二百七十話:

 狂気が渦巻いている。


「口を割ったか?」


 もし目に見ることができたなら、禍々しくドロドロと体にへばりつく汚泥のようなソレに吐き気を催しただろう。

 人の心の奥底に眠るソレは、どっぷりと足元から人々を吞み込んでいた。


「いえ、『誤解であります』とだけ」


「……なかなか強情だな」


 表情を硬くした京極の机を指先で叩く音が響く。

 一つ息を吐き、表情を緩めた。

 続けろ、とだけ発し話題を変える。


「『空飛ぶバイク』、その情報にどれほどの価値があるのかと思っていたが、なるほどな……。 英雄殿・・・の強さの秘密か」


 『鬼頭 神駆』の異常な強さ。

 初めての邂逅以来、積極的なコンタクトこそ避けてはいたが、情報収集は怠らなかった。 あの凶悪な笑顔、手を破壊しようとした握手。 京極の脳に浮かんだ、過去の記憶。 あらゆる警報が『鬼頭 神駆』をマークせよと鳴り響いたからだ。

 知れば知るほど、人外の強さであることがわかっただけなのだが。

 その中でも武装は飛びぬけて目立っていた。

 【猫の手】でも手に入らないような、宙を漆黒の粒子をまき散らしながら疾駆し、奇怪な音を発するグレートソードを自在に操り、漆黒の斬撃を生み出すと。 

 もはや冗談としか思えない調査結果であった。

 しかしその彼の強さの秘密……ルーツを手に入れた。


「我々にもあの強さが手に入る。 ……ならば、中央などと手を組む必要もないか?」


「……」


 机の上に山積みになった書類を投げ捨てるのと同時に、政府を見限った京極であったが、思いがけない方法でのコンタクトがあったのだ。

 独立独歩を決めた矢先のことである。

 曰く、東京を中心とする沿岸部に人類最後の希望の地があると、身命を賭して人類の為に働けと。


 ふざけるな! と京極は憤った。 


 いまさら何を言っているのか?

 真理政府などと名乗る怪しげな集団に魂を捧げたつもりはない。

 しかし現状八方塞がりであるのも事実。

 向こうがこちらをなにか利用するつもりなら、こちらもまた奴らを利用すればいい。

 そのためには情報が必要だった。

 相手に心を許させる成果も。

 そして相手が求めていたのは『空飛ぶバイク』とその所有者の情報だった。

 

「いや、ああ、そうか。 ならば、まだ利用価値はあるな?」


「ええ、友好的に、いきましょう」


 コンコン。


 指令室のドアをノックする音が響く。


「失礼します。 ……報告書、それに魔石と素材をお持ちいたしました」


「ああ、ご苦労。 そこに置いてくれ」


 若い隊員は物を置くと部屋を見渡し去っていく。

 その表情は不思議そうだった。

 

「さて、では実験を開始するか」


 呟いた京極は一人、ガチャを回すのだった。




◇◆◇




「領地化……成功しましたね」


 『神鳴館女学院付属高校』。

 超お嬢様学校であるその敷地は広い。

 公立高校である東雲東高校とは雲泥の差である。

 とくにその外壁はいつ終わるのかわからないほどに長大なのである。

 ゆえに、魔物からの侵略では苦労させれた。

 『一ノ瀬 栞』の千里眼の能力がなければゴブリンたちの侵入を許したかもしれない。 やつらは姑息で卑怯な手を使う。 建物内部での待ち伏せや道具を使って壁を乗り越えてくることもある。


「領主メニュー」


 敷地中央にある時計塔。

 お嬢様学校の名物ともいえるその場所に、エメラルドの魔結晶が浮かんでいた。

 人が住むことを想定した建物ではない為、現在は物資の保管庫として使用されているそこは警備もしっかりとしており、領地のコアを置くのに都合が良かった。


「防衛強化を最優先に城壁の建築、神殿もしくは神社が次ですか? ……なるほど、バフとジョブの為にと。 しかし、信仰心が足りていないですか……」


 栞は少し落ち込んだ。

 神殿系統を建築した際に得られる恩恵。 それは信仰心に依存する。

 信仰心とは何か?

 東雲東高校で言えば、木実の天之水神姫アマミク様信仰や玉木さんのママノエ教団、服部領主の人気などによる、領民の幸福度の現れといっても良い。

 どれだけその領地に対して領民が信仰を捧げているのか?

 その形はなんでも良いようである。

 

「……」


 栞が圧政を敷いていた……なんてことはない。

 しかしどこか距離を置いて、避難民の人たちと接していたことは間違いないなかった。

 自分よりも年上の人間も多く、男性も多かった。

 治安を守る為非情な命令を下さなければいけない、たとえ恨まれると分かっていても。 普通だったら嫌だ。 見ず知らずの人であっても嫌われたくはない。 しかし上に立つ者にはやらなければいけないのだ。

 そして『一ノ瀬 栞』はそれができる人であった。


「堪えますね……」


 だからといって傷つかない人はいない。

 目の前に数値として顕わになるとなおさら堪えるものだ。

 無意識に左手の薬指をさする。


「シンクさん……」


 そこにあった冷たい感触が、栞の心を熱くしてくれる。

 

「会いたいです……」


 たとえどれだけ離れていようと、スキルなど使わなくても、その想いは届く。


 その夜、ブラックダイヤモンドのついた鍵を持ち神駆が会いに来るのだった。

 

 

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