十四話:格

 東雲東高校、玄関入口。

 鬼頭が簀巻きにされた担任を救出していた頃。


「メニュー……か」


 反町は呆れたようにメニューを見つめ、貯まっていた魂魄でスキルを購入した。 あまりゲームをしないタイプの反町。 なんとなく単語の意味だけで選んだようだ。


「みんな体育館にいるんですか?」


「あぁ。 うまく逃げられた奴らはな。 ……百人くらいだろう」


 反町、九条、服部・慎之介。

 邂逅を果たした三人。 

情報を共有し、目的を伝える反町。


「校庭の奴らをぶっ潰すぞ」


「っ!」


「……本気?」


 反町の話ではかなりの数の魚頭たちが集まっている。

 拠点のような、邪悪な儀式の為の祭壇ような物を作り、捕らえた生徒たちに蛮行を繰り返していると。


 たった三人。


 九条と慎之介は一瞬狼狽えるが、顔を見合わせ答えをだした。


「手伝います!」


「……はぁ、しょうがないね」


 慎之介は手製の槍を握りしめ。 九条はやれやれと言った様子だが、放ってはおけない――その気持ちは一緒だった。


「……」


 賛同してくれた彼らを見て、反町はバドミントンの支柱を強く握りしめる。

 

 東雲東高校野球部は反町が入学した頃、弱小もいいところだった。

 本気で練習に打ち込む部員を馬鹿にするような先輩。 ともに残り汗を流すような仲間はおらず、ただ一人、反町はいつも居残りバットを振るっていた。 


「甲子園? 無理だろ……」

「一人でやってろよ」 

「無駄無駄。 なに熱くなってんの?」 


 多くの部員がやめていった。

 それでも反町は居残りバットを振るう。

 毎日、毎日、毎日……。 


「反町先輩! 俺たちも一緒しますよ!」


 そう言ってくれた後輩が出来たのは、反町が三年になってから。


 朝も夜も、厳しい練習だ。

それが終わりバットを振るう。

手のマメが潰れても、新しいマメができても、バットを振るい続ける。

 

 いつしかそんな彼と共に戦う野球部なかまが出来た。



「……行くぞ!」


「はい!」


「……あんまり前にでないでね?」


「はぃ……」


 魚頭たちの群れとの戦闘を前に、反町には不思議と不安はなかった。

 それは獲得したスキルのもたらす全能感か、はたまた共に戦う仲間ができたからなのか。 

 反町は口角を吊り上げ玄関から出ていく。

その大きな後ろ姿を、二人は追いかける。



「――――っ!?」


「?」


「どうした……?」


 しかし、すぐに反町が二人を手で制止させる。

 玄関入口から出て、立ち止まった反町が見つめる先は校門の方角。


「逃げろ」


 反町が発した言葉に二人が固まる。

 再度反町は、叫んだ。


「逃げろ!!」


 それと同時。

 天を突く雄叫びが彼らを襲う。


『――キコァアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 

 そいつは異様だった。

 

「……」


 魚頭とは格が違う。

バケモノとしての格が、生物としての格が違いすぎる。


 遠くからでも分かる違い。

 魚の頭部分が変化し、魚の特徴を残しつつも人に近づく。 二メートルは越えているであろう身長に、筋肉質でアスリートのように研ぎ澄まされた体躯。 体のあちらこちらに生える棘。 それに青緑色の体色は不気味だった。 魚頭のアンバランスさが消え、そいつは見ているだけで不安を掻き立てる。



「集まってくる!!」


「!?」


 周りから。

 校庭にいた魚頭たちも、部室棟や自転車置き場の方からも、何かが騒ぎ集まりだしていた。


「――急げ!」


 校庭の魚頭を掃討するどころでは無くなった。

 急ぎ、校内へ。

あのバケモノから逃げろと、反町は声を荒らげた。


「っ! 速いッ!!」


 大きく手を振り、疾駆したバケモノ。

大きなストライドは一瞬で彼我の距離を潰す。

 校内に入った反町たちは、玄関を超えたところで追いつかれる。


「いけッ!」


「一緒に戦います!」


 反町はバケモノから目を離さず、支柱を構える。

 バケモノはすぐに襲ってこない、その無機質な瞳は三人を観察している。

その後ろから、更には一階の教室側からも魚頭たちがなだれ込もうとしていた。


「……いけ。 出来れば他の奴らも逃がしてやれ」


「でもっ……」


「……行くよ」


 ふぅ……。 と、反町は大きく息を吐きながら、肩を大きく動かし敵を射抜く鋭い眼光を放つ。

 手に持つのはバドミントンの支柱だが、その動作は反町がバッターボックスへと入る時のルーティーン。


「――こいやッッ!!」


 気合の咆哮。


「……」


 表情を崩さないバケモノ。 

魚頭たちに逃げた二人を追わせ、自身はゆっくりと、歩み寄っていく。


 反町の死闘が始まった。


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