二百四十四話:撤退だ!


 全能感が押し寄せてくる。


「はっはは!」


 『ブラックホーンフレイ』は仕舞ったつもりだったが、腰に差さっている。

 そのおかげだろう。

 フルセット装備の時と同じく、能力上昇を感じる。


「【死神舞踏クリムゾンワルツ】」


 『クリムゾンデスサイズ』大鎌ではないけど、大剣を横回転させながらブーツの機動力で縦横無尽に戦場を駆け巡る。

 回転するごとに刃の回転速度も上がっていく。

 黒いスケルトンを切り裂きまくる。

 漆黒のオーラが限界まで達し大剣の剣先が鋭く変化した。

 雑魚乱獲狩りといったらやっぱ大剣グルグルだよね。


「と、とっ……」


 紫焔をかいくぐり敵を蹂躙していく。

 数発貰ってしまうが、大丈夫そうだ。 『ブラックホーンナイト』が傷つくようなことはない。 とはいえ、あまり喰らわないほうがいいだろう。 生身の部分はそこそこに熱を感じた。 ダメージで言えばドッチボールの玉をぶつけられたくらいか。


 建物、円形闘技場コロシアムの内部に侵入する。


「……ほう?」

 

 飛び込んできた光景に思わず呟いた。

 殺し合い。

 実に闘技場には似合う光景だ。

 野球場くらいの広さの中で、黒いスケルトンたちが殺し合っている。

 別種族同士で殺し合うのは見たことがあるけど、同種ではゴブリンくらいか?

 あれはでもワールドエネミーの影響みたいだったし、これも邪神のせい?


「……」


 赤黒い雫が落ちる。

 降った雨が葉に当たり溜まって落ちるようにゆっくりと。

 赤黒く染まった地面はひび割れ、黒い骨の手が生え出してくる。

 怪物が生まれる瞬間を目にする。

 雫はどこから落ちてくるのかと確認すると。

 気色の悪い植物が広間の中央に鎮座していた。

 異界で見た肉食植物のようでもあるし、よりおぞましい物でもあった。


(アレはヤバイな)


 ボトボトと落ちる赤黒い雫。

 どんどん黒いスケルトンが量産されていく。

 植物の天辺はまるで大口を開いたクジラのように空気を吸い込んでいる。

 

「っ」


 黒いスケルトンを殺した黒いスケルトンはその魔石を吸収する。

 まるで魔石をちょろまかすシャム太のように自身の胸に押し当てて。

 やがて黒い靄は大きくなり進化した。


 ブラックスケルトンウォーリアー、ブラックスケルトンライダー、ブラックスケルトンメイジ。 進化した者はコロシアムから出ていく。 これとさっきまで戦っていたのか。

 ただ出ていかない個体もいる。

 少し大きくなっただけの黒いスケルトン。

 また戦い始め殺し合いを始める。

 繰り返される。

 どれだけ、繰り返されてきた?


「アレはヤバイ」


 おぞましい植物の根元に怪物がいる。

 

 長剣と盾を持った騎士。

 紅く輝く兜は天を突くように二本の角があり、その手に持つ長剣はフレイよりも幅広で紫の輝きを纏っている。

 黒い全身鎧は刺々しい装飾が威圧感を放ち、黒い靄を押し固めたような異常さを放っている。

 ボロボロのマントだけは寂しく揺れていた。


「うわぁ……」


「これは……」


 統括たちが追いつき悲鳴にも似た呟きを発すると、黒い骸骨の騎士は動き出す。


「――――」


 マズイと思った時には体が動いていた。

 『ヴォルフライザー』と『ヴォルフガング』に溜まっていたエネルギーを全て動員して放つ。


「――――――『黒閃』ッッ!!」」


 漆黒の剣閃と、黒騎士の放ったコロシアムの骸骨全てを溶かしながら進む長剣の一閃が交わる。

 黒と紫紺の衝撃が爆発するようにコロシアムを揺るがす。


「「「わぁああああ!?」」」


「くっ!?」


 相殺された。

 限界まで溜めた一撃だったんだが……。

 ただ相手の長剣の紫色の輝きも僅かになっている。

 ヴォルフライザーと同じくチャージ式の武器か?

