二百五十三話:ワンワンパニック 完 ~~神駆、死す!?~~


 振り下ろされる炎拳。


「ア゛ーー!」


 三メートル以上はある炎群の魔人。

 振り下ろされた炎拳が地面と衝突するたび、激しい熱波ヒートウェブが巻き起こる。 

 炎の波を無理やり突き破り大鎌を振るう。


「くそっ!」


 クリムゾンデスサイズの鋭い一撃。

 しかし刈り取った炎の体はすぐに再生される。

 大鎌を持つ手が熱い。

 『ブラックホーンナイト』が悲鳴を上げる前に、生身の体がおかしくなりそうだ。


「シンクくん!」


「っ!」


 炎拳を振り下ろしながら炎群の魔人は突き進む。

 木実ちゃんたちに手を向け『待て!』と指示を出す。

 アイコンタクトと仕草で意図は伝わる。

 だてにパーティプレイはしてきていない。

 いま彼女たちに炎群の魔人のヘイトが向くと危険だ。


「はぁっ!」


 『ブラックホーンリア』を起動させ立体軌道を使い斬り刻む。

 しかしすぐに炎が巻き起こり元の形を取り戻す。

 繰り返しだ。

 どうすればいい?

 もし統括がいれば凍らせて斬り刻めたのに。


「ア゛ッア゛ッア゛ア゛ア゛ア゛ッーー!」


「――――ぐっ!?」


「ギャウ!?」


 炎群の魔人を野犬の方へ誘導する。

 しかし止まらない。

 響き渡る悲鳴。

 阿鼻叫喚の炎獄ワンワンパニック

 吹き荒れる炎の渦は野犬を呑み込んでいく。


(どうすれば倒せる!?)


 焦りはミスを生む。

 背後から強襲してきた魔物に気づくのが遅れる。


「グルゥア!!」


「ぐぅう!?」


 怪物の爪牙が『ブラックホーンナイト』を突き抜けた。

 わき腹の後ろに熱い痛みを感じる。

 激痛に歯を食いしばり、大鎌を振るう。

 木実ちゃんたちの合体魔法『水精蛇ミズチ』で瀕死だった太腕の野犬はそれだけで倒せた。 しかし致命的な隙を、炎群の魔人にさらしてしまった。


「ア゛ッ! ア゛ッ! ア゛ッア゛ッ!!」


 左右の炎拳が振り下ろされ続ける。

 愉悦を帯びたような声とも言えない音を立てながら。

 『エポノセロス』の障壁が消え去る。

 猛烈な熱波に鎧の穴から熱が一気に伝わってくる。

 

「くあっ」


 フルフェイスでガードされていた喉が焼ける。

 視界が歪む。

 地面に片膝をつく。

 終わることない圧力に立てない。

 酸素が……。

 炎拳は周囲の酸素を燃やし尽くす。


「「――――『水精蛇』ミズチッ!」」


 真っ赤に染まっていた視界を白い蒸気が埋め尽くす。

 左右の連打のテンポが崩れた。

 

――――脱出!


「――――すっうぅ――――はぁぁ……」


 フルフェイスを解除し深呼吸。

 

>>>SSR【エポノセロス】の損耗率が一定に達した為、装備解除されます。 修復が完了するまで装備はできません。


 左手にあったエポノセロスが淡い光となって俺の体に吸収されていく。

 水蒸気が風に流れていく。

 『水精蛇』ミズチの起こした気流。


「――」


 そして見えたのは炎群の魔人が炎拳を横に構える姿。

 それは俺には射手が弓を引く動作に思えた。

 狙う先は、俺ではない。

 その片腕を吹き飛ばした、俺の大切な女性たち


「――――はぁぁ!」


 射線へと踊りでる。

 斬り裂いても止まるかわからない。

 これしか方法はない。

 天へと『クリムゾンデスサイズ』を向ける。

 構えをとる俺の前に禍々しい障壁が展開された。

 この障壁なら防げるはず!


