二百十七話:『当たり確定天井ガチャ』


 ブラックホーンシリーズはSSRランクの強力な装備である。

 神駆のこれまでの活躍を支えてきたと言っても過言ではない。


「なん、だと……!?」


 『当たり確定天井ガチャ』はSSRランクまでしかでないが、一定のSSRランクから当たりを選べる。

 なんの気なしに触ってみればありましたよ?

 ブラックホーンシリーズ。

 ただし一つだけだが。


「『ブラックホーンフレイ』か……」


 シルエットを見る限り剣のようであるが、詳細は不明だ。

 他にも槍や盾などあるが、ブラックホーンと付くものはこれだけ。

 ブーツ、インナー、フルプレート、乗り物、そして武器。

 いよいよ揃うのではないだろうか。

 セット装備は揃えてこそ輝く。


「ふむ!」


 『ブラックホーンフレイ』を選択すると、銀色のカプセルが筐体の周りを旋回し中に入っていく。

 今回のガチャは中が見える仕組みになっている。

 ガラガラとカプセルが回り続けている。

 中には白から緑、青、赤、銀と色とりどりである。

 銀のカプセルは一つだけ。

 200分の一だから……0.5%か。

 なかなか良心的では?

 操作されていなければだが。


「ほう……」


 今回のマスコットはふんわりとした長毛種のおっとりそうな神官コスプレの猫さんだ。

 ラグドールかな?

 不正なんてしませんよ、と言わんばかりの清楚アピール。

 逆に怪しい。

 ガチャをタップすれば、青い瞳を細めゆっくりとレバーを引く。

 ガラガラガラと鈍い音を奏でながらガチャの中身が掻き混ぜられる。

 まだまだ中身はいっぱいだと知らせるようだ。


「白……」


 ふぅ……。

 落ち着け。

 確率で言えば順当だ。

 神官猫さんは両手に持って差し出してくる。

 ポンと中身は飛び出し、俺の手元に具現化した。


「ん?」


 下着系じゃなかった。

 ポーションだ。

 ん、いや? ポーションのような瓶に入っているが……でもちょっと違う? 

 青白い僅かに発光する液体。

 聖水?

 蓋を開けてみると爽やかなミント系の香りがした。


「せいっ」


 残り199個。

 俺は今日の稼ぎの魂魄ポイントをガチャにつぎ込んでいく。

 テレビも音楽もない『監禁王の洋館』は少し寂しい。

 女子二人は仲良くお風呂に入っている。

 最初の印象こそ悪かったが、打ち解けたようである。

 まぁ前衛と後衛で相性がいいのだろう。


「む、白……」


 まぁまて、まだ2個目だそんなこともあるさ。

 今度は下着系だ。

 黒のニーソ、いやストッキング?

 網タイツか。

 神官服の下に似合いそうだね。

 ツインテにでもやるか。


 残り198個。

 確実に当たりに近づいていると思えばハズレも悪くない。




◇◆◇



 引き締まったスレンダーボディだ、とエロ親父のような感想を抱いた葵。

 神駆のように敵を屠り続けた少女は思ったよりも華奢で、親近感の湧く体をしていた。


「葵……」


「美愛……」


 背は美愛のほうが大きく体つきもしっかりしている。

 胸の形は良いがあまり大きくない、というか小さい。

 本人は邪魔にならなくていいや、と気にしていないようだ。

 ただそんな彼女も自身の体で一つ気にしている箇所もあった。


「「同士!」」


 それは無毛であること。

 そうパイパンである。


 監禁王の洋館の浴場にて悩める女子たちは手を握った。


「なんでだろうね?」


「ママも……だから」


「あー! そういえばうちのママもそうだったかも~~」


 パイチンは恥ずかしい。

 女子だって毛が無いのは恥ずかしいのだろう。

 特に若い子だと。

 大人になればその有用性に気がつくのだが。


「はぁぁ……。 温泉もいいけど、普通のお風呂もいいねぇ~」


「ん……」


 普通のお風呂ではないけど、そう思いながら葵は頷いた。

 四人くらいが入れそうな丸形のバスタブ。

 窓を開ければ外の景色を一望できる。

 葵に与えられた個室にはトイレとシャワーがついていたけど、やはりお風呂は格別だ。 また神駆にお願いして入りにこようと決心する。 なんなら二人一緒でも問題ない。


「んん~、なんであんなに強いんだろう……」


「……」


 ブクブクと口を湯船につけながら喋る美愛。

 長いツインテは頭の上で変な風に縛っている。

 疲れているのか洗うのは面倒なようだ。

 葵もまた頭の上で綺麗にお団子に巻いている。


 神駆の強さの秘密。

 それは分からないが最初からあそこまで強かったわけじゃないことを、葵は知っている。 

 世界が変わってしまった初期から一緒だった葵は思い返す。

 

