二百十二話:欲求不満ですか?

 東雲東高校、元校長室。


「うん、順調かな?」


 現在は領地の核となる魔結晶が置かれ、服部領主の仕事部屋となっている。

 机の上に散乱していた書類の山もやっと整理されてきたところだ。

 担任教師の新垣先生の協力もあった。

 名簿やアンケートの集計・回答作り。 それらを活かした政策。 今後の方針を決めるのに大いに役立っている。


「おつかれさまでした、服部君」


 服部が領主となりまず始めたのは、面談だった。

 それも一人一人、生徒はもちろん避難してきた人全員に。

 途方もない数だった。

 クラス一つでも大変なのにと、新垣先生は服部を褒める。


「ありがとうございます先生! 先生が手伝ってくれたから、なんとか終わりましたよ……」


 面談をした人たちからは様々な意見が出た。

 それこそどうでもいいような話も多かったが、服部は真剣に聞き続けた。

 大きく頷き共感してくれる。 話を聞いてくれるというだけでもストレスの発散になる。

 初めに造った城壁も、魔物に恐怖を抱いている人たちからは好評なこともわかってよかった。

 やはり直に魔物の恐怖を味わった人たちからすれば、安心できる場所にいるということは重要だった。

 しかし全員に話を聞くのはとにかく大変だった。

 時間的にも精神的にも。


「服部君は教師に向いてるよ」


「そうですか?」


 嬉しそうな顔をする服部。

 そんな服部があまりにも可愛くて、頭をナデナデしようとする新垣先生。


(イケる……!)


 新垣先生のタイプは神駆とは真反対の可愛い系の男子だ。

 処女のクセに可愛い男子の童貞を滅茶苦茶に奪いたいという欲求を持っている23歳女教師だ。

 勉強の苦手な可愛い童貞男子に放課後個人レッスンをし、足を組み替える仕草に「どこ見てるの?」と注意してから……と様々な妄想に耽る処女の23歳こじらせ女教師だ。


「新垣先生。 生徒との距離は適切に、……教師失格ですよ? 欲求不満ですか?」


「九条さんっ!?」


 今日は赤い瞳の九条さんいないなと思って油断した新垣先生。

 最後の一言は新垣先生だけに聞こえるように囁かれた。

 

「九条さん?」


「慎之介。 稽古つけてあげる、いこ?」


「う、うん?」


 なにか怒ってます?と思ったが、面談で鍛えられたカンが触れるなと囁く。


「ううう……」


 以前よりも親しそうになった二人を見送る新垣先生の表情は絶望だった。

 あれはもう一線を越えている感じだった。

 果たして、先生の欲求を満たせるときはくるのだろうか……。




◇◆◇



 美人メイドさんが微笑む。

 

「お待ちしておりました。 シンク様」


 お嬢様学校に来た。

 前回も相手をしてくれたメイドの伊織さんが対応してくれる。


「一ノ瀬様が来るまでこちらでおくつろぎくださいませ」


 優雅だ。

 なんだろう、お嬢様学校にはメイド講座とかあるのだろうか?

 紅茶の香りを堪能しつつ待っていると、リョウがやってきた。


「シン兄ちゃん!」


 相変わらずの中性的なイケメンである。

 義弟は元気そうである。

 肌艶もいいし羽の毛並みも良い。

 触っても怒らないかな?


「んっ、シン兄ちゃんに貰った石鹸のおかげだよ! あれ、凄いね」


「ふむ」


 ハウジングガチャのハズレだったんだが、割と高評価である。

 20個セットで出てきたのでいっぱい持ってる。

 1個5魂魄と考えると安いのかな?


「ふ、んっ」


 羽を撫でるとくすぐったいのか、ビクンと反応するリョウ。

 触り心地がいいな。

 黒髪ロングを待ってるまで暇だから撫でてよう。

 伊織さんは目を瞑り壁際で佇んでいる。


「お待たせして申し訳ありません、シンクさん」


 しばらくすると黒髪ロングがやってきた。

 やはり責任者だけあって忙しいのだろう。

 それでも以前よりは顔色が良さそうだ。


「ゴブリンの襲撃も減りましたし、アンデットも大人しいですね。 ……アンデットの支配地域ですが拡大しています。 それに強くもなっている」


「うむ」


「やはりお気づきでしたか……」


 会議の時にはお互い言及しなかったが、というか俺は発言は一切してないけど。


「私たちの地域を避ける方向に拡大していますね。 昼間でも夜のように紫色の雲に覆われている場所が増えています」


 支配地域の拡大は敵戦力の増強に繋がる。

 分かってはいても止められない。

 【千里眼】だったか、遠くを見通す能力を持っているらしい黒髪ロングも歯痒いだろう。


「別の地域も心配ですが、戦力を分散させる訳にもいきませんから……」


 それはそうだ。

 未だ近くに敵の脅威は存在しているのだから。

 俺もあまり東雲東高校から離れるのは嫌だった。

 いない間に彼女たちに何かあったら……と考えてしまうから。

 だがしかし。


「行く」


「えっ、よろしいのですか?」


「うむ」


 今の俺には『監禁王の洋館』の裏ワザというか、小技がある。

 遠くまで行ってもすぐ帰ってこれるので問題ない。

 『ブラックホーンシャドウ』があれば遠くまで行けるしね。


「ありがとうございます……シンクさん」 


 瞳に涙を浮かべる彼女が礼を言う。

 見ず知らずの人の為にも泣ける人なのだろう。


「……」


 そんな彼女に【千里眼】なんて力を与える神様は残酷だ。

 いや魔神だったか。


「ああ、すいません、シンクさん。 ひとつ、お願いがあるのですが……」


「うむ?」


 ハンカチで涙を拭いお願いを口にする黒髪ロング。

 なんだか非常に言いずらそうだ。


「できれば美愛さんも連れて行って欲しいのです。 この間の敗戦から、だいぶ落ち込んでいまして」


 あー。

 九条先輩に見事にやられてたもんね。

 先輩のあの一撃は見事だった。

 鋭い踏み込みのツインテに対して、九条先輩は落雷のような振り下ろしで迎撃していた。

 九条先輩は踏み込みはむしろ後にくるような面白い体の使い方だったな。 後で研究しよう。

 

「落ち込むだけならいいのですが……、美愛さんの本気の特訓に付き合える人がおりません。 しばらく預かってもらえませんか?」


「ふむ」


 無茶苦茶して皆を困らせているツインテが目に浮かぶ。


「美愛お姉ちゃん、加減知らないから……」


 リョウが疲れた顔で呟く。

 ここにも被害者がいたか。


「ありがとうございます、シンクさん」


 俺が頷くと、黒髪ロングこと『一ノ瀬 栞』が優しく微笑んだ。


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