二百二十六話: デバガメは良くないと思います
この生活はいつまで続くのだろう?
「お魚取れました」
「でかした!」
嬉しい出来事にテンションは上がり大きな声を出してしまった。
慌てて手を塞ぎ周囲を警戒する。
鉈を持つ手に力が入る。
「大丈夫ですよ、アカポンさん。 周囲に敵はいません」
「……わかってるんですけどね、つい警戒しちゃいますよね」
年下の女の子の方が私よりもよっぽど冷静だ。
黒鰐さん。
黒髪の美しい少女はネットゲームで知り合った女の子だ。
世界が終わった日に一緒にいた子。
ずいぶんと年下の女の子だ。
私が結婚して子供がいれば同い年くらいかもしれない。
まぁ結婚に縁のない独身アラサーおじさんの私には関係のない話だが。
彼女の実年齢は知らない。
ネトゲのフレンドに年齢を聞くのは私のポリシーに反するから。
彼女は黒鰐さん。
それだけでいい。
「火おこしにも慣れましたね」
煙草を吸わない私はライターを持っていなかった。
漫画知識だけで火を起こすのは大変だったが、黒鰐さんと協力して知恵を出し合った。
幸運なことに山の中に小屋を見つけた。
そこには鉈やナイフなどの道具が置いてあり、申し訳ないと思いつつも利用させてもらっている。 恐らく地主さんか猟師さんの物だろうか。
ナイフ一本で木から火を起こすのは非常に大変だ。
動画で見た程度の知識しかない素人の私には不可能と言っていい。
だけど頑張った。
火は人の心を安定させてくれるから。 凄いと黒鰐さんが褒めてくれるから。
パチパチと木が音を立てるのを、二人で静かに聞いているだけでも心は安らぐ。
今では日中であれば眼鏡で起こせるし、夜は火種を取っておく方法も考案したのでだいぶ楽になった。
「一度、様子を見に降りてみるかい?」
「そうですね……少し、物資も足りないですし、必要かもしれません」
私たちは今、山奥にいた。
秘境と言ってもいい程に人の手の入っていない山奥。
日本でもこんな場所がまだあるのだと感心するほどに森が豊だ。
空気が濃い、というのだろうか?
間違って異世界に迷い込んでしまったのではと錯覚するほどに。
森林浴にはうってつけの場所だ。
ここからしばらく都会方面に戻るとネトゲのオフ会をすることになったグランピング施設がある。 そこでも十分に山の中だったんだけどね。
オフ会中、急に眩暈に襲われ電気も車も動かなくなってしまった。
不慣れな土地の山奥でゲームでの交流はあったが初対面の人たち。 最悪の状況下でのサバイバル生活は始まった。
一向に来ない救助に痺れを切らしてグループは二つに割れた。
助けを呼びに行く者とそこに残る者。
私は仕事もあったので助けを呼びに行くことにした。
スマホも使えず無断欠勤になってしまうからね。
まぁ行先は伝えてあったから、何かあったのかと警察に連絡してくれているかもしれないが。
そして遭遇したのだ、未知の怪物と。
「騒動も終わっているといいね」
「そうしたら、……二人の時間も終わりですね」
「えっ?」
寂しそうに言った黒鰐さんの一言に、年甲斐もなく胸が高鳴った。
何を期待しているんだ、私は。
黒鰐さんも中年おじさんの心を弄ぶのはやめて欲しい。
アラサー独身男は惚れやすいのだから。
「冗談です」
「……」
そういえば、スマホもつかないしネトゲもできない。
一日辞めると禁断症状が凄かったのに、まったくそういったこともないな。
これも森林浴の効果だろうか?
