六十四話
温泉は時計塔の中にあるらしい。
「男女で時間分けてるから、男は後ね!」
余っている教室を案内してくれたツインテは近寄り、ボソッと耳元で囁く。
「秘密の岩風呂もあるよ? 一緒に入る??」
「!」
「あはは、冗談だよぉっ」
まさかの混浴宣言に驚いた俺の顔を見つめ、ツインテは悪戯が成功して嬉しいのか、ポンと俺の大胸筋を叩いて笑う。 未だスパッツ姿の彼女は左右の髪を揺らして去っていく。 脱がしておいてなんだが、恥ずかしくないのか?
「シンク君?」
「仲がいいですね……?」
ツインテの性格の問題だと思うですよ?
俺は悪くない。
ジト目の二人をスルーし布団を敷こう。
作戦は明日。
自衛隊の人たちは止めに来たらしいが、黒髪ロングの説得でこちらが本気だと分かってくれたようで、手伝ってくれるみたいだ。
「ん? なんだか、慌ただしいわね?」
「何かあったんでしょうか?」
陽は落ちて窓の外は暗い。
塀の上や門の入口付近には松明の明かりが灯され。
慌ただしく人が動いているのが分かる。
「……」
犬耳集中。
聞こえてくる会話から、どうやら敵襲のようだ。
この辺りの敵はどんな奴らか、知っておくのも必要だろう。
「鬼頭君、気をつけてね」
木実ちゃん達はお留守番。
初見の相手は危険だからね。
できれば明日もお留守番してほしい。 無理かな……。
全力で護ればいいか。
「ふっ!」
教室の窓から漆黒の空へ。
月明りも星空も今日はお休みのようだ。
タキシードのおかげで体は寒くないが、顔が寒いぞ。
暗くて見えずらいので視界確保。
ガチャ産の暗視ゴーグル。
見た目は花粉症対策ゴーグルだが、風よけと暗視機能付きの優れもの。
「いた。 ……多いな」
北から敵が来ている。
まるで隊列を組んで歩く兵隊のように、ゆっくりとではあるが着実に大群が押し寄せてきている。
「大丈夫か……?」
まるでタワーディフェンス。
門めがけてやって来る敵を、近接武装の前衛と、弓を装備した後衛で迎え撃っている。
黒髪ロングの正確無比な矢が、襲い掛かる敵の頭部を捉えた。
ツインテはその敏捷を活かして、押されそうな場所を援護していた。
逞しい女性陣は奮闘している。
「む」
後方から一騎、凄い勢いで迫ってきている。
リーダー級か。
上空からでもその存在感をはっきりと感じる。
あれに突っ込まれるとかなり危険なんじゃないか?
「シッ!」
俺は鞄から槍を取り出して投擲。
リーダー級の進路に投げた。
当たらなくても動きを止められればいい。
槍は相手の僅か前に着撃。
相手の進軍を止めた。
『……』
無口な敵だ。
と言うか頭が無いし。
「デュラハン?」
下半身は鎧付きの馬。
上半身は首なし鎧にランスを持っている。
鎧からは怪しい輝きの紫紺色の光が漏れ出し、煙のように辺りで揺らぎ消えていく。
無いはずの頭が、こちらを向いている気がした。
「……」
『……』
俺はゆっくりと下降し、【ヴォルフライザー】を武装する。
近づいて理解した。
こいつ、――ヤバイ!
「っ!」
『ロォオオオ!!』
どっから声出してるの!?
反響するような不気味な声を上げ、首なし騎士はランスを振るう。
馬の下半身は伊達じゃない。
一瞬で距離を潰し、空気を切り裂くような鋭い突きが迫る。
『ォオオオオオッ!!』
「うぉっ!?」
俺は上に逃げるが、首なし騎士も追いかけて空を蹴った。
喰らえば風穴を開けられそうな突きを、ヴォルフライザーでガード。
トラックに撥ねられたような衝撃が襲い掛かる。
「くっ……」
宙に吹き飛ばされる。
暗闇の空で一回二回と回転した。 明かりの少ない世界。 どちっが上か下か混乱してしまう。
致命的なほどに無防備を晒す。
最悪のヴィジョンが過り、ゾクリと悪寒は走る。
『ロォオオ……』
しかし、首なし騎士は飛べないようだ。
宙で止まる俺を下から恨めしそうに、いや、顔はないんだけどそんな雰囲気で睨みつけている気がする。
あぶなかった。
「ふぅぅ……! アンデッド系か」
怪物が集まり始めた。
動く白骨死体に腐った死体。
異形の気持ち悪い四足型。
数が多い。
上を向き止まる首なし騎士を避けて、門を目指す怪物たち。
「ん?」
奴らが来ている方を見ると、紫の炎が灯っていた。
祭壇のような、塔にも見える何かがそこにある。
侵攻拠点か?
