えることができる。

 生徒たちもA4サイズ程度のものを携帯している。


「まぁ、いずれはと思っていたけどな。 いい機会か……」


 栞の能力による周辺地域の偵察ができない以上、人海戦術でいくしかない。

 対アンデットの防衛、ゴブリンの奇襲対策、その他の異変がないかの見回り。 東雲東高校であった人による襲撃も、天海防衛ライン側での出来事も決して対岸の火事と思ってはいけない。


「混ぜる方がいいか? それとも別部隊にするか……」


 お嬢様学校へと避難してきた人たち。

 近くの住人たちは自ら来た者もいるが、栞が救出部隊を送り孤立していた人たちを助け出したパターンも多かった。

 そんな人たちの中でも防衛に協力したいと申し出てくれた者たちもいた。

 しかし栞は断った。

 

「門の防衛に混ぜるほうが無難か?」


 怖かったのだ。

 

 千里眼を通して見てしまった・・・・・・、あらゆる出来事が彼女の心に壁を作った。 生徒たちと避難してきた人たちの間に壁を作ってしまった。 


 唇を噛み締め拳を握り、生徒たちが戦う光景を見続ける。

 その中に、地獄から逃げのびて来た人たちをまた死地に放り込む。

 それが栞にはできなかった。


 そこにまで責任・・を持つことはできなかった。


「ま……なんとかするかねぇ、しょうがない」


 戎崎は今はどこにいるかもわからない、心配症で臆病で強がりな親友に呟く。


「誰もお前に責任なんか持ってほしくないんだよ。 もっと気楽に生きろ……ま、旦那様に期待かな?」


 帰ってきたらどんな顔をしているんだろうか?

 盛大にからかってやろうと、彼女は心に決めた。




◇◆◇




 視界の先に砂丘が広がっている。


「開放感が凄いですね!」


 今年の夏休みはオーストラリアに行く予定だったらしい。

 その中でもランセリン砂丘と呼ばれる真っ白い砂漠に行く予定だったとか。

 残念ながらオーストラリアは無理なので、鳥取砂丘へとやって来た。

 茶色い砂であるが、なかなかの絶景だ。 いつかはオーストラリアに連れていきたいな。


「あ、ありがとうございます」


 日差しが強いので麦わら帽子をかぶせる。

 周囲に敵の気配は感じられない。

 足跡も俺たち二人分しか残っていない。


「「……」」


 少し寂しさを感じる砂漠を歩いていく。

 『馬の背』と呼ばれる丘に向かって歩いていく。

 近づいてみると思ったより高い丘だった。


「わぁ……」


 まるで砂の断崖。

 登ってみますか。

 ゆっくりと一歩一歩踏みしめて進んでいく。

 風の音が強くなっていく。

 

「んっ……!」


 頂上へと登ると強い風で麦わら帽子が飛んでいく。

 

「ありがとうございます、シンクさん」


 宙でキャッチして栞の頭に戻す。

 

「綺麗ですね……」


 砂丘の上から眺める日本海。

 うん、この絶景は沖縄の海にも負けてないな。

 視界一面に大海原が広がっている。


「ああ……綺麗……」


 真っ直ぐ前を見つめる瞳には、海と空しか映らない。


「……」


 栞が満足するまで、彼女の肩を抱いて一緒に海を見た。




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