まぁしたくてもできないんだが。
「……本気の方がいいです?」
「えっ?」
「あの時のアカポンさん、かっこよかったですよ」
未知の怪物と遭遇し逃げ惑う人々。
俺はゲームでは守ってもらってばかりだった黒鰐さんを守りながら戦った。
自分でもビックリしたがタンクの才能が結構あるらしい。 ゲームではもっぱらヒーラーを愛用していたのだが。
それにグランピングを理解していなかった私はガチ装備だったのも幸いした。
友人にグランピングについて尋ねた時、「なんかすごいグランなキャンプやで!」と知ったかぶり知識を植え込まれ、もの凄い場違いな格好で来たのはいい思い出だ。 ネトゲ仲間たちからはウケ狙いだと思われたようで笑いを取れたのは幸いであった。
怪物を撃退しつつ戻った先は、地獄だった。
もし残る選択をしていたら私もすでにこの世にはいなかっただろう。
私は黒鰐さんと共にさらに山奥へと逃げた。
逃げて、逃げて、逃げ続けた。
それ以来、二人でサバイバル生活を行っている。
時たま怪物を見かけるのだが、不思議なことにしばらくすると姿を消している。
この辺りには不思議な結界でもあるのだろうか?
だとすれば、ここで二人で暮らすのも悪くない。
いや、アラサーのおじさんと二人きりじゃ黒鰐さんが可哀そうか。
「先にお風呂、いただきますね」
「ああ……」
二度目の不意打ちに心臓バックバクの私を置いて彼女は温泉に向かった。
ここには天然温泉があった。
知る人ぞ知る秘湯のようだ。
少しだけ整備されていたので利用しやすい。
ただ温泉は一つで混浴なのが問題だ。
「馬鹿か、私は……」
まぁどちらかが入っているときは、片方が周囲の警戒をするので問題などないのだけど。
黒鰐さんと混浴でなんて、……入りたいなぁ。
うんうんと妄想する私は悪くないと思う。
ずっと二人きりだし、怪物が危険だからという理由でずっと一緒の小屋で寝ているし、黒鰐さんめちゃくちゃタイプだし。
「はぁ……」
騒動が終わればまたネトゲの友人か。
いや、それでいいだろう。 年齢を考えれば、私なんかに変なちょっかいを出されれば彼女は不快に思うだろうし、ゲームを辞めてしまうかもしれない。 それだけは絶対に嫌だから。 黒鰐さんが辞めるなら私もゲームを辞める。
「ああ」
そっか。
どんなに仕事が忙しくてもあのクソゲーを続けていたのは彼女がいたからか。
ああ、私は――――
「――――――――ッ!?」
悲鳴!?
私は鉈を握りしめ走る。
彼女と一分、一秒と離れた事を悔いながら。
湯けむりの上がる場所へ全力で駆けた。
「――黒鰐さんッッ!!」
怪物……。
世界はコイツらに支配されていたのか?
SFチックな乗り物、漆黒のフルアーマーに身を包む戦士。
対する黒鰐さんは裸に両手にグローブ……鰐?のような形の物を両手に装備していた。
「アカポンさん……逃げて、勝てない。 私がヘイト稼ぐから、その隙に逃げて」
「馬鹿言わないでください。 私の前でタンクは死なせません。 決して」
「……ふふふ、懐かしいです」
ゲームの中の私のキャラが特定のスキルを使う際に発言する言葉だ。
ははは、しばらくやっていないから禁断症状で震えがきた。
決して目の前の怪物にビビってるわけじゃないですよ。
「頼もしいです、アカポンさん」
ああ、今度一緒にゲームをする時は、私がタンクで君を守るよ。
鉈を持ち彼女の前に踊り出る。
震える手を押さえるように両手で持ちながら。
「WOW! 友情デェス! 素晴ラッ!デェス!!」
「「えっ?」」
少し発音の怪しい日本語を喋る女の子が怪物の頭を飛び越えて来た。
「心配ノンノン。 我々ハ仲間、一味同心ネ! 一緒ニ入ルデェス!」
「武装解除」
が、外国人の兄妹!?
あまり顔立ちは似ていないけど。
フルアーマーの怪物も装備を一瞬で解除し裸になった。
凛々しい尻をキュッとさせ背中にタオルをパシンと奏で慣れたように温泉へと進んでいった。
ただの温泉客なのか!?
「Oh! マテ、ダーリン! クレハガ一番風呂ネ!」
ダーリン?