 連発できないと信じたいね。


「撤退だ! あ!? 君っ――」


 大剣を仕舞い、フレイを抜き放つ。

 強敵を前にオメガは全身をほぐすように脈動を始める。

 合わせて全身を蒼い狼のようなエフェクトが駆け巡る。


 撤退?


 せっかくここまで来たのにもったいない。

 それに魔物が進化するところを見てしまったからな……。

 次に来た時、こいつが進化していたら手が付けられなくなっているかも。

 万一動き出してお嬢様学校の方に行っても嫌だ。

 

「【千棘万化インフィニティヴィエティ】!」


 出し惜しみは無しだ。

 全力でいく!


「ォォ」


 魔棘は螺旋に回転し貫通力を増す。

 しかし盾に阻まれる。

 黒いオーラのような靄のようなモノがゆらゆらと揺れただけでビクともしない。 

 うーん。 硬そうだ。


「――――ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 爆発するように走り出した黒騎士。

 その兜の奥の瞳が爛々と赤く光り、怒声のような咆哮を上げている。

 迫りくる圧力は体が大きいはずの巨猪よりも強く、殺意に満ち満ちていた。


「シッ――――」


 俺は『エポノセロス』を取り出し前面に構え、片足を引いた。

 ジャストガードから一気に流れを掴む。

 振るわれた大剣に合わせた所で、衝撃に吹き飛ばされる。


「ぅん、ぐう!?」


 蹴られた。

 狙いを読まれ崩されて防戦にまわる。

 重い一撃に足が沈む。

 打ち付けられた盾から黒い靄が体に纏わりついてゾワリと嫌な感覚が体に流れる。


「くそっ!?」


 今度はこちらが蹴りを放ち距離を取る。

 ブラックホーンナイトに外傷は無い。 けれど、疲労感?のようなものを体に感じる。

 

「ォオオオオオ」


「……」


 奴の持つ長剣が紫色の光を取り戻し始めている。

 生命力の強奪。 ライフドレインか。

 盾を前面に長剣の剣先を俺に向けじりじりと距離を詰める黒騎士。

 互いの間合いに入る。


「オオゥ!」


「シッ!」


 剣がぶつかり合う。

 火花のように、纏うオーラは弾け合う。

 『ブラックホーンシリーズ』で強化された俺と五分。

 むしろこのクラスの怪物と互角に渡り合える膂力の俺が凄い。

 だけどダメだ、このまま打ち合っても『猿人』の時のようにじり貧になるだけ。相手のほうが体力は多いだろう。 アンデットだし。

 魔物との根競べは総じて分が悪い。

 

 さてどうしたものか?と考えていると、息が白いことに気が付いた。


「オオオオ!」


 統括のスキルか。

 振り返る余裕はないが援護してくれているらしい。

 俺ごとスキルの範囲に入れてるけど、この間無効化しからだよね?

 信頼の証だよね? 纏めて葬るチャンスとか考えてないよね?


パキ


「オオ……?」


 地表が凍る。

 

「ピヨちゃん!」


 黒騎士の下半身が氷始める一瞬を狙って、巨大な白鳩が上から襲い掛かり。

 黄金が横を駆け抜けた。


「うおりゃあーー!!」


「オオオオッ!?」


 ははっ。

 撤退しなかったんだな。


 巨大だった白鳩が『ぽんっ』と一瞬で消え、盾と剣で支えていた黒騎士の体が泳ぐ。 その一瞬の隙を小さな少女は、狙いすましたように黄金のハンマーで掬い上げるように振るった。

 狙いは盾。

 黒い靄を放つ盾は宙を舞う。


「――『螺旋棘突インフィニティスラスト』ッ!」


 その致命的な隙を貫く。

 『ブラックホーンフレイ』の突きに【千棘万化インフィニティヴィエティ】を絡ませる。

(うあ!?)