 血だらけで死にそうになっていた。

 無理をして必死に戦って、失敗することだってあったけど、最後まで諦めない強い人だった。

 めんどくさそうな態度を見せたりするけど、やっぱり優しいから放っておけないタイプ。

 無表情で目つきは悪いが、慣れてくればなんとなくわかる。

 色々考えているけど、喋るのが苦手なだけなんだって。


「ふふ……」


 大切にしてくれている。

 それだけは良く解るから、それでいい。

 葵は頬を赤らめて微笑んだ。

 長風呂をしたせいだからだろうか、それとも……。


「んにゃ……」


「ちょ!?」


 心身共に疲れ果てた美愛は眠ってしまう。

 だらしなく口を開け寄り掛かってくる。

 重い。

 

「んんーー! シンっ~~」


 意識のない人間は重い。

 わずかに身体能力の上がった程度の葵の筋力では湯船から出すことができない。 

 バスタオルを自分の体に巻き神駆を呼ぶ。


「寝ちゃった……」


「……」


 呆れた顔の神駆は軽々と美愛を担ぎ出す。

 その際にパイパンを目撃し一瞬視線を止めたのを葵は見逃さない。


「……好き?」


「……」


 嫌いじゃない、そんな微細な表情をしていた。




◇◆◇




 白い鳩はゆっくりと空を飛んでいる。

 その赤い瞳は変わり果てた世界を一望していた。

 

(いない……)


 『天海防衛ライン』と名付けられた人類の防衛拠点。 

 その天幕の一室でアルビノの少女は目を瞑っていた。

 なにも映らないはずの視覚には空から世界を見渡す映像が見える。

 白鳩の視界を共有している。

 それだけではなく、指示も送れるようだ。


「ふぅ……」


 数日前に見た空飛ぶバイクが気になる。

 もっといえばそれに乗っていた男の人。

 蒼銀の髪をしたやんちゃそうな筋肉系男子。

 俺様系か鬼畜系のハーレム主人公タイプとハクアは睨んでいる。

 そして彼がきっと私たちの運命を握っていると、引きこもりのネット小説大好きアルビノお嬢様は確信している。 

 

 あの人がきっと、『運命の人』だと!


「ハクア、大丈夫?」


「アマネちゃん」


 僅かに顔を上気させるハクアにアマネが心配そうに声を掛けた。

 

「あまり無理しないでよ? 体弱いんだから……」


「うん、大丈夫だよ。 むしろ……昔よりは元気だから」


「そう……」


 たしかに出会った頃は幽鬼のようだった。

 今では多少運動もしているし、魂魄レベルやスキルの影響もあってか、多少は元気そうだ。 それに見た目も良くなったのはたしかであった。

 それだけ以前は周りから浮いていたのだ、よく声をかけたものだとアマネは自分を褒めた。


「また探してたの?」


「うん……それに、ちょっと魔物に、動きも出てきたよ」


「え?」


 そういう大事なことはもっと焦って最初に言おうよ!とアマネは思ったが、戦友はゆっくりと喋るタイプの子、独自の世界を持っているようなものだ。怒っても無駄。 僅かにこめかみに血管が浮き出そうになるが、堪える。


「「……」」


 ぐっと、堪える。


「なんかね、いくつかの場所に留まっているの」


 つい先を急がせようと『それで?』と言ってしまう。

 ちょっと威圧が籠っているようで怖がらせてしまうのだ。

 堪えた私偉いとアマネは自分を褒める。


「ただ、気づいたら消えてて、また移動しているの」


「うん? どこに消えるっていうのよ?」


「わかんないよ~」


「ぐっ」


 声を荒げてはいけない。

 落ち着けと、無性に気が短くなってしまった自分を諫める。

 たしかに気が短いほうだったが、これほどではなかった。

 これも固有スキルのデメリットかと、アマネは拳を握る。


「こっちに移動しているわけじゃないけど……あまりいい感じはしないかな? カン・・だけどね……」


「ふーん……」


 カンと言っても何か根拠があるんでしょ? そう問い詰める表情で見るとハクアは目を逸らすだけだ。

 以前に彼女が根拠として挙げた「なんちゃら系小説なら~」というのを盛大に馬鹿にしてからだ。

 その手の物にアマネは疎かった。


「皆には一応警戒するように言っておくわ」


「うん。ありがとう、アマネちゃん」


 

 アマネは歩く。

 本当にここは日本なのだろうか? そう思いながら。

 人々はコスプレのような恰好で武器を持ち訓練に励む。

 負傷した人たちは寝かされて治療されている。

 どこかの紛争地帯にでも迷い込んでしまったようだ。

 

「警戒すると言ってもね」


 すでに十分している。

 これ以上どうしろというのだ。


「私たちにできることなんて、……ここを死守するだけよ」


 

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