百四十三話:あなたの名前は……

 警戒しながら二人で進んでいく。


「シンク君、空が……」

 

「……」


 周囲は完全に住宅街ではなくなっていた。

 見たことのない樹木に足元は沼地に。

 空を見れば逢魔が時のように妖しく、厚い雲の隙間から紫の雷光が漏れている。

 遠くの景色は波打つように揺れている。


 あまりにも世界が違い過ぎる。

 本拠地だとみんなこうなのだろうか?

 それとも魔王を倒した影響でおかしくなった、想定外の事象ってやつだろうか。

 なんにせよ、警戒レベルを引き上げるべき。

 しかし玉木さんが怯えてしまった。

 空気にのまれるのも良くない。

 しかし俺は和ませるような話術は持ち合わせていない。


「わっ……猫さん?」


 イケメンシャム猫さんの人形を出してみた。

 ガチャの試練の後はただの人形になってしまったのだけど、魔石を与えると動く。

 ちなみにここだと与えなくても動けるようだ。

 魔力的な濃度が濃いのだろうか?

 『ブラックホーンシャドウ』へと乗り込むイケメンシャム猫さんの人形に癒される。


「可愛いっ、この子名前はあるの?」


「ない」


「そうなんだ? じゃあわたしがつけてあげるわ!」


 おもちゃの剣を構えクールなシャム猫人形。


「そうね、じゃああなたは『シャム太』で!」


「「……」」


 嘘やろ!? そんな表情を見せる『シャム太』。

 玉木さんのネーミングセンスは昭和であった。

 


「来る」


 進んでいくと。

 強化された聴覚が敵の接近に気づく。

 

「『風の精霊よ、力を貸して、ウィンドフォース!』」


 玉木さんの精霊魔法。

 自分たちを緑光のオーラが包み込む。

 いつもより体が軽い。

 精霊魔法も強化されているようだ。


「きたわ、魚頭ね!」


 植物の壁から出てきたのは魚頭であった。

 どんな化け物が飛び出してくるかと警戒していたのだが、拍子抜けである。

 しかし、なんだか普通とちょっと違うか?


「警戒」


「はい!」


 玉木さんの前に出る。

 『エポノセロス』は未だ大破から修復が終わっていないので使用不可。

 『ヴォルフライザー』で迎え撃つ。

 接敵!

 

『――ギィィ!!』


「っ!?」


 強烈な殺意を剥き出しに魚頭はその鋭い爪を振るう。

 今まで見てきた魚頭と違う。

 体躯は少し大きいくらいだが、爪が長くて太い。

 なによりその発する殺意。

 魂魄の存在感が桁違いだ。


「シンク君!?」


 爪と打ち合うたび激しい音が響く。

 振り回すだけでなく突きまでしてくる。

 背の低さを活かし足元を狙った攻撃。

 

『――ギ!?』


 『ブラックホーンリア』を瞬間発動させるジェットキックが魚頭の側頭部を捉えた。

 グシャリと生物を潰す嫌な感触が足に走る。

 

「む?」


 確実に殺ったと思うが、消えない。

 魂魄の獲得音もなかった……まだ生きているのか?


「シャム太?」


 シャム太が『ブラックホーンシャドウ』から降りて魚頭に近づく。

 その手にはおもちゃの剣、いやおもちゃにしか見えない剣だが、しっかりと鋭さはあるようで魚頭に突き刺さる。

 ぐりぐりと抉るシャム太。


「ええ……?」


 突然の猟奇的人形の行為にドン引きな玉木さん。

 俺もドン引いています。


>>>魂魄獲得 3ポイント


 魚頭からシャム太が魔石を取り出すと、いつものように魂魄ポイントを獲得した。

 3ポイントか。

 普通が1,2ポイントなので、まぁこんなものか?


「あら?」


「?」


「わたしにも入ったわ」


 普通だとラストヒットをとった人にしか魂魄ポイントは入らない。

 だが玉木さんにも魂魄ポイントが共有されたらしい。

 これは……。


 貰っていいよね? といった表情で勝手に魔石を取り込むシャム太。

 魔石を抜き取られた残骸は徐々に煙を出して消えていく。

 鋭い爪が一本だけ残った。

 

 魔石、ドロップアイテム、魂魄ポイント。

 同じようで何かがバグっている。

 

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