十三話:簀巻き


「居眠りオーガ……」


「ちょ、やめなって、噛まれるよ!?」


 ツンツンするな。

噛まないし、俺は犬じゃないぞ?


「!」


「きゃっ!」


 起きただけで悲鳴を上げないで!?


 腹はまだ痛む。

けれど、血は止まったかな。


「ふぅ……」


「ミサがツンツンしてた……」


「おいぃ!?」


 傷口をみると凹んでる。

肉が抉られたようになってしまったな。

死ぬよりはマシだけど、時間が経てば自然治癒で戻るのだろうか……?


 どれくらい時間が経ったのか。

スマホは壊れて時計は八時十五分で止まったまま。

 俺はゆっくりと立ち上がる。 


「だ、大丈夫?」


 微妙な距離を保つ二人が、心配そうに見てくる。


 小さな傷も塞がって治りかけてる。

もとから血は多いからな、多少流しても平気だろう。


「……」


 俺は問題ないと、目で合図を送る。


 しかし、腹が減った。

 バッグから弁当を出して食べようか?

いやしかし、おしっこ臭い女子更衣室で弁当とか。 便所飯と変わらなくない?

 

「……行く」


「わ、私たちもついて行っていい? それに木実は!?」


「食べちゃった……?」


 食べないよ?

俺はオーガでもないし、食人鬼でもないぞ!


 俺は指を一本上に立てる。


「上? 屋上??」


 ジェスチャーゲームはめんどくさい。

 木実ちゃんも心配だし、魚頭狩りを再開するか。


「む……」


 机ランスが。

 折角馴染んできたのに、棘つきの投擲攻撃で真っ二つになってしまった。

 骨矛による投擲は弾数は少ないけど結構な威力。 耐久力は低い。 魚頭もそうだが、随分と攻撃力に偏っている奴らだ。 棘つき複数と遭遇したら逃げるしかないかな。


「あっ」


 更衣室から出ると、いきなり魚頭たちに遭遇した。

 四体。

 カーテンらしき布で何かを包み運んでいるようだ。


 体育会系ガールの呟きに敵が反応するよりも早く。

 俺は駆けだした。


「はぁっ!」


「コォ!?」


「クコォ!!」


 先手必勝。

 混乱する魚頭に蹴りを入れ、一体撃破。


「ふぐぅ! ふむぅーー!?」


 カーテンで包まれた物体。

どうやら人らしく、奴らが放り投げたらジタバタしている。


 魚頭の振るう爪を一つ下がり躱す。 

 単調な攻撃。 突き出しもなく、フェイントもない。 落ち着けばたいした敵ではない。


「ハッ!」


「キコッ!?」


 踏み込んで、一撃。

そして戻る。 あぁ、やっぱり机ランスが欲しい。

 腹の痛みに唇を噛み締めつつ、蹴りを放つ。



>>>魂魄ポイントを獲得 1ポイント。


 さっくりと魚頭四体を撃破。

 そういえば、棘つきは四ポイント貰えたな。 やっぱりちょっと普通のとは違う。 進化でもするのか?

 


「大丈夫!?」


「ふぐぐ!」


「ぐるぐる……」


 放っておいたら窒息死するんじゃないかってぐらい、グルグル巻きにされている。 どうにか顔だけ出すことに成功した。 助け出した人物と目が合う。


「ひゃあ!? いやっ、やめてぇ! 食べないでぇえーー!!」


「か、カオリン!?」


「簀巻きカオリン……」


 助け出した人物は担任の新垣先生だった。

 酷くない? 教え子を魚頭と間違えるなんて……。


「ごめんなさいっ、鬼頭君! でも私美味しくないからっ、食べないでぇええ!」


「……」


 間違えてないだと……?


 二十三歳食べごろの新任女教師を思わず蹴り飛ばして階段から落としたくなるのを、俺はグっと堪えた。


「ひぃいいいい」


「カオリン、落ち着いて!」


「オーガから殺気……怖い……」


 敵が集まっても困る。 腹パンで黙らせるか?

 流石にマズイので俺は少し離れ、女子二人が落ち着かせる。

その間も辺りを警戒するが、魚頭の姿は見えない。


「ご、ごめんなさい……鬼頭君。 先生、ちょっと混乱しちゃってて……」


 混乱してたらしょうがないね。 日頃俺のことをどう思っていたか、よくわかった気がするけど。 


 簀巻きから助け出した新垣先生は、破れたブラウスにピンク色のショーツ姿となかなか扇情的な格好をしている。 僅かに濡れて色の違いが出るショーツ……。 しかも大人の女性が着そうなセクシーなやつだし、目のやり場に困る。 健全な高一男子には目の毒だぞ。


「ありがとう……。 うぅ……ごめんなさい、ごめんなさい……」


 泣くなよ。

 堰を切ったように泣き始める新垣先生。

感謝して泣いて謝って、感情が漏れるように新垣先生は呟く。


「みんな……わたしの、わたしのせい……ごめん、なさい……」 


 教室に残るように言ったことだろうか。

状況が分からなかったし、急だったからしょうがないだろう。


 そんな新垣先生の独白――懺悔を掻き消すように、咆哮が轟いた。


『――――――!!』


「なに!?」


 遠い。

校舎の外、校庭の方からだろう。

 

 次いで聞こえる騒音。 

 深夜の迷惑改造車の群れが思いきりふかしているような、そんな騒音が聞こえ、地響きが伝わってくる。 福男選びの境内ダッシュならぬ校内ダッシュを誰か、いやおそらくきっと、魚頭たちが決めているのだろう。


「ちっ……」


「わ、――ひゃ!?」


 震える新垣先生を抱きかかえる。 

僅かに痛む腹の傷。 しかし、急がないとまずい。


「……こい」


「うん!」


 魚頭たちの第二波。

 三人を守りながら戦うのは無謀。

 地の利を活かし、数の不利を補える場所に行かないと。


 いったん木実ちゃんのいる視聴覚室に三人を届けるか。

 途中にいた魚頭に犯されていたギャルも回収していこう。


(……いない?)


 一応出るとき教室のドアは閉めておいたのだが。

 開かれたドア。 教室の中には姿が無かった。


(どこに……)


 分からない。


「……」

 

 泣き崩れていた女子生徒の姿を思い出し、俺はまるで心臓を鷲掴まれたような、嫌な感覚を覚えた。


「どうしたの……?」


「……」


 俺はドアを閉め、先を急いだ。


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