百四十二話:


 「美味」


 マーマンマサトは少しドロッとしたお酒だった。

 甘くておいしい。

 見た目は白濁である。


「ふぅぅ……これは美味い」

「体がポカポカしてくるな」

「ちょっと甘いが……いけるっ!」


 おじさん達には甘いかもしれないが、アルコールなら何でもよさそう。

 肉体労働の後のご褒美にちょうどいいかもね。


「おいしいぇ……ふふふ」


 アンデット系のドロップアイテムもたくさん売却したのだが、ラインナップ更新にはのらなかった。

 なんなら少し買取価格も低かったかもしれない。


「シンク君はほどほどにね? ……甘いから飲み過ぎないように、皆にも注意したほうがいいかしら」


 玉木さんの中で酒に弱いイメージを持たれてしまった。

 誤解なのだが、俺は誤解がとけない。

 まぁ未成年なのであまり飲まないようにしよう。

 あ、木実ちゃんが普通に飲んどる。


「んん゛! このお魚っ、美味しい!」


 パタラシュカは大きなお魚を蒸し焼きにした料理のようだ。

 葉の包みを開けると匂いの爆弾が解き放たれる。

 周囲にいた人たちが一斉にこちらをみる。

 すごい、お腹の空く良い匂い。

 

「野菜も味が染みてて美味しいわ」


 一緒に蒸し焼きにされた刻んだ野菜も味が染み込んでいる。

 これは、当たりだな。

 お嬢様学校にも差し入れにいかねば。


「ん♪」 


 葵も気に入ったようだ。

 避難所の女性人たちからも好評の声。

 ワイルドソーセージと違ってクセがないから、子供や女性、お年寄りにも大人気だ。


「……」


 美味しい食事は偉大だ。 

 皆が笑顔になる。

 今日も頑張って良かったって思う。

 これは領地経営に使えるのでは?

 もっとラインナップを増やしたい。

 各地の『猫の手』でドロップ品を捌く必要があるな。

 アンデット……なにが増えるんだろう?

 自衛隊の駐屯地のほうの『猫の手』を探すのもおもしろそうだ。



「鬼頭君! ありがとう、助かるよっ。 みんな喜んでたよ!」


 忙しそうに動き回っていた服部先輩。

 差し入れだ。


「こんなに!? いいの?」


「うむ」


「ありがとう! 大切に使うね!」


 買ってきた物と、魔石を渡す。

 魔石は領地の発展に使うとのことなので売らずにとっておいた。

 ドロップアイテムは今のところ使い道はないので売り払っている。

 そのうち何か用途がでてくるかもしれないが、まぁその時に考えよう。


「よーし、これなら……」


 今は完全に服部先輩の私室と化した校長室。

 ホワイトボードには領地の発展案や作戦案などが描かれている。

 重厚な机にはたくさんの紙が乱雑に置かれている。 翼が生えちゃうドリンクの空き缶がたくさん……。 よかった、領主にならなくて。絶対ブラックだよ。

 領地の核となるルベライト色の魔結晶は魔法陣の上で浮かんでいた。


「……」


 少し不用心か?

 防犯対策をしっかりしたほうがいいと思う。

 ハウジングガチャでなにかいい物がでたらイジろうかな。

 木実ちゃんたちの生活拠点となる場所だ。

 最優先で安全は確保しなければ。



◇◆◇



『マーマンロードの支配地域だった場所を探索してみるのも、面白いかもしれないねクフフ』


 くそぅ……。

 アメショ猫の言葉が頭から離れず、探索にきた。


「ふふふ! シンク君と深夜のドライブデートっ!」


 大型トライクには荷台部分もあって三人くらい乗れる。

 それに収納スペースはまるでマジックバッグのように見た目以上に広い。

 だけど玉木さんは俺の後ろにピッタリとくっついている。

 その細い両腕は俺の腹筋へと伸びて、背中におっぱいの柔らかさが広がっている。

 運転に集中できない!


「誘ってくれて、嬉しいな?」


「おふっ」


 細い指先で悪戯をしてくる玉木さん。

 耳元で囁いてくる。

 いつもより声が明るく艶めかしい。

 すごいご機嫌である。


「お泊りデートでもいいのよ?」


 ミサから玉木さんを誘って差し上げろ、と言われたのだが、やっぱり避難所生活はストレスが溜まるのだろうか? 定期的に発散させてあげないと、急に爆発するかもしれない。

 超美巨乳エルフお姉さんとのデートは嫌じゃないので全然いいんだけどね。


「お化け屋敷みたいねぇ……」


 元『千棘のマーマンロードの支配地域』は閑散としていた。

 魚頭たちの作った謎のオブジェクトはそのままなのが気持ち悪い。

 人の気配も、魔物の気配も感じられない。

 中継拠点の魔結晶もないのだ。

 

「「……」」


 ゆっくりと『ブラックホーンシャドウ』で移動していく。

 野犬もアンデットもおらず、静かで逆にそれが不気味だ。

 まるで近寄ってはいけない禁忌のエリアのよう。


「光る……石?」


 市営住宅街を進んでいくと、徐々に光景がおかしくなってきた。

 まるで異世界に入り込んでしまったようだ。

 日本の中にジャングルのような沼地。

 深緑色に光る鉱石がそこかしらに存在する。

 なんだか不思議なにおい……いや感覚がする。

 ねっとりと纏わりつくような感覚。

 『ブラックホーンシャドウ』を降りて警戒しながら進んでいく。

 相棒には自動走行モードで追尾させる。


「ドレスが……」


「っ?」


 玉木さんのフェアリードレスが僅かに発光していた。

 それはほんのりとだけどたしかに。

 少しして治まった。


「シンク君……」


 不安そうな玉木さんを落ち着かせる。

 貸せるのは厚い胸板くらいである。

 最近は夜でも暑いのに玉木さんは少し冷たかった。

 俺の体温で少しづつ温かくなっていく。

 周囲の警戒は怠らない。

 なんだか『ガードドッグイヤー』の調子がいい。

 玉木さんの心音が速くなっていくのが聞こえる。


「ありがとっ」


 頬にキス。

 いつもの素敵な笑顔に戻った。


「いきましょっ!」


 現実離れした場所にエルフさんと行く。

 まるで異世界に来たようだった。


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