二百十八話:頭の中で囁く……

「皆さん、水分補給はしっかり取ってくださいね」


 木実の言葉に『超老人シルバーマン』たちは「おう!」と答えた。

 真夏の日差しは厳しく、農作業には向かない。

 しかし鍛えられたご老人たちは元気に励む。

 自由に動く体が嬉しいのか、楽しそうに農作業に勤しんでいた。


「夏野菜がいっぱいですね」


「うん! 農地にリソースを割っちゃったから、住居は自分たちでどうにかしないとだけど、領地レベルが上がれば、またできることが増えるよ!」


 みずみずしいキュウリは表面にツヤとハリがあり緑色部分が濃い。 重量感もありトゲトゲまで元気で新鮮だ。

 これには河童も大喜びであった。 河童の恩返し。 キュウリの代金に置かれる瓢箪に入ったお酒は『超老人シルバーマン』たちの密かな楽しみだ。

 キュウリ以外にも真っ赤に育ったトマトや立派ななすなどたくさん育てられている。 

 領地機能により農地として選択された場所では非常に良く作物が育っていた。


「保存方法を考えないとですね」


「うん。 それとグリーンハウスも作りたいなぁ」


 神駆のガチャで出た不思議な壺はあるが、アレはそこまでの量は保存できない。 

 服部は大量の野菜を保存する方法、もしくは冬でも安定して育てられるようにグリーンハウスなどを作ることを計画していた。

 防衛面での安定は内政に力を向けさせている。

 魚頭の脅威は無くなり、野犬の侵攻方向はどうやら逆方向に力を入れているようで大人しいものだ。

 未だミニオークたちは藤崎大橋は越えてきていないようで、もし来てもクラフトワークスと連携し対処する予定である。


「……」


「どうかしましたか?」


「いや、順調すぎて怖いなって」


 常に魔物の脅威に脅かされてきた東雲東高校である。

 束の間の平穏かもしれないと、心が騒めく。

 服部領主は不吉な予感がしていた。


「備えよう……」


 来るべき時に備える。

 今度は何もできず蹂躙されたりしないと、一歩たりとも東雲東高校には入れさせない。

 そう強い思いを抱いて。



◇◆◇




 声が聞こえる。


『どうして、責められているんだい? 君たちはそんなに頑張っているのに……』


 頭の中で囁く。


『もっと報われていいはずだ。 君たちはもっと、報われるべきだ』


「ふぅうぅぅうぅ……」


 五月蠅いと、口を布で塞がれ暴れないように椅子に縛り付けられている。


『それなのに……まるで、囚人みたいだね』


 手足はろくに動かせず拷問のようだった。

 

 寝る間を惜しんで働いた。

 誰の為に?

 守るべき者たちの為に。


『誰のせいでそんなことになっているんだい?』


「……」


 頭の中で囁く声は優しく語り掛ける。


 誰のせいだ?


『ほんと使えねぇよ』『もう!早くどうにかしてよ!!』『無能すぎ! 税金泥棒がッ!!』


『言いたい放題だねぇ、君たちは頑張っているのに。 誰にも理解してもらえないんだねぇ?』


「ふぐっ、ぐっ、っ! やめろ、やめろやめろやめろおっ――――やめぅあああああああああ!!」


 無数の声が頭の中に響く。

 口を塞がれていた布が落ちる。

 大声で彼は頭の中の声に抵抗するように叫び続ける。


「おい! 大丈夫か!? くそっ、また錯乱してやがるっ」


「もう、ダメなんじゃ……」


「いいから、はやく注射しろ!」


『守る価値あるのかなぁ?』


「ないないないない」


『力が欲しいかい?』


「あ゛?」


『力が欲しいか?』


「……」


 がくりと項垂れ椅子に力なく腰掛ける。

 体を縛り付けるロープが無ければ落ちていたであろう。


「やりました、大人しくなりましたね?」


「ああ、どうしちまったんだよ……」


 鎮静作用のある注射が打たれた。

 小刻みに震える隊員を見つめ、こうはなりたくないとため息を吐いて去っていく他の隊員。 

 同じ仲間であるはずの彼に、憐憫の感情を向けて。


「……ほしい」


『捧げよ』


 全てを捧げる。

 もはやこの世に未練などない。

 家族も友人も、そして仲間も失った。

 捧げるものなどなにもないが。


「ぁ……」


「捧げよ」


 椅子に縛り付けられる男の前にローブの人物が立っていた。

 顔は見えない。 大きな瞳の描かれた布で隠されている。

 手に持つ紫紺色の宝玉を椅子に縛られる男に近づける。


「あっぅっ!?」


 胸に押し付けられると、激しい痛みが男を襲う。

 だが呻き声を上げる一瞬だった。

 胸の中央に沈み込んだ紫色の宝玉が体に馴染んでいく。


「はあっ、はあ、ああああ!」


 体が歓喜に奮える。

 全能感が男の体を支配し脳に快楽を与える。

 男の体が変化した。


『捧げよ』


「はい。 邪神様」


 いつのまにか椅子を抜け出し裸の男が立っている。

 男の思考はすっきりとしており、全てを脱ぎ去ったからだろうか?

 晴れやかな表情で頭の声に返答した。



◇◆◇



 『仙道 美愛』のいない『神鳴館女学院付属高校』では、『小鳥遊 涼』が大活躍していた。


「いくよー!!」


 人が空を飛ぶ姿にもだいぶ慣れた。

 箝口令も解かれ自由に飛んでいる。

 もともと空飛ぶバイクの事例もあり、翼が生えているんだから飛んでも不思議はないとみんな納得していた。

 なんで翼生えているの? と疑問に思わない辺り変わってしまった世界に馴染んできている。 ちなみに個人の体に関することは箝口令が敷かれたままである。


 『ブラックフェザー』による遠距離射撃が味方の窮地を救い、空中から高速滑降し敵の首を刈り取る。

 『鳥居流小太刀術』を習得したことにより近接戦闘も磨かれている。

 まだ体のできていないリョウに適した回避主体の急所を狙う体術はブラックフェザーを持ちいることで新たな武術といっていいほどだった。


「さすが、リョウ様ですわ!」


 神駆の動きを模倣する立体軌道戦闘も交え、アンデット軍団を屠っていく。

 

 フレイヤ隊、アルテミス隊の練度も上がっており、『戎崎 春子』の率いる薙刀部も活躍していた。

 ちなみに『戎崎 春子』が恥ずかしがったのでアテナ隊という名前は却下された。


「よくやったぞ、リョウ」


「えへへ、ありがと、春姉ちゃん」


「ふうふう」


 体格の良いショートヘアの戎崎がリョウの頭を撫でている。

 ちなみに春お姉ちゃんと呼ぶようにリクエストしたのは『戎崎 春子』本人である。


「汗をかいたな、一緒に風呂でも行くか?」


「うん!」


「ヨッシャー!」


 リョウに見えないようにガッツポーズをする『戎崎 春子』。

 その顔はいつものクールな表情が崩れ緩み切っている。


「犯罪臭がしますわ……」


 スポーツ特待生であり寮住まいの彼女の自室には中性的なアイドルの写真がたくさん飾ってあるのを誰も知らない。

 クールなイケメン系女子の隠れざる趣味である。

 飛んで火にいる夏の虫。

 

「じゅるる……」


 『小鳥遊 涼』の運命や如何に!?



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