中学生くらいの女の子だったけれど、いや胸は流石の外国人さんだったが。
「なんだったんでしょう……?」
「さ、さあ? あっ……」
振り返ると黒鰐さんの美しい裸体が飛び込んできた。
頭が真っ白になる。
いけないと分かっていても、視線を逸らすことができない。
「……私たちも、一緒に入りましょう」
「ええっ!?」
「先ほどの人たちから話しも聞きたいですから、一人だと不安です。 守ってくれるんですよね、アカポンさん?」
「も、もちろんです!」
そうだ混浴は彼女を守る為だから仕方ない。
決して邪な気持ちで一緒に入るわけじゃないぞ。
だから鎮まれ、鎮まってくれぇええええええええ!
「あ」
無理でした。
「食べても、いいですか?」
「へっ、――――あっ!?」
もう終わりだと思った私を待っていたのは、秘湯の秘所で秘所を秘所るだった。
◇◆◇
やってくれたな。
「く、くはっ、くはははッ!」
予想通りの結果に、俺は怒りを通り越して神への殺意すら覚えた。
そう、
煽るように輝くポップ。
「やっぱラスイチかよっ」
『ラストワン!』。
ガチャの筐体の上にデカデカと輝くPOPが煽ってくる。
199個のガチャを排出し、最後の1個。
200個目にして確定『SSR』。
「殺!」
あまりにも予想通りでなんかもう逆にテンション上がった。
予想通りじゃなかったのは猫さんの人形が出なかったことかな。
当たり確定天井ガチャは他にもあるからそこからランダムなのかな。
あくまで確定は当たりのSSRだけのようだ。
まぁ、あれよ? 2万魂魄で狙ったSSRアイテムをゲットしただけだから。
これはガチャじゃない。
ただの購入だから。
ちょっとしたアトラクション付きの。
「……ふ」
少し心を落ち着かせる。
昼間の秘湯探索は最高だった。
クレハには温泉のイロハを教える必要があるが楽しそうだったのでなによりだ。
ただ他のお客さんたちをあまりジロジロ見ないようには注意した。
ああいうバカップルはこっそりと観察するのがマナーだ。
彼らもあんなに近くで見たら集中できないだろう。
まぁ盛り上がりすぎて気づいてないようだったけど。
クレハの教育にはあまりよろしくなかったな。
秘湯自体は少しぬるく俺は物足りなかったが、初心者のクレハには良かったかもしれない。
ヌルっとしており美肌効果はありそうだった。
次は木実ちゃんたちを連れていくのもいいかもしれない。
「さて」
心も落ち着いたのでガチャを回しますか。
いよいよ、SSRのお出ましだ。
結局最後まで出なかったけど、まぁわりと楽しめたかな?
葵にプレゼントしたトランクケース以外にもSRは出たしやっぱり優秀なんだよな。
ひょっとしたら普通のガチャだと200回でSSRは出なかったかもしれないしね。
そう考えたら最高のガチャだよ。
「いくぜ」
『当たり確定天井ガチャ』をタップすると眩い光が乱射する。
ファンファーレは鳴り響き白い羽は舞い散る。
現れたのは銀色に輝くカプセル。
神官服のラグドール猫さんが両手で大事そうにこちらに持ってきてくれる。
微笑みがあざとい! 裏では確率を操作して人を騙している悪い笑みを浮かべているに違いない。
「おおおおおおおおおおおお!!」
ポンとガチャ画面から飛び出し銀の輝きを放つ粒子となって俺の手元に収束していく。
それは美しい長剣だった。
見事と言う他にない。
剣身は淡く光っており見事な意匠が彫られている。 『ブラックホーンリア』の宝玉と同じ物がガードの中央で存在感を放ち、剣先に進むにつれ漆黒から蒼へと炎のようなグラデーションが施されている。
「カッコイイ!」
見た目はもうドストライクですよ。
他の『ブラックホーンシリーズ』ともマッチしており、軍服仕様で腰にさしても似合うだろう。 鞘はどこだと探せば、納刀仕様に変化した。
「……」
なんだろう。
知性を感じると言えばいいのか、ガチャスキルのレベルが上がったからか、アイテムの性能をなんとなく理解できるのだが、『ブラックホーンシャドウ』と同じく長剣からも知性を感じる。
現に俺の意を汲んで納刀状態になったしね。
「ははは」
さてさて、どんな性能をしているのか?
今から楽しみで仕方がない。
どこかに試し斬りにいくしかないな。
ツインテと暫く遠征していたせいか、思考が侵されている気がする。
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