「ぁぁぁぁ!」


 腰を落とし大地を踏みしめ最強の一撃を放つ土台を作る。

 そして屠る敵を射抜く――――。


「ッ!?」


 嗤った!?

 模る炎の群れが嘲笑を浮かべていた。

 そして弓と感じた炎拳の形が変化する。

 それは槍。

 

 歪な形をした炎槍だった。


 螺旋を描く黒曜石のような穂先。

 中心に核となる炎を宿す大剣のような炎槍。

 直感する。

 それが、コイツのコアだと。


(ヤバイッ!?)

 

 周囲からエネルギーを吸収し続けるクリムゾンデスサイズ。

 放てない。

 ここにきて、制御できない甘さが――――


『******!』

 

 視界を埋め尽くす灼熱。

 そして聞こえる絶望の音。

 俺の攻撃を簡単に防いだ死神の障壁は、炎群の魔人の炎槍の前にはあまりに無力だった。

 おかしい。理不尽だ。そんなやわな障壁じゃない。ウソだ。

 しかし障壁を破り突き立った炎槍から紅蓮の炎が解き放たれる。


「あっ――――がぁあああああああああああああああああ!?」


 

>>>SSR【ブラックホーンナイト】の損耗率が一定に達した為、装備解除されます。 修復が完了するまで装備はできません。


 燃える。


>>>SSR【ブラックホーンリア】の損耗率が一定に達した為、装備解除されます。 修復が完了するまで装備はできません。


 燃え尽きる。

 俺を支え続けてきてくれたガチャアイテムたちが次々に装備解除さていく。

 

「……」

 

 肌を焼く音も臭いも聞こえなくなった。

 魂ごと燃やし尽くされそうだ。

 終わり……なのか?

 俺が死んだら、みんなはどうなる……動けっ。

 だけど……もうだめ、なのか?

 見えなくなった視界に光が差した気がした。

 それは月の光のようだった。


「シンッ、く、くん!」


 幻聴が聞こえた。

 聞こえるはずがない。

 でも感じる。


「がんばれっ、わたしがっ、――支えるよッ!」

 

「ッ!?」


 飛びかけていた意識が戻る。

 そして感じる。

 彼女の存在を。

 俺の崩れかけた背中を支えてくれる柔らかい温もりをッ!


「――――いっけぇええええええええええええええっっ!!」


 絶対に護る。

 最後まで立っていたその意思を貫けッ!


「――――ッアッッ!!」


 大地を踏みしめ、天を衝く大鎌を振るう。



「『クリムゾンストライク』」



 『バカなぁ……』と炎槍から聞こえた気がした。怨嗟の声は絡みつくように身を焦がす。

 全てを刈り取る漆黒の斬撃は、広範囲に死の一撃をもたらした。

 あらゆる生命に死を。

 あれだけ斬り刻んでも復活した炎群の魔人の存在を、感じなくなった。


「あっ、わわ、シンクくん!?」


 指一本動かせない。

 俺は前のめりに倒れ込む。

 最後の一撃を放ったことで、強制されていたものがなくなったからだろう。

 体中の感覚がない。 未だ火傷はあるはずなのに。 その焼かれるような痛みもないのだ。

 ちょっと本気でマズいかも……。


 死ぬ?


「シンクくんっ! シンクっくんっ!!」


 水、ポーションかな、木実ちゃんの魔法も使ってくれているみたいだけど、効果がない? 

 ああ、最後に声が聞こえただけでもよかったかな。

 泣かせてしまったみたいだけど。

 よく見えない。

 最後にいつもの天使スマイルがみたいよ、木実ちゃん。


「ダイ……スキ……」


「えっ、……なんでっ!? なんで今、そんなこと、言うの!!」


「ずっと……」


 ずっと大好きだよ、木実ちゃん。

 

 もし世界がこんな風にならなければ、きっと喋ることもできなかった。

 長いようで短かった今までを思い出す。

 走馬灯ってやつだろう。


 んーでも、みんなのことしか思い出さないから違うか。


 ただの、楽しい思い出だ。


「嫌だよ! もっと、ずっとっ、一生一緒にいるんだから!」


「……」


 はは、幸せだ。

 口下手でも無口キャラでも構わない。

 どうか次の人生でも、君を護れますように……。




◇◆◇




 嫌だ!