「……」
『……』
とりあえず目の前の敵に集中。
こいつ野放しで行くわけにもいかないし。
俺はヴォルフライザーを握り締め、空を蹴る。
ブラックホーンリアが使えるうちに決着をつけるぞ。
『リィイイイイイイイイイ!』
『ロォオオオオオオオオオッ!』
ヴォルフライザーの大剣を振るうと、甲高い音を立てトゲトゲ部分が高速回転を始める。 チェーンソーのように回り攻撃力はアップするが、犬耳にはあまり良くない。
耳の無い首なし騎士には効果は恐らくないだろう、俺は聴覚破壊能力で自爆気味。
ランスと大剣が重なり合い激しく火花が散る。
武器破壊はできなかった。
首なし騎士のランスもまたかなりの業物らしい。
「ふッッ!」
『ロォォォッ!!』
突きを左に体ごと躱し馬部分の下半身を斬りかかる。
しかし巨体は強引に方向転換。
関節の可動域を無視して、追撃がくる。
「――がっ!?」
衝撃。
パワーが凄まじい。
ガードし体勢を崩したところへ、蹄による踏み付けが襲い掛かる。
ドゴッ、ドゴッ、と。
地面がへこむ。
躱すだけで態勢が立て直せない!
「『サンダークラップ』ッ!」
『――ロォッ!?』
パシュッ! と閃光と雷撃が首なし騎士を襲う。
俺はスペルカードを使用し一気に攻め立てる!
「はぁああああああッ!!」
『ロォオオオオオオオオッ』
ガチャから出るスペルカード。
攻撃系の者は皆に持たせているが、補助系のは自分で使う。
その中でも『サンダークラップ』は使い勝手が良くお気に入りだ。
「『サンダークラップ』っらぁあああ!!」
『――ロォアアアアアアアッ!?』
閃光は一瞬。
雷撃も一瞬だけ相手の動きを止める。
でもそれで十分だ。
甲高い音と共に高速回転する漆黒の大剣は、首なし騎士を両断した。
「カッカカッ!」
「ああ゛ぁああ゛ぁっ」
「おぁっ!?」
リーダー型を倒したのに、雑魚が群れてくる。
骨の棍棒を持つ動く
ゾンビに噛まれたらゾンビ化するんだろうか?
「ハァッ!!」
試してみる気は無いので、一気に殲滅する。
◇◆◇
「はぁ、はぁ、はぁ……?」
「エネミーが止んだ……?」
門の前で防衛戦を繰り広げていた少女たちの手が止まる。
敵の姿が見えなくなったのだ。
夜が明けるまで攻め続けてくる敵の姿が、パタリと止んだ。
「栞さん、どうなっているんでしょうか?」
「……」
「栞さん?」
『一ノ瀬 栞』は虚空を見つめる。
遠く。
たった一人戦う男の姿を見ているのだ。
(倒した……)
心配して声を掛ける者の声も聞こえない。
(一人で、あんなにあっさりと……?)
栞は震えを押さえるように、両手を交差し悶える。
(ふふふ。 凄いですね。 これはなんとしてでも手に入れなければ!)
たとえ友人の破瓜が散ろうとも。
黒髪の美しい少女は腹黒い思考に呑まれる。
(足りなければ私を、いえ、皆を差し出してでも……)
「あれれ? 今日はあの首なし、来なかったね?」
「……えぇ。 そうですね」
「今度こそ倒してやる! って思ってたのに~~!!」
「……」
前回の襲撃で殺されかけたことを忘れたんだろうか? と、栞は能天気な友人を呆れた表情で見た。
破壊されてしまった門。
首なし騎士の圧倒的な力で物理的に破壊された。
多くの怪我人を、犠牲者を出した。 それでもなお討伐には至らなかった。
「欲しいです」
「えっ? 何を??」
「いえ。 ……なんでもありませんよ?」
圧倒的な力を超える、悪魔的な力。
栞は見つめる。
たった一人、敵を殲滅し続ける悪魔的な男の姿を。
「ふふふ……」
「だ、大丈夫!? 寝た方がいいよぉ~~栞ちゃん!!」
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