百二十四話:

 

 「紅、どうしたの?」


 紅の瞳をした少女が一人後方へと移動した。

 慌てた様子だ。

 振り返り自分と瓜二つの少女に訴えかける。


「……高校でなにかあった?」


「ええ!?」


 九条それに木実と葵。 他にも数名は朝から万屋『猫の手』へと向かっていた。

 周辺の警戒と買い出しの任務である。

 東雲東高校では皆が働いてなんとか生活を保っている。

 ある程度の人員ごとに効率的に動くことが必要不可欠。

 川から水を組むことだって重労働だ。 木実の固有スキルのおかげで飲料水にする工程を省けている。

 本来だったらろ過して煮沸する必要がある。 もし井戸だけで頼ろうとすれば、避難所のような大多数が使えば、すぐにその井戸は枯れてしまうだろう。


 物資の調達をするにも戦力を分け、なるべく敵のいない時間に行うしかない。


 戦力分散は不可欠であるが、電子機器が使えない状態では有事の際の連絡ができなかった。

 東雲東高校にはお嬢様学校のように『千里眼』の能力者はいないのだから。


「一回戻ろう」


「はい!」


「うん」


 嫌な予感がする。

 女剣士たちは紅の瞳の少女に急かされて来た道を急いで戻るのだった。



◇◆◇



 黒炎の嵐が消える。


「やったか!?」


 プスプスと焼け焦げた煙と臭いが立ち込める。

 

「っ!?」


 肩を丸め骨剣を横に構えるザンギ。

 瞼がないのか、そのまんまるな深緑の瞳がその場の者たちを見据える。


「ギ、ギ、ギ」

 

 嚙み合わせの悪い歯を擦るような音が聞こえる。


「――――ギィヨアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

  

 鼻を天に向かい上げ咆哮を放つ。

 怒りだった。

 歯向かう雑魚への強者の怒りの咆哮。


「なに、アレ?」


 体中の皮膚が持ち上がり逆立つ。

 皮膚ではなく鱗か。

 その長い鼻さえも鱗が立ち棘のように咲き誇っている。


「本気って感じね……」


 様子見は終わり。

 その太く長い腕を振り纏わりつく黒炎を払う。

 ザンギの進撃が始まった。


「疾ぃ!」


 先ほどよりも確かに速くなっている。 それに感じる重圧と体の大きさがより速く感じさせる。

 玉木の精霊魔法のバフにより身軽になっているはずだが、生徒たちの動きは普段よりも重い。


「……デバフ? それなら!」

 

 服部は赤い布に巻かれた槍を振るう。

 攻撃の為じゃない。 掲げてグルグルと回すように槍を振るった。


「『勇気の旗』!」


 戦意高揚。

 生徒たちに勇気を与えデバフを解除しようとするが、完全には難しい。


「くっそぉ! 舐めんなぁあ!!」


「うおおおお!!」 


 恐怖耐性が高いのか、みんなの動きが戻った。

 常日頃から恐怖を与え続けられた者たちにはいい起爆剤だ。

 アンタッチャブル。

 威勢のよい掛け声とは裏腹に、生徒たちは必至で回避に専念する。

 自分たちを囮に狛犬像と玉木には近づかせない。


「玉木さんはッ――」


 青年団が声を張る。


「「「俺たちが守るッッ!!」」」


 などとカッコいいことを言いながら逃げ惑っている。


「……」


 服部の策は嵌ったがジリ貧だ。

 このままもし敵の増援が来たら終わり。

 玉木はワンドを握りしめる。


「?」

 

 だがそこではたと気づく。

 いつも無限湧きのように襲ってくる魚頭たちが最初の襲撃の後はほどんど来ていない。

 それにここ数日は襲撃の数も減っていた。

 どうして……?


「……みんな、頑張って! 逃げ切れたらっ、ご褒美をあげるからねっ!!」


 超巨乳美麗エルフさんのバフが入った。


「「「う、うおおおおおおおお!!」」」


 効果は抜群だ!


 折れかける心に欲望の炎が灯される。

 絶望の敵を前に希望の光が輝く。


「ギョォ!?」


 押しているはずなのに、押されている。

 謎のプレッシャーにザンギが困惑する。

 ダメージを与えられない雑魚の癖に生意気だ。

 『処刑人』。

 二つ名を持つ魚の怪物が飛んだ。


「「「っ!?」」」


 グルグルと縦に回転している。

 魔力の高まり。

 ジグザグの骨剣に深緑光のエネルギーが溜められる。

 棘のように逆立った鱗の隙間から蒸気が出ていた。


 

『――――処刑人エクスキューシュナーッッ!!』



「「「――――」」」


 走馬灯が見えた。 

 ザンギの必殺技に抗うすべはない。

 彼らの脳は一瞬で人生を振り返った。

 よい思い出ばかりだ。

 悪いことも上手くいかないこともいっぱいあった。

 でもそれも人生のいい思い出だ。

 ああ最後に超巨乳美麗エルフさん女神に逢えて良かった。

 できることならご褒美がほしかった。


「――――ウィンドストームッ!!」


 暴風が割って入るが無駄だった。

 圧倒的な衝撃波が裏門を破壊し狛犬像を吹き飛ばし彼らの命を奪う。

 防げない。


「……あ」


 たった一人を除いて。


「ギョギョイ!?」


 漆黒のトライクが割って入る。

 搭乗者の持つ大楯が、彼らをザンギの必殺技から護った。

 ついでとばかりに振るった大剣がザンギに漆黒の斬撃をくらわせる。

 

――ウィィンンンンンン。


 と、まるで馬の嘶きのように音を立てる三輪自動車トライク

 大きい。 まるで大型車のようなトライクだ。

 漆黒のフォルムは流線型を描きスポーツカーのような優雅さをもち、青白いブラックライトが煌めく。


「シンク君!」


 待ち人来る。

 超巨乳美麗エルフさん女神の満面の笑顔が咲き誇る。

 

「え、ええええッ!?」


 しかし駆け寄った玉木は困惑し驚きの声を上げた。

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