「どうしてっ!?」


 ポーションも回復魔法も効かない。

 このままじゃシンクくんが死んじゃう!


「シンクくん……」


 目を開けてよ……。

 

「木実っ!? シンクは!?」


「ミサちゃん……」


 溢れる涙で彼女の顔がみえない。

 でも悲痛な声でシンクくんを揺さぶってる。


「おきなさいよぉおおお!!」


「み、みさちゃん!?」


「ばかっシンクーーーーーー!!」


 叩いちゃダメだよ!?

 あっ、でもシンク君が「うっ……」って動いた!

 まだ生きてるよッ!


「っはぁっ、この、はっあっ、このみっ、っぅ、火傷かいひょ!」


「葵ちゃん!」


 息を切らせて走って来た葵ちゃんが訴える。

 シンクくんは全身に火傷を覆っている。

 まず火傷治療しないと! 動転しててダメだ、落ち着け私!


「えっ!?」


 中級の状態異常回復ポーション。

 キラキラと垂らしたそれがシンクくんの火傷を治療する。

 だけど、すぐまたジクジクと火傷が復活する。


「どうして……」


「呪い」


「玉木さん!?」


 遠くから走って来た玉木さんが蒼い顔で呟く。


「精霊が……教えてくれる……」


 綺麗な顔を両手で覆う。

 大粒の涙が零れ落ちてくる。

 呪い? たしかに何かがシンクくんに絡みつくような感覚がある。


「もうダメだって……嫌だよ……」


 崩れ落ちて泣く玉木さんにいつものような覇気は無かった。

 ただの女性が震えて泣いている。

 

「大丈夫です! 諦めないでっ、玉木さん!」


「木実ちゃん……」


「私がっ、絶対に治します!」


 いつも助けてくれた。

 私たちを守ってくれたシンクくん。

 今度は私が絶対に助けてみせるからっ!


「『聖女の祝福』、神聖魔法……『ホーリーディスペル』!」


 シンクくんの体を青銀の輝きが包み込む。

 神聖な光。

 やったかなっ!?


「「「「あっ」」」」


 どうしてっ!?

 光は弾け飛んでしまった。

 失敗だ。

 でも、少しだけ、弱まった?


 みんなが私を見ている。


「うん!」

 

 今、シンクくんを助けられるのは私だけだもん! 当然だよね!

 皆、シンクくんが大好きだからッ!


(でもどうしたらいいの? ……助けて神様っ!?)


 天啓。

 いや、思い出したっ!


「こ、このみ!?」「えっ、ここで、……今?」「木実ちゃんっ!?」


 これは『秘密』。

 私だけの秘密だ。

 もし知られたらどう思われるだろう。

 許してくれるかな?

 今までみんなを騙していたこと。

 私の罪を……。


「ん゛っ」


「「「えっ」」」


 恥ずかしいっ!

 みんなに見られて恥ずかしいよぉ……!?

 

「ん゛ん゛っーーーーー!」


「「「ええええっっ」」」


 でも、シンクくんの為だからっ!

 

 アーチを描いて飛ぶ『聖水』をシンクくんの全身に満遍なくかけていく。

 

「ちょお!?」「あ、隠す!」「っそうね!」


 三人が壁になって高校の方から見えないように壁になってくれた。


「すごい!」

「治ってる……!」

「凄いわっ木実ちゃん!」


 褒めてくれてるけど、そんなに見つめないでぇーー!?


「「「これが木実、――――聖水ッッ!?」」」






――――――――――――――――――――


いつもお読みいただきありがとうございます!


約6年半ごしのタグ回収回でした('ω')……

(なろう時代含む)

木実聖水とは一体っ!?

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