 肩から先が抜けたような錯覚。

 ビキリと肩が痛む。

 ぶっつけ本番なんてやめておけば良かった。


「ォオ――――」


 しかし放たれた高速突きは貫く。

 蒼と赤の螺旋を描く鋭い一撃が、氷気によって鈍くなった防御を置き去りにして、盾のなくなった腕を粉砕しながら胸の中心を貫いた。

 クリティカルヒット。


「ォ、オォ、ォ」


 立ったまま煙を上げて消えていく。

 残ったのは紫紺色の魔結晶だけだった。


「よっ」


「う?」


 目の前でピンクアッシュの髪の女の子がしゃがみこんだ。

 カエルのように。


「よっしゃあッーーーー!!」


 そして飛び上がった。

 跳ねる跳ねる。

 上下乱舞だ。


「やるっっじゃん!! あんた凄いじゃん!!」


「う、うむ?」


「アマネちゃん……」


 いつも不機嫌そうな顔ばっかりだったが、笑いながら喜ぶ彼女は結構、いやかなり可愛い。

 『処女』だしおっぱい契約に使えないかな?

 ああ、SPを消耗したせいで思考がダメだ。

 大技は使わなかったが全力戦闘で普通に減った。


「浮かれるのはまだ早いぞ」


「えっ?」


「うわあっ!?」


 中央に鎮座したおぞましい植物が揺れている。

 ボォォ……と、洞窟を通る風のような音が辺りに響き、大量の赤黒い雫が降ってくる。

 凍った地表を溶かし地面を汚す。

 穢れからは黒いスケルトンが湧き始める。


「まだ、出せるか……?」

 

「うむ?」


 統括の声が震えている。

 顔もさっきより青白い。


「絶倫、だな……」


 ひょっとしてスキルのデメリットか?

 彼女は今もまだ湧き出る黒いスケルトンとおぞましい植物に氷気を使い続けている。


「ふぅ……『クリムゾンデスサイズ』」


 ていうか寒いんだよ。

 さっさと終わらせてお風呂に入りたい。

 

「――――『クリムゾンストライク』」


 すべて吹き飛ばして、帰るとしよう。




◇◆◇




「――――『クリムゾンストライク』」


 えっっっっろッ!


 下半身の筋肉エロすぎじゃないか?

 特に引き締まったお尻だ。

 なんだそのポーズ。

 見せつけているのか??

 

「うわぁあ……」


「さすがです……ごしゅじん、さま……」


 本当に凄い。

  

 見ているだけで体が熱くなる。

 スキルのせいで凍え切った体から熱を感じる。

 情欲の炎が燃え盛っている。

 

 この呪われたスキルのせいでもう不可能だと思っていた。


「救世主……」


 傲慢。鉄仮面。冷徹女。 

 世界がこんな風になる前から私の性格は変わらない。

 学生の頃は女子高女子大だったし、就職してからも男性とは縁がなかった。

 

 なによりタイプの男がいなかった。

 

 年上の男は自分より仕事のできる女を毛嫌いしたし、年下からは恐れられていたしな。 女性として扱ってくれるような者もいたが、軟派者はお断りだ。

 男はやはりロック(アクション系ハリウッドスター)のような硬派でエロイ体をしていないと。 

 

 ……そう言って今年で30歳(三十路)になる。

 

 このままでは最後まで私に男ができない、そして孫の顔をせがんで死んでいった母に顔向けができない。

 その願いを聞きながら奇跡のスキルを与えてくれた神は、やはり魔神なのだろう。

 私の願いを叶え、母を殺した怪物を氷殺したそのスキルは。

 決して母の願いだけは聞き届けられないスキルだったのだから。

 

「ぇロぃ」


「ん……?」


「気にするな。 さぁ、撤収するぞ!」


 しかし救世主は現れた。


 私のユニークスキルの効かない男。

 しかも私好みの、えっっっっろい体をした男だ。

 思わず本能のまま、軟派な男のように口説いてしまったが失敗だった。

 三十路が私を焦らせるのがいけない。


 焦らずじっくり――――押し倒さなければ!





――――――――――――――――


赤城統括(二十九歳):元はわりと